3 疑惑
今回はちょっと短いです
食堂は先程から重々しい空気に包まれていた。それもそうだろう、なにせ楽しいパーティーになるはずが殺人事件などという非現実的なことが起きてしまったのだから。
そんな中、ふと思い出したかのように翡翠が口を開いた。
「ね、ねぇ……こんなところでじっとしているより……警察に電話したらいいんじゃないかな」
あ、と声を上げたのは美奈だ。どうしてそんなことにも気づかなかったのか、と思いながら懐から警察に電話をかけようと携帯電話を取り出す。
しかし、それは黒川に携帯電話を取り上げられることによって阻まれた。
「ちょっと! どういうつもりですか!?」
一般人の自分達では手に負える案件ではない、人が死んでいる以上それを専門的に扱っているプロフェッショナルにそれを任せるが一番。誰もがそう考えるはずの当たり前の行為を止められた美奈は、思わず大声を上げて黒川に抗議した。
だが、黒川のほうは至って冷静だった。
「馬鹿かね君は? 窓の外を見たまえ」
黒川に言われるがまま窓の外を美奈だけでなくその場全員が見た。窓の外は先ほどまでとはうって変わって、ホワイトクリスマスなどとロマンティックな言葉が当てはめられるような状況ではなくまさに吹雪だった。
「吹雪!? そんな! 天気予報じゃそんなこと言ってなかったぞ!?」
窓の外の光景に幕田が声を上げる。他の者も言葉には出さなかったが皆同じ思いを抱いていた。黒川意外は。
その黒川は至って冷静に眼鏡のズレを直しながらその場の全員に言い放つ。
「諸君。見ての通り外は吹雪だ。そして、この中に屋敷から町までの正確な道筋を知っている者はいない」
黒川の言葉にその場全員が固まる。
「本来であればこの屋敷に常駐しているはずのシェフたちも、あろうことか今夜に限って皆晩餐が終わり、食器の片づけを済ませた後帰宅してしまった」
「つまり、この屋敷にいるのは今ここに集まっている人だけ……アンタはそう言いたいのか?」
黒川の言葉に返したのは疾人だ。疾人を横目で見ながら黒川はその問いに答える。
「その通り。そして先ほど述べたとおり、町への道を正確に辿れる者はこの中にはいない……」
「つまり……僕達は完全に外界と孤立してしまったわけだね」
結論をはじき出したのは幸一だった。だが、その言葉に煌士が反論する。
「だが、俺達には携帯電話があるだろう! 今すぐここまでの道を知っているものを呼び出せば……」
しかし、その方法を否定したのは執事の松田だった。
「残念ですが、十神様。ここまでの道のりに目印や標識、そして外灯はございません。いくら道を知っているものであろうと、夜に…しかもこう吹雪いている状況ではここにたどり着くことは万に一つの可能性もありますまい」
「そんな……」
さしもの歌姫もこの事実には衝撃を隠せないようだ。
つまり、現在の状況は「助けを呼べるのに肝心の助けがここまでたどり着くことが出来ない」という絶望を感じるにはこれ以上も無いものだった。
「そして……」
『!!?』
そんな状況下にもかかわらず、黒川はさらに残酷な可能性を口にした。
「米川老人を殺害した犯人は……この屋敷の中にいる可能性が高いということだ!」
辺りに動揺が走る。女性陣は皆動揺を隠せず、男性陣も苦虫を噛み潰したかのような表情をしているものが多かった。そんな状況においてただ一人、黒川だけは冷静な態度を少しも崩すことがなかった。
「冗談じゃないわよ!!」
突然あげられた怒声に誰もが一瞬固まる。声の主は第一発見者の水上だった。彼女は、先ほどから既にそうだったがここに来て再び極度のパニックを起こしていた。
「この屋敷に殺人犯がいるかもしれないですって!!? そんなのどうして分かるの!? ただの言いがかりだわ!!」
だが、黒川は全く動じずむしろ呆れた、それでいて何か確信でもあるような表情でこう切り替えした。
「ならば一度、ここにいる皆で屋敷を見回ってみてはどうでしょうか? そうすれば、犯人がこの屋敷に潜んでいるかどうか分かると思いますよ?」
「なっ……!?」
黒川の言葉に驚く水上。ヒステリックになって我を見失っていた表情から一変して、今度はおびえた表情になった。だが、無常にも彼女を追い詰めるような状況は進行していく。
「いいでしょう。なら、手分けして屋敷を見回りますか?」
黒川の誘いに乗ったのは晴彦だ。その言葉に女性陣は驚きを隠せない。
「な、何をおっしゃっているのですか、神田様!! どこに犯人が隠れているかも分からないこの状況で、ゲストの皆様を危険に晒すようなことをさせるわけには……」
晴彦を止めようとしたのはなんとかパニックにならずに済んでいたメイドの片割れ、山根だった。彼女の言葉に便乗するかのように皆も声を上げる。
「そっ、そうよ! もしかしたら今もどこかに隠れて私たちの誰かを狙っているのかもしれないのよ!? そんなわざわざ危険を冒すことは……」
しかし、それに割って入ったのは疾人だった。
「いや、俺も晴彦さんに賛成だ」
「えっ…!?」
「僕もだね」
「こ、幸一君!?」
疾人に加えて幸一まで晴彦に賛成したことに美奈と翡翠は再び動揺した。だが、そんな彼女達に幸一はこう説明した。
「どこにいるかも分からない犯人。そんな人物がいるかもしれないこの状況下で、辺りを散策するのは確かに危険が付きまとう……」
「それならっ!」
「だがっ! その前提すら推測に過ぎないんだよ美奈さん」
「えっ!? ど、どういうこと?」
これには歌姫も疑問の声を上げた。そして、その問いに割って入ったのは煌士だった。
「つまり……君たちはこう言いたいのか? 『この中の誰かが米川老人を殺害した犯人だ』と」
『!!?』
再び食堂に走る動揺の空気。そう、誰もが理解していたはずだった。この吹雪。外界から隔絶されたこの状況。そして、その最中に起きたこの事件。外部犯など不可能だということを。
それならば、一体誰が?
誰が、何のために米川老人を殺したのか? そして、ターゲットは米川ただ一人だけなのか? 自分が狙われることはないのだと、言い切れるのか?
否。そんな確証、誰も持ち合わせていなかった。そして同時に、ついさっきまで楽しい夜を共に過ごすはずだった友人、同僚は今この瞬間を持って全員が容疑者候補となったのだ。
もはや、誰も信用など出来ないこの状況下において、水上の中で何かが弾けた。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ちょっ!? 鈴奈、落ち着いて!!」
慌てて山根が駆け寄り肩に手をかけると、水上はそれを汚らしいものに触れてしまったかのようにそれを振り払った。
「触らないで!! この人殺し!! あんたね!? アンタがオーナーを殺したのね!!?」
「えっ!!? ちょっと鈴奈、落ち着きなって! まだこの中に犯人がいるって決まったわけじゃ……」
だが、水上は山根の言葉など全く耳に入っていなかった。
「うるさいうるさい!! あんた意外に誰がいるのよ!? じゃあ何!? 松田さん!? それともその辺にいるうるっさいガキどもの誰か!!?」
「水上さん!! 落ち着きなさい!!」
松田が水上をなだめようと声を張り上げるのも、火に油を注ぐ結果となってしまった。
「黙りなさいよこの老いぼれ!! あんたじゃないの!? あんた、オーナーからかなり信用されてたみたいじゃない!? あんたなら簡単にオーナーを殺せたはずでしょ!!?」
あまりのヒステリックぶりに、辺りは完全に静まり返っていた。その様子に気づいた水上が、血走った目をギョロつかせて叫ぶ。
「もう誰も信じない! 信じたりしない!! 私のことなんかほっといてよ!!」
それだけ叫ぶと、彼女は食堂を飛び出していった。
食堂を静寂が支配する。しばらくの間、誰も口を開くことはなかった。だが、そんな中でも眼だけは常に動かしていた。
一体この中の誰が犯人なのか? それは隣に座っているものか? それとも向かいに座ってるものか? 誰を信じ、誰を疑うべきか?
長いクリスマスの夜はまだ、始まったばかりなのだ……
感想、誤字脱字報告等々何かありましたらどんどんよろしくお願いします