P.04【拘束された白装束】
【side::金髪の少女】
「――……む?地面に、落ちていない?」
グリフォンの背から滑り落ち、加えて爆風の風圧を受けての落下。魔法で衝撃を半減させた事を踏まえても、最悪で背骨が圧し折れる重傷。しかもグリフォンが狙って来ている事を考慮すれば、生存確率は絶望的。
だが覚悟していた衝撃は言うまでもなく、あまつさえグリフォンの追撃さえ無し。
「どうなっているのだ……?グリフォンはどうし……ぐっ!? ろ、肋骨が……」
空中という悪条件下で、無理な体勢から魔法を発動した対価か、肋骨数本に損害を受けているようだ。骨折とはいかないまでも、肋骨数本にヒビが入っているに違いない。予想していた怪我よりは万倍軽度だが、戦闘を続行するには十分な痛手だ。
聴力で周囲の状況を確認しようとも思ったが、至近距離でグリフォンの羽ばたきによる暴風に曝され、更に自身の魔法により炸裂した爆音を聴いたのだ。鼓膜は辛うじて破れていないが、未だに顔をしかめてしまう程の耳鳴りが止まない。
結局の所、鈍痛の続く脳の強制使用を余儀なくされる。比較的損傷の少ない左手で額を押さえ、歯を食い縛りながら目蓋を開くと、視界一杯に広がる化け物の巨躯。一般人ならば、睨まれただけで震え上がり、腰が抜けるのでは無いかと思う程の眼光が、こちらを一定の距離で捕捉している。先程の過程から鑑みるに、こちらを捕食しようとしている事は確実だが、その光景に付き纏う違和感。
「グリフォンが、止まってる……!?」
必死に巨大な翼や鋭い鉤爪を宙で振り乱し、開いた首元の傷から沸騰する血を撒き散らしつつも、執拗に獲物を嘴で仕留めようとするグリフォン。だが驚異の突撃は不可視の壁が存在するかのように弾き返され、体勢を整えると再び空へ上昇。巨大な翼を丸め、体を一本の矢のように固めると、超高度から急降下し、わたし達の周囲に展開された何かに激突する行為を繰り返す。その度に空間どころか地面さえ揺れ、あのまま地面に落下していた可能性を思うと冷や汗が伝った。
誰かが風の魔法を防御壁状に展開したのかと考えたが、魔法発動時の魔力は全く感じられない。かと言って瞬時に詠唱可能な下級魔法程度の生半可な風魔法で、超巨体のグリフォンの突撃を防げるとは思えないが。
だとすれば、このわたし達を覆っている結界のような物は何だろう。幾ら魔法という非現実的な現象が存在する世界でも、自然現象が人を守るとは考え難い。
「魔力を感じない……風魔法では無いのか?一体何が、起こって――」
慌てふためきつつも視線を巡らし、透明な壁の正体に辿り着いた時、わたし"Claritte=Arthur=P=D"は、初めて魔法を目撃した際の衝撃を久々に味わう事になる。
地面に横たわっていると思っていた自分の体は、何者かに両手で抱えられ、所謂御姫様抱っこという体勢。その事だけでも思考回路を乱すには十分。
それに加えて自分を抱えている者に視線を移動させると、現れたのはベルトの拘束具を所々に巻き付けた白装束で全身を包み、深くフードを被り素顔を窺わせない正体不明の人物。格好のみを判断材料とすれば、確実に不審者に分類されるであろう。更に活性化し凶暴度が増加しているグリフォンを目前にして、わたしを両腕で抱え丸腰になるとは、正気の沙汰と思えない。
そして現状況で、謎の人物と自身の体勢よりも目を引く物は、わたし達の周囲を護衛するように回転し続けながら覆う、三枚の巨大な黄金色の平歯車。
「な、何だこの歯車はっ?それに詠唱も魔力も無しで、どうやってグリフォンの攻撃を――……まさか、これは――」
言うが早いか、グリフォンは再び血の付着した嘴をこちらへ向け急降下。グリフォンの巨体が高速度故に霞んで見える辺り、今迄で最も速度の付いた突進。例え今までの攻撃を完璧に防ぎ切った壁とは言え、この突進相手には持つかどうか疑問で――、
「――――……邪魔」
「あひゃんっ!? げほっごほっ!と、突然落とすな!驚くだ――あがっ!? 肋骨ぅ……!」
唐突に抱えられていた腕を解かれ、何が起きたか理解不能なまま地面へ落下。心の準備が出来ていなかった為に呼吸が利かなくなり、苦しさのあまり咳き込む。理不尽具合に文句を漏らそうともしたが、今度は胸部に激痛が走り言葉が出ない。しかも何が原因か、周辺に微量の魔法灰が漂っていて頭痛がするし、今日は近年稀に見る厄日か。
背中から着地したので被害は最小限だが、正面から落下していたら激痛で疼く肋骨と地面が直に接触していただろう。これが決定打になり骨折したら、恨む対象が多過ぎて選択に戸惑っていたところだ。
「ぐぅ、誰を恨んで、誰を叩き切れば良いのだ……。そ、そうだ、それどころではない!グリフォンは何所だ、グリフォンは――……なっ!?」
開いた口が塞がらないとは正にこの事。これ程までに驚愕で表情を歪めたのは、誰しも魔法が発動可能な異世界世界に突然予兆も無く召還された時。そして面白半分に教わった呪文を適当に詠唱し、指先から出た黄金色の炎で部屋が丸ごと吹き飛んだ事件以来。
そんな些細な出来事が一瞬で脳内を駆け巡る程に、目の前で勃発した事態は衝撃的だった。
只でさえ巨大なグリフォンの重量と、翼を折り畳み空気抵抗を最小限にした後の、超高度からの急降下が合わさった一撃。強固な大岩すら軽々粉砕する、そんな威力を片手で受け止めた人物を目撃したのだ。思考回路が一時停止しても不思議じゃない。
「志郎を、傷付けるなら……誰であろうと、許さない」