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MPゼロの防御魔法 ~異世界の勇者学科の凡人さん~  作者: 神楽友一@今日も遅執筆
『ようこそトリニティゲージへ:Welcome The Trinity Gauge』
2/6

序章『異世界へようこそ、凡人さん』

「シロウ=アザミ。貴方を今より、ここ王立勇者養成学科に迎え入れます」


 分厚い本を携え、全身を修道服で固めた長身の女性は、そう言い終えると俺の手を取る。

 真正面から向き合うと分かる、女性の顔の端整さ。常時修道服で身を固めているせいか肌に日焼けの後は一切なく、地の色白さが全く損なわれていない。だからと言って不健康的ではなく、上品な微笑みは聖母を体現しているかのようだ。


「ちょ、ちょっと待って下さい母様!志郎は魔法が使えないんですよ!? もう自力で兵士学科にも合格しているのに、何でいきなり勇者学科に!?」

「全てはブリュンヒルデ様のお導きよ。それに、この世界で魔法が使えない人間なんて存在しないわ。きっとシロウ君の魔法学の修練が足りていないだけよ。まだ学び初めでしょう?」


 俺と修道服の女性の間に割って入り、加えてシスターを母と呼ぶ少女。

 こちらも修道服の女性に負けず劣らずの美少女で、細い体付きとは対照的に、立派に育っている双丘が目を引く。混じり気の無い純金を思わせる艶やかな金色の髪に、炎を灯したように燃え盛る紅蓮色の瞳。吊りがちな目だが、彼女の強気な声と態度には違和感無く映えている。


「だったら尚更です!勇者学科に魔法を使えない生徒を編入させるなんて!」


 金髪の少女が主張と共に木製造りの、如何にも値が張りそうな学園長室の机を強く叩く。

 今にも校舎内で親子喧嘩が勃発しそうで肝が冷えるな。金髪の子のみでも暴れ回れば大惨事だと言うのに、この二人が本気で争ったら対魔法加工されている学園校舎でさえ半壊まで追い込まれる事請け合いだ。


「もう決定された事です。それに生徒クラリッテ、貴方には生徒シロウと班を組んで貰おうと、ここに呼んだのですよ。発言を許した覚えはありません」


 リッテと呼ばれた少女は、唇を噛み締めながら悔しそうに頷く。流石に母親兼学園長には勝てないか、普段の男勝りな言動は掻き消されている。相手がこの修道服の人でなければ、彼女はもっと強気に出ていたに違いない。

 かく言う中心人物の筈である俺は、無駄に冷静でいるせいで、未だに親子会話へ入り込めずにいる。この世界に召還されてから不足の事態の連続で、無駄に図太くなってしまった為に、咄嗟な反応(リアクション)が取り難いのだ。


「あの、学園長……リッテが言ってる通りで、俺が勇者学科に行っても足手纏いなだけですよ?魔法なんて一切使えないですし、剣だってやっとまともに振れる様になったくらいで」


 何しろ俺が普段日本で送っていた日常では、剣を振るうどころか、魔法や勇者なんて夢物語だった訳で。この世界で息をするように魔法使う奴等を見てどれ程驚いた事か。最初の内は魔法を見る度に何度も腰を抜かし掛け、目を擦り、頬を抓り、現実逃避しそうになる程だぞ。

 そんな凡人の俺に、別世界に召喚されたのだから必須である魔法を使えと言われても到底無理な話。

 普通なら魔法は、選ばれし者しか扱えない心踊る物では無いのか。子供でも簡単な日常必須魔法が使え、加えて魔法が必修科目になっている世界に飛ばされたのが運の尽き。魔法を行使する為に必須な魔力なんて非科学的な物は逆立ちしても、体を雑巾絞られても出やしない。


「それに母様、仮に志郎が勇者学科に編入するとして、試験は?もし剣術試験を通過出来たとしても、魔法試験には実技と筆記が必須ですよね。万が一筆記を通っても、魔力がない志郎では、実技突破は有り得ません」

「学長がシロウ=アザミの天賦の才を買い、直々に試験免除で編入させた、としてあります。他の教員にもそのように伝えてありますので、心配は要りませんよ。編入書類も作成済みですし、生徒クラリッテが気にする事はありません」


 そう言いながらリッテに一枚の書類を手渡す学園長。その紙に簡単に目を通し、唖然とした表情を浮かべるリッテの横から、記載されている内容を覗き見る。

 要約すると、俺こと一般人である浅見(あざみ) 志郎(しろう)は勇者学科の中でも頂点に君臨出来る実力の所持者であるらしい。リッテの目が見開かれるのも当然だ。学園長の説明では、俺が魔法も使える優秀生(エリート)なってしまう。

 確か勇者学科の教訓は剣術に長け、魔法で秀で、勇者を志す誇り高き者であれ、だったか。魔法は秀でていないどころか使えなければ、勇者学科に編入という話も今この場で初めて拝聴したのだが。自分で言うのも何だが勇者を志す以前の問題だと思う。

 最初に決めていた兵士学科は、将棋で言うと歩みたいなもので、体力馬鹿で条件が事足りるので油断していた。兵士学科ならば魔法が使えずとも問題無く、編入試験も体術の実技のみだったし。その代わり実戦では足軽紛いの突撃をさせられる事は間違いないが。


「お、王国御墨付きの印まで……!? これではわたしと全く一緒の入学方法だ……不味いな」


 偶然耳に届いたリッテの焦り混じりの独り言に、無意識に口元が引き攣り冷や汗が流れる。

 俺のような一般人が、リッテと同じ待遇とか正気の沙汰じゃなかろう。向こうは彼の英雄の末裔、国宝級の勇者候補生とも呼ばれる天賦の才の持ち主だが、こっちは正しく凡人。加えてこちらの世界では誰しもが使える日常必須魔法すら使えない始末。


「しかし母様、王国の印も無償(ただ)ではないでしょう?何故ここまで志郎に固執するんですか?こう言っては何ですが、今の志郎よりも剣の技術が上で、魔法も使いこなせる勇者学科志望なんて巨万(ごまん)といる筈です」

「全てはブリュンヒルデ様のお導きですよ、生徒クラリッテ。偉大なるブリュンヒルデ様は、シロウ=アザミが勇者の器であると仰ったのです」


 自分で言うのも悲しいが、リッテの言う事は事実。実際兵士志望の中にも軽い魔法を扱える奴は大勢いるし、その上俺よりも剣技に長けた奴の数は言わずもがな。もし俺に天賦の才が備わっているなら、この世界にいる殆どが天才な上に、リッテに至っては神の領域だ。

 そんな凡人を勇者学科へ無理押し気味に推薦する理由を作った、学園長が話すブリュンヒルデ様とは、一体何者だろうか。一種の宗教にも似た信仰具合に若干引く。


「その、母様……先程から(おっしゃ)られている、ブリュンヒルデ様とは、一体誰の事でしょうか?」


 心酔し切っている学園長よりも立場が上なのは確実として、一体何所の誰だ。魔法を使えない人間を魔法主義の勇者学科へ推薦する節穴は。

 こっちは異世界に突然召喚されて、一ヶ月以上の間、元の世界では不必要な剣の特訓なんて物をやらされた。その上、こんな面倒事にまで巻き込まれたんだ。例え相手が学園長の敬う聖女であっても、文句一つくらい許されるだろう。


「その事も説明しようと貴方達を呼んだのです。さぁブリュンヒルデ様、どうぞこちらへ」


 女性がおもむろに厚ぼったい修道服の中に手を入れる。再び手が現れると、そこには翡翠色に輝く小型のハンドベルが握られていた。何故ブリュンヒルデ様とやらを呼びながらベルを取り出してるんだろう。もしや、それも魔法の類か。

 俺だって、この世界に来てからリッテの巨大な火の玉や、風で浮遊する奴を何度となく目にして来たんだ。非現実な事態が起こっても、滅多な事では驚かないぞ。

 学園長が軽くベルを振る度に、心地良い澄んだ音色が室内に木霊する。室内に音を反響する物はなく、加えてベル自体も小型なのに、何故こうも音色が響くのか。そんな疑問も、学園長と俺達の前に描かれ出した円陣を前に掻き消されてしまう。


「この音色に文字、普通の魔法で発動する類ではない……文字的に、古代式魔術円陣か。もしや……召喚陣っ?こんな狭い場所で使用すれば、魔力灰(マジック・アッシュ)が充満するのでは……」


 無論、魔法学に長けているリッテが一瞬でも判別に戸惑うようなら、俺には皆目見当も付かない訳で。古代式魔術円陣や召喚陣と唐突に言われても、面妖な化け物が呼び出される光景しか想像出来ない。

 だが、もしこれがブリュンヒルデ様降臨の為の儀式だとすれば、俺がこの世界に召喚された時と被る所がある。足元に形成された円形の召喚陣が正にそれだ。

 ベルの音が鳴る毎に、人間の言語で発音可能かどうかすら怪しい文字群が、円陣を築いてゆく。誰の手も借りずに描かれてゆく陣は、完成が近くなるに連れて輝きを増した。まるで、円陣の向こう側にいる存在へ語り掛けるように。


「なんだ、これ……透明な人?」

「志郎、近付いては駄目だ!召喚中の召喚陣に不用意に触れれば、膨大な魔力灰に体を侵食されるぞ!」


 円陣を描く透明な筆が動きを止め、合わせるように学園長もベルを置く。

 すると召喚陣と呼ばれた円陣の上に薄く、透明に――人形をした物が浮かび始めた。外界から身を守るように身を丸め、一切の仕掛け無しで宙を浮遊していた。暖かく緑色に色付いた風達が『それ』を取り巻いて行き、徐々に透明な体へ色が塗られていく。人形師の作業工程を見ているかのようだ。

 膝まで伸びている美しい白髪は、降り立ての穢れのない処女雪を思わせる。そして、その髪色に負けず劣らず色白な、まじりっけの無い美しい肌。物凄く小柄で華奢な体型だが、彼女の儚さには適切だと感じられた。全てが、この世に生きる人間とはかけ離れた端整さだ。

 召喚陣が発する光の中で身を丸め浮遊していた彼女は、全ての色を完全に取り戻すと、重力に導かれるように色白の裸足が床へ触れ、物音無く着地する。


「なんだ、この魔力量は……!? 召喚されて、まだ意識が完全に覚醒していないのに、わたしの赤竜(ウェルシュ)よりも……。いや、比べ物にならないのか……?」


 そこで漸く、召喚された少女は瞑っていた目蓋を開く。現れるのは、宝石の翡翠を思わせる綺麗に澄んだ緑色の瞳。色白の肌に強調されて、翡翠色の瞳は輝いているようにも見える。

 生唾を飲み込む程の緊張感が張り詰める中、彼女は眠気があるのか、猫のように小さく欠伸をした。

 肝っ玉が据わっているのか、はたまた空気が読めないだけか。少女の感情が欠如している無表情から、それを判断するのは不可能に近い。

 無表情のまま視線を移動させ、周囲の確認をしていたのだろう彼女の巡る視線は、丁度俺の前で止まった。その翡翠色の瞳が俺を映すと、彼女の無表情は少しだけ綻んだ。


『――……しろー?』


 瞳を開けば気だるげなジト目で、無感情な無表情が更に強調されている。精巧な人形と同じくらい愛らしく、だが同時に一つも表情が作れない不器用なフランス人形。背丈も小柄で、足取りも寝起き時のように覚束無い。

 だが他にもいる特徴的な人達よりも真っ先に、最も目立つ筈のない俺の顔を見ると、小首を傾げながら躊躇わず名を呼ぶ。まるで生まれて目視した者を親と認識してしまう小鳥のように。

 しかし名を呼ばれた俺も、彼女には面識があった。先程の光景が衝撃的過ぎて気付かなかったが、彼女の瞳に見詰められ、この世界『トリニティゲージ』に召喚されたばかりの頃が頭の中に浮かぶ。


「セーレ……セーレ、なのかっ?」


 

 この世界に訪れる前、魔法の無い世界にいた一ヵ月前の俺では想像も出来なかっただろう。まさか何年も前に失踪した幼馴染が、自分の召喚された異世界で国宝級の勇者様になっているとは。そして現実世界では有り得ない存在、天使のセーレと知り合って、まさか勇者を目指す事になるなんて。

 夢物語なら冷めてくれたら嬉しい。何せ魔法が一切使用出来ない俺が、魔法を日常的に使い、魔物と生き死にを争う異世界に召喚されてしまったのだから。

 全ては、そう。一ヵ月前に俺が、この異世界、トリニティゲージに召喚された時に遡る――。

 あとがきを書き終わり、これで投稿終了です。4000文字オーバーとは、我ながら書き過ぎましたかね。

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