4 捜索
遅れてしまって申し訳ありません。
水上が食堂を飛び出して言った後、再びそこを静寂が支配していた。
誰が犯人か分からない、しかもこの場にいるうちの誰かかもしれない。そしてその人物は自分の隣に座っているのかもしれない。その恐怖と不安が、皆を無口にしていた。
そんな静寂を破ったものがいた。黒川だった。
「こうじっとしていては始まらないだろう。われわれの安全を確保したのならば、まずは屋敷を見回ったほうがいいのではないかね?」
『…………』
反対するものはいなかった。誰もが、外部犯であるという可能性に賭けたかったのだ。非現実的だと理解しているものも多かった。それでも、犯人はもうこの場所にはいないという確証がほしかった。それ故の沈黙だった。
黒川もその沈黙を肯定と取ったようだ。
「……反対するものはいないようだ。それでは、手分けして屋敷を探索しようか。まずいくつかのグループに分けよう。そうだな……」
そして黒川がグループ分けをする。その組み合わせは以下のようになった。
Aグループ
・黒川
・翡翠
・煌士
Bグループ
・疾人
・美奈
・幸一
・山根
Cグループ
・松田
・晴彦
・幕田
・歌姫
「さて、それでは私達Aグループは事件現場を……」
「ちょっと待って!!」
探索場所の分担を言い渡そうとした黒田を美奈が遮る。その表情は信じられないといったものであり、また同時に怒りを感じているものだった。
「なんだね、私の分担に何か問題でも?」
面倒くさそうな表情を隠そうともしない黒川に、美奈は詰め寄った。
「おおありよ!! 小学生、それも女の子を死人のいる場所に連れて行く気!? そんなトラウマを植えつけるようなことをわざわざする必要があるの!?」
美奈の怒りも最もだったかもしれない。『殺人事件が起きた』その事実だけでも翡翠はすさまじい恐怖を感じており、事実今も小さく震えていたのだ。その上彼女にとって現在最も信頼の置ける人物、美奈と引き離されたことでその精神状態はきわめて不安定になっていると言えたのだ。
仮に、その状況下で何かしらの恐怖を感じるような体験をすれば不安定になっていた精神がどうなってしまうのか等、明らかだった。
流石に、これ以上パニックを起こす人物が増えては手に負えないと思ったのか、黒川はため息を吐きグループメンバーを変えると言った。その際美奈が翡翠と自分を同じグループにするよう黒川に頼んだが、それを却下したのは疾人だ。
「美奈さん、それはさせられないよ」
「っ!? どういうこと!?」
噛み付きそうな勢いで疾人に食ってかかる美奈。その疑問に答えたのは晴彦だった。
「もしあなた方が犯人だった場合、同じグループにいられてしまっては証拠隠滅も容易くなってしまう。その可能性を懸念しての判断……そうですね、疾人さん?」
「言いにくいけど……まぁ、そういうことになるかな」
「っ!!」
晴彦と疾人の言葉に美奈は何かを言い返そうとして、止めた。確かに、現時点では自分たちの疑いを晴らすことは極めて困難だったうえに、これ以上議論を重ねたところでそれが解決することはないと理解したからだ。
結局、美奈と翡翠を入れ替えた形のグループ編成になり改めて黒川が捜索場所の分担を言い渡す。
「では、Aグループは事件現場を中心に一階を、Bグループは二階を、Cグループは三階と一階の裏口周辺を探すことにしよう」
それからそれぞれのグループの担当場所に向かって歩いて行った。皆、どこか怯えた表情をした中一人だけまったく動じていない人物がいた。黒川である。
そして、それを目ざとく見抜いていたのは幸一だった。同時に、彼はその黒川の態度に疑問を覚えずにはいられなかった。
(なぜだ? なぜ、あの人はこの異常事態にこんなにも冷静でいられるんだ?)
実のところ、シンプルかつ安直ではあるがその答えはある程度予想できていた。だが、それを立証する手立てはない。今それを突きつけたところで、彼はおそらく揺らぎすらしないだろう。一歩間違えれば自分が疑われることにもなりかねない。
それに、怪しいからと言って初めから黒川を犯人であると決めつけることは見えるはずの証拠や状況を見落としやすくなる要因にもなる。だから、幸一は今は捜索に集中しようと、前を向いて歩き始めた。
結果からすると、捜索をしたことで見つけられたものはかなり少なかった。むしろ、状況は悪化したのかもしれない。何しろ、外部犯だと特定できるような証拠や痕跡は何一つとして見つからなかったのだから。その他にAグループが事件現場を捜索した結果、犯人は返り血を浴び無い様に黒いフードのついたコートを使ったということが分かった。というのも、血のべったりついたコートが見つかったからだ。マツダに確認を取ったところ、間違いなく米川老人のものだった。この時期は、いつでも着れる様にと壁にかけてあったため、誰にでも使うことはできた。つまり、犯人を絞り込む材料としては使えないことを意味していた。
さらに悪いことに、死体のすぐそばにあった血塗れのクリスマスカードには、次の犯行を予告するものまでが置かれていた。
まずは一人。
このクリスマスプレゼントは
いずれ、この屋敷にいる者全員に
届けてあげよう。
『死』というクリスマスプレゼントを……
楽しみにしているといい
サンタクロースより
このカードが読み上げられた時、ついに限界に達した翡翠が気を失ってしまった。本来ならばベッドに寝かせるのが最善なのだろうが、状況が状況なだけに余った椅子を並べてそこに寝かせ、そばには美奈がつくことになった。他のものは失神まではいかなかったものの、誰もが怯えた表情を隠すことができなかった。幸一や晴彦でさえ、やや顔が青ざめてしまっていた。
ちなみに錯乱して食堂を飛び出していっていた水上は自室のベットの上で震えており、山根の言葉に耳を貸すそぶりを全く見せず部屋から出ようとはしなかった。これを話しているときの山根の表情はどこか辛そうなものであったが、それは仕方のないことだろう。彼女自身も、恐怖しているのだから。
結局、全員での捜索をしたのにもかかわらず大した成果を上げられなかった上、さらに犯行予告までが見つかったという事実は、全員の士気を下げるには十分すぎるものだった。
そんな時である。突然室内の照明が落ち、辺りは真っ暗になった。そこかしこから小さな悲鳴が聞こえる。一時の停電かと誰もが思ったが、なかなか照明はつかなかった。
「おい、非常電源もないのかこの屋敷は!?」
苛立たしげな声は黒川だろう。そんな黒川に弁解をしているのは松田だった。
「も、申し訳ありません! 普段ならばすぐに非常電源に切り替わるはずなのですが……」
「まさか……犯人の仕業か?」
誰かがそう言った瞬間、食堂の空気が凍り付いた。この暗闇の中、もし犯人がここにいたら、次に襲われるのは自分かもしれない。誰もがそう思った。パニックになってもおかしくない状況。しかし、意外にもそれを回避したのは幕田だった。
「皆、携帯のバックライトでいくらか何とかなるんじゃね?」
あ、と皆声を上げおもむろに携帯を取り出す。食堂のそこかしこで小さな明かりが灯った。光の数は全部で8。その数に疑問を持ったのは疾人だ。
「あれ、あと三人は携帯持ってないのか? 11人のはずだったけど……」
すると暗がりから松田の声が聞こえた。
「私は携帯電話を持ち歩かないので……万が一業務中に携帯が鳴ってしまってはいけませんから」
「するともう二人は?」
そこで声を上げたのは美奈だ。同時に、新たな明かりがもう一つ灯る。
「翡翠ちゃんは、携帯を持っててもこの状態だったからね。大丈夫、まだちゃんとそばにいるわ」
「じゃあ、あと一人は誰なの?」
歌姫がそういった瞬間、事態は再び、そして急速に動き出す。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
くぐもって聞こえる悲鳴。それは間違いなく、水上のものだった。
食堂にいた誰もが戦慄した。恐怖はまだ、これからなのだ。
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