P.03【金髪少女と灼熱血のグリフォン】
俺、浅見 志郎は冒険要素を含む御伽噺ゲームを好んでプレイしている。攻略本不使用でやり込み要素等を完璧に埋め、その為かゲーム内の訪れた町名、撃破したモンスターの名称は大抵脳内に刷り込まれていた。
その記憶内に存在する、時には敵役、時には知性を持つ味方として出現する有名な魔物。
鋭く、先端に血液が付着した嘴に、睨みのみで獲物を凍り付かせそうな眼光。一枚一枚が巨大な羽根は、羽ばたく度に地上へ激しい突風を起こす。そして暴れ回る際に宙を裂く極太の鈎爪。そんな鷹の上半身と不恰好な繋ぎ目で結ばれた、見るからに獰猛な獅子の下半身。
「――まさか、グリフォン!?」
グリフォンは鼓膜を劈く叫喚を上げ、背中に追加で少女を乗せたまま、体を振り乱し縦横無尽に飛び回る。多分、グリフォンの背に腕一つで掴まっている彼女の状況は、下手な絶叫マシンより数倍怖いに違いない。
『しろー……直ぐに、ここから離れた方が……良い。遠くて、見えないだろうけど……グリフォンの目が、こっち向いてる』
不思議っ子妖精と共に気長な旅と思いきや、出現したのは獰猛な肉食獣。しかも俺を捕食対象と認識した事実のオマケ付き。御伽噺が突然ホラーに変わる瞬間を目の当たりにした気分。
白昼夢とはいえ、生でグリフォンを見れたのは感動的だな。だが贅沢を言うなら、大人しく友好的な生き物と交流したかった。出会って数秒即捕食の関係になる肉食獣だけは勘弁願いたい。
「あれから逃げるって何所に!? 逃げ隠れ出来る場所なんて何所にも無い――……あ、赤い雨?」
『グリフォンの、血液……触れると、肌が爛れる程の温度に、沸騰してる。とても……危険』
グリフォンの背中にしがみ付く少女の右手に握られた、鈍く光る無骨な片手剣。彼女はそれを暴れ馬と化したグリフォンの首元に宛がい、残像が火花を散らす速度で横へ薙いだ。
皮に守られた皮膚が裂かれ、折れた骨が肉が露出し、生温く粘り気のある大量の赤い雫が、湯気を立たせながら地面へ降り注ぐ。野原が血液で焼かれ、灰と赤に染色されていく様は中々絶望的な景観だ。爽やかな青空が存在する反面、地面付近の惨状は更に絶望感を煽って来る。冗談抜きに、もっと夢のある夢が欲しい。
最初に見た御伽噺全開の風景。それと正反対の光景に若干呆然としてしまったが、紙一重で眼前を通過した沸騰血液に正気を取り戻す。
「うぉ危ねっ!? うわっ地面溶けてる!炉心溶融してるって、これ!」
大慌てで手足を必死に動かし、転び掛けながら安全地帯を探す。だが酸性雨以上の危険物質を木の下で雨宿り出来る訳がないし、グリフォンは俺を獲物として捉えている。冷静に考えると、逃走経路の選択肢が一つも無い。
四面楚歌な急展開に狼狽していると、突然服の左袖を、布の破ける嫌な音と共に引っ張られる。地面へ零れ落ちても沸騰し続けている血池。危うくそこへ顔面から飛び込みそうになったが、地面を踏み締め危機一髪で転倒阻止。
回避したからこそ軽く言えるが、一歩間違えば硫酸以上の酸性物質で顔面を溶解していた。何故この白昼夢は、一生恐怖必須な問題に高確率で遭遇するのか。
この短時間の間で何個もの恐怖を植え付けてくれた元凶、無表情で俺の袖を掴んでいるセーレへ不満全開の視線を向ける。
『しろー……そっち、そっち』
緊張感皆無な声が頭の中へ響き、補足するようにセーレの指先が俺の背後を指し示す。
セーレに視線だけでなく言葉でも不満を漏らそうとしたのだが、先程まで立っていた場所の地面が忽然と消失している事に身震い交じりで驚愕。地面と共に不満も掻き消えた。
「――これってさ、セーレが引っ張ってくれなけりゃ……」
『確率的だと、絶対に頭から、被っていたと……思う。それと……考えるよりも、動いた方が良い。あの人……出来るだけ、血を、こっちに飛ばさないように……してくれてるから』
恐る恐る空を見上げると、先程よりグリフォンとの距離が開いている。それでもグリフォンが背中で好き放題する彼女を無視してでもこちらを狙って来たら、一溜まりも無い。安心出来る安全域には程遠いな。
それよりも目を見張るべきは、少女がグリフォンの鬣を片手で掴み、ロデオさながらの芸当を遣って退けている事である。闘牛以上に暴走し、宙を滑空する化け物にしがみ付き続けるには、一体どれ程の握力と体力が必要なのか、凡人には想像も付かない。
『――あの人……頑張ってるけど、落ちそう。多分……そろそろ限界』
「え!? いやいや嘘だろ!何か俺から見ると上手に乗りこなしてるように見えるんだが……あ、落ちた」
大体ビル二階分の高度だろうか。終に彼女の片手がグリフォンの鬣を離れ、地上へと重力に従い落ちて行く。
当然ではあるが、人間は空中で身動きが取れない。例え彼女が片手に武器を握っていても、満足に振れないのでは殆ど無防備に等しい。グリフォンもその隙を逃さないよう、空中で巨体を素早く旋回させ、嘴を少女に向けた。
度重なる非現実に嫌に冷静な解説をしてしまったが、物凄い危機的状況だ。間違いなくグリフォンは地上に落下している彼女の身体を血塗られた嘴で一突きし、止めを刺すつもりだろう。
『しろー、今の内に……離れた方が良い。せーれも……魔法は使えないし……今度ぐりふぉんに狙われたら――』
ここは魔法や化け物が横行する御伽噺な白昼夢。目が覚めれば俺は些細な夢だと思い、一週間と持たずに記憶から消去されてしまう事だろう。勿論、言葉すら交わしていない彼女が死んでも俺には無関係。でも今日の夢見は絶対に悪くなるだろう。
どの道、死ぬ程痛くても夢から覚めるだけ。保険があると人間は、普段出来ないような大胆な行動が出来るものだ。
「くそっ、こんな場所から間に合うか!?」
悩んでる暇なんて無い。羽織っていた格子柄の重荷を脱ぎ捨てると、セーレの引き止める声を無視して全力疾走。彼女を助けるまで夢から覚めたくない一心で、赤い水溜りと、新たに振ってくる血雨を必死に回避しながら危険地帯を駆け抜ける。
「――黄金の業火より来たれ、我が純血に混ざりし王のあ……なっ!?」
化け物に狙われ落下中という危機的状況下で、場違いな程穏やかな表情を浮かべ不思議な歌を口ずさむ金髪の少女。だが必死に駆け寄る俺の姿を捉えると、落下途中の彼女の表情が一変した。心に直接響くような歌声が止み、代わりに怒声交じりの凛とした声が周囲に響く。
「お前、何故こちらに来たのだ!? 折角グリフォンから引き離したというのに、これではお前が狙われ……っ!」
彼女の怒声の通り、グリフォンの嘴と鋭い眼光が射抜くべき目標を変更。期待通り仕留め易い獲物へと軌道を変えた。
例え伝説上の生き物であろうと、少しでも進行方向を変えれば減速する筈。その間に空中落下する金髪少女を受け留め、理想的な全力撤退が望ましい。しかし無鉄砲な特攻で化け物に挑戦し勝てる程、人生甘い事ばかりでなく、むしろ目移り作戦が成功したにも関わらず悪寒が強まっている。
額から伝う汗を拭う暇無く、彼女を迎え入れる為の位置まで移動する。そして後少しの地点まで辿り着き、上空を見上げながら両腕を伸ばした時、金髪少女の背を視界が捉える。だが彼女の上空を覆い隠すように広がる巨躯の絶望。あんなに離れていたグリフォンとの距離が予想外に詰まっていた。
急速度で降下するグリフォンの羽ばたきから放たれた音と強風で、鼓膜と身体が同時に吹き飛ばされ掛ける。
「くっ……化け物よ、こちらを向け!燃え盛る火球!我が血を滾らし火花を上げよ!」
地上へ唯一の武器を投げ捨てると、少女は先程詠唱していた物とは異なる呪文を唱える。同時に左腕で右手首を押さえると、指拳銃を形作り、まるで指先から本物の銃弾を放つように化け物の顔面へ向け――刹那、彼女の指先が赤く熱を帯びた。
刹那、軽い発砲音と共に彼女の腕が何らかの反動で跳ね上がると、一閃の光が少女とグリフォンの間で瞬く。
「グリフォンが爆発した!?」
『大慌て、しない。ただ濃縮した、炎魔法を……ぐりふぉんの顔に、ぶつけた、だけ。それよりも……受け止めに、いかないと。あの人、直ぐに落ちて来る』
何時の間にか傍に近付いていたセーレが、生真面目に理解不能の魔法解説を、現状の不味さ報告も兼ねて耳打ちしてくる。
炎魔法等と専門用語を突然使われても意味不明だが、頭上の彼女が爆風で落下速度を上げた事のみは検討が付いた。もはや人間技で受け止められるかすら、危ぶまれる速度である。彼女の体重と速度が合計され、両腕に乗ったら、両方複雑骨折した挙句に壊死するのでは無かろうか。
「いやいやいや、ここまでやったんだ!今更怖がってどうする!来い、ばっち来い骨折!」
現実での骨折経験こそあれど、白昼夢内で骨折した痛みの度合い等知る由も無い。只悪くても飛び起きる程度なら、やってみる価値ありますぜ。
『一応……微弱だけど、身体強化魔法を……掛けておく。せーれは、消えちゃうから……頑張って。我が精神よ、彼の者の、糧となりて……力を示せ』
「は?お前、確か魔法は使えないって言って――うぉっ!?」
首筋に小人セーレの冷たい手が触れ、背骨を中心に体中へ液体状の温かい物が注がれていく。そして爪先から肩まで注がれた液体で浸かった時、人生で初めて本当の活力という物を体感した。踏み締めた爪先が地面に減り込み、未だに体を吹き飛ばそうとする暴風さえ心地良く感じる。
転移魔法を使用された時とは違い、直接体へ作用する魔法。今の状態ならば何でも実行出来そうだ。
爆風の風圧が直撃し、体の正面がこちらへ向いた金髪少女の表情が、両腕を広げ受け止めようとする俺を見て驚きに染まる。確かに彼女の落下速度で突っ込まれたら、即死しても可笑しくない。だが、身体強化魔法とやらを施された今の状態なら――、
闇夜に輝く満月の金色を思わせる、長く飾り気の無い金髪。爛々とした炎が灯る、灼熱色の吊り上った瞳。戦闘で傷付き、所々破けた赤を貴重とした衣装が、露出した白肌を強調している。こんな細い肩の何所に、グリフォンへ長時間掴まれる力があるのか、甚だ疑問だ。
『やっとまた――……会えた。――――志郎』
修正するまでに大分時間が掛かりました。申し訳ありません。
戦闘描写が全く書けなくなっている事に絶望しながら、今になっております。次回はもう少し早目に投稿出来たらと、思っていますが、どうなるか。
また次回をお読み頂けたら、作者とても喜びます。