封印された魔女に求婚した話
ふと思いついて一気に書き出してみたお話です。
誰か一人にでも読んでもらえたら嬉しい。
幾百年の昔、邪悪なる魔女を封じたとされている場所に満ちるその気配は、その言葉と真逆の、神聖な気配に満ちていた。
光苔だろうか、所々が淡く光る洞窟の一角、祠と言っていいのかわからないほど簡素なその場所。
約百年ぶりに現れたという勇者は、仲間である聖女と騎士と魔術師、誰一人欠けることなく魔女の元へとたどり着いた。
淡い光を放つその中心部に、少し不釣り合いな赤い薔薇が風もないのに揺れている。
透明な、氷のようなもので出来た棺。
間違いなく其処で魔女は眠っている。
「やっと、ここまで来た」
聞こえるか聞こえないかの声で勇者は小さく呟く。
エアリーブルーの髪が風を内包したようにふわりと揺れた。
身に着けた白の装束はここに来るまでに幾多の魔物を屠って来たというのに汚れ一つないまま。
その強さに相反するように、柔らかく穏やかなサファイアブルーの瞳は静かにその棺に向けられ、何を警戒する様子もなく棺に近付いていく。
勇者の姿に息を呑んだ聖女と魔術師が慌ててシールドを張ろうとするのを、不要だとばかりに軽く手を振り、そして、棺の蓋に手をかけた。
封印されているというのがまるで冗談のようにあっさりと、棺は解放された。
蓋を開いたという認識が勇者の頭に届くよりも早く。
キンーー、と空気が張り詰めた気がした。
勇者の後ろ、程近く。恐らく一歩進めばその背に届く場所に気配も無く現れただけで、人ではないと知れるその異形は立っていた。
短めに切り揃えられたダークグリーンの髪とは対照的に吸い込まれそうなほど澄んだエメラルドの瞳。血が通っているとは思えないほど白い肌。細身であるのに奇妙なまでの威圧感。
触れたらこちらが傷つくのではないかと思えるほどに鋭利な美貌の持ち主の頭には、羊のような角が生えていた。
「おかしいな。勇者と名乗れども、この空間が人間に簡単に開かれるはずないんだけどなぁ」
少年のような、されどどこか深みのある声音で、至極軽く、どこか不思議そうに発せられた言葉に、勇者は振り返りもしなかった。
その無防備さと相反するよう、聖女は手にしたアンクを握り直す。
そこにあるのは、明確な敵意。
軽いその言葉から感じられたそれに、騎士も剣の柄に出をかける。
魔術師だけは、まだ何か測りかねるように勇者の背を見ていた。
「ああ、スミレの魔女の気配がする。……あのおせっかいな、ばーさ、いやねーさんか」
「スミレの魔女?」
そこで漸くその異形の存在に気付いたように勇者が振り返る。
『魔女は邪悪な存在か?そうね、それを決めるのはいつも人よ。手助けをすれば良い魔女に。不都合があれば邪悪になるの』
そこにはいないその人の声が、勇者の頭の中でだけ反響する。スミレ。紫。肩の上で切りそろえられた真っ直ぐな紫の髪が揺れる。
「何?今、呼び方の別がなくても問題ないくらい魔女消えたの?」
「それ、どういう」
「まあいいや、どっちにしたって姐さんを目覚めさせられるのは困るんだよね。ーー死んでくれる?」
笑顔の異形が告げる。
最終宣告だと言うように。
「カイ兄!避けて!」
聖女が叫ぶのとほぼ同時に空間を切り裂くようにして現れた剣が異形の手に収まり、そしてそのまま勇者に向けて、ほぼなんの前兆もなく振り下ろされる。
「え?……うわっ」
ギィンーーッ、重たい音を立てて金属同士がぶつかる。抜かないままの鞘で、異形の剣を受け流した勇者がその重さに少しだけ目を見開いた。
「不意を付けると思ったんだけどな!」
ちらり、異形の澄んだエメラルドが聖女の姿を捕らえる。その瞬間、なんとなく異形の動きがぎこちなくなったように見えた。
「そっちのアンタ……、今世の聖女か。面倒くさいな」
淡いペールグリーンの髪を高い位置で結わえた聖女は、どこか己のものと似たエメラルドの瞳を見つめ返し、まだあどけなさの残る愛らしい顔立ちを、いっそう険しくする。
「カイ兄、今シールド張るから!」
「レン、前に出て!カイ兄護って」
「仕方ないな。リン、サポート頼む」
「待って皆、おれは戦いに来たわけじゃなくて」
臨戦態勢に入った仲間たちを、ただ違うと首を振りながら勇者だけはまだ剣を抜こうともせずに制止しようとする。
「カイ兄がどうとかどうでもいいの!向こうが来てるんだから備えるのは当たり前!」
「レン、気をつけて、そいつ魔力抵抗も高い!」
勇者と異形の間に滑り込んだ騎士が戦闘意思を見せない彼を背に庇うように体制を立て直すのと、魔術師の魔法が吸い込まれるように消えたのはほぼ同時で、否応なしに緊張が走る。
「シール……、あれ?え!?」
「面倒なところから始末していくべきだよね」
魔力とは違う理を有した聖女のシールドが発動するその直前に、異形の腕がその細い腰を抱き上げる。
始末するという物騒な言葉の割には優しく、唇ににんまりとした笑みを浮かべて。
勇者への攻撃を想定していたせいで、完全に聖女はノーガードだった。
「ミクリオ」
柔らかな、それでもどこか芯の強さがあるような声が緊張を解くように響いた。
「姐さん!?嘘だろ、目覚めるまでまだ時間はあったはずだ」
「離せ、ちょっと離してよー!」
動揺する異形に少し隙が出来たのを見て取った聖女が腕から抜けようとしたものの、優しいと思っていたその拘束は想像以上に強く、びくともしない。
棺の中、眠っていた魔女が身を起こしていた。
柔らかな声の印象を裏切らない、ホッと気を抜く時に飲む温かな紅茶色の瞳で、状況を確認するように静かにただそこにいる皆を見ていた。
「魔女……」
誰が言ったのか、小さな音が落ちる。
それが自分の声だと気づくまで、勇者はただその紅茶色に見惚れていた。
「レン……、どうしよう……!」
「リン?」
「魔力、吸い取られてる、わかんない、なにに……?」
「カイ兄、下がって、頼むから!この状況で呑気にしてないでよ!ミラ姉だって捕まってるんだよ?!」
不安そうな魔術師の声に咄嗟にその傍らに膝をついた騎士が苛立ったように声を上げる。
今この場において優先すべきはなんなのか、恐らく誰もわからないままで。
「メイヴィス」
「わたしの名を知っているんですね」
「だーかーらー!呑気に魔女と話してる場合じゃないでしょ!このままだとリンが危ないんだけど!いやもうカイ兄がどうなろうと知らん、オレ、リン連れて行くからね!」
「連れて行くって、どこに」
またこちらに背を向けて意識が完全に魔女へと向かっているらしい勇者に、騎士が半ば懇願のような声を上げながらも、魔術師の小さな体躯を抱き上げたその時、固まっていた異形が不思議そうな声を上げた。
それは敵対していた時とは違う、心底から不思議そうな声で。
その腕に囚われたままの聖女は気づく。
入ってきたはずの扉がない。
この場所はどこにも逃げ場がない。
「あの、ミクリオさんとやら?そろそろ離してもらえません?」
異形から敵意が消え、魔女が目覚め、それでも勇者が戦闘を選ばないのであれば、ここは少しでも情報がほしいと、聖女は駄目元で声を上げる。
できるだけ丁寧に、刺激しないように。
当然、異形は何も反応しなかった。
「ああ。あなたは、やっとわたしを殺しに来てくれたのですね」
「ころ……っ!?待ってそんなんじゃない」
「では、何のために?」
穏やかな表情のまま、物騒な言葉を口にした彼女に、慌てて否定の意をこめてぶんぶんと首を振る。
その姿を不思議そうにとらえた紅茶が揺れる。
「メイヴィス……、メイ、……メイちゃん」
「はい」
「おれと結婚して下さい!」
場の空気が凍った気がした。
そこだけが温度と空気を保っているように、勇者は魔女と対峙する。
「姐さんに、求婚だと?」
「あの、ミクリオさん?なんで私まだ捕まったままなのかな?」
「リン、オレと結婚しよう」
「ぅん、無事に戻れたらね……」
どこか呆れたような、何か哀しみを内包した異形の声を皮切りに、それぞれが漸く今の状況を思い出したように喋り始める。ある意味現実逃避ともいえた。
「ミクリオ」
「何ですか姐さん」
「結婚とは?」
「なんでオレに聞くんですか」
「だって、この中でミクリオしか知ってる顔がないの」
「人見知りか!」
それまで勇者のサファイアを見つめていた紅茶が不安そうに揺らいで彷徨った後に異形を捕らえると、眉を落とした情けない顔で、困惑を隠せない声で魔女がその名を呼ぶ。
成立していないその問答を、異形の小脇に抱えられたままの聖女が、魔女に勝るとも劣らぬ情けない表情を浮かべて見つめていた。
「えーと、魔女さん。メイヴィスさん?」
「はい」
「結婚っていうのは愛し合う男女が手に手を取り合い共に生きていくという誓いの契約なんですが、それはそれとして、この魔族さんに私を離すように言ってもらえませんか」
「愛し合う男女」
「いやそこでなく。もー!なんで私ずっと小脇に抱えられてんのさ!」
助け舟をだした見返りに解放してもらえないかと交渉に入った聖女は、ものの見事に期待を外されてとうとう叫びだしてしまった。
それに瞳を瞬かせた異形は小脇に抱えていた聖女を改めて横抱きにした。
「小脇ダメだった?じゃあこうするね」
「わーい、お姫様抱っこだー!ってそうでもなく!」
その脇で、魔力を吸い取られて消耗していく幼馴染の細い身体を抱きしめた騎士が、決意したようにその水色の瞳に光を宿す。
「愛し合う男女が共に……。そうだ、やっぱりオレとリンは結婚するべきなんだ」
「そうだね……。リンもレンのこと愛してる。……って、アホかー!!」
「いや、オレ結構真面目に言ったんだけど」
「リンだって真面目に返したよ、でも皆してアホすぎるんだよ」
色んな意味で余計に消耗した魔術師は騎士の腕の中でそっと目を閉じた。単に疲弊しすぎた。
「メイちゃん」
「ところでさっきから気になっていたんですが」
「なに?」
「それ、わたしのことですか?」
「うん、嫌?」
周りの空気などきっと読む気のまるでない勇者は、結婚の意味を理解したらしい魔女の意思を確認しようとその名を呼んだものの、不思議そうな声で問い返された言葉に不安そうに瞳を揺らす。
それを見た魔女が慌ててふるふると首を横に振ると、癖のないブラウンヘアがふわりと揺れた。
「でも、わたしは薔薇の魔女です」
「え?でもメイヴィスだよね?メイちゃんだよね?」
「……もうそれでいい気がしてきました」
「いや、だからさ!なんでこの場で!私とか捕まってんのに!一気にラブコメになってんのさ!」
「え?捕まってんの?誰に?」
「君にだよぉぉぉ!!」
どこからともなく流れてきた甘ったるい空気に、それを振り払うように聖女はまた叫ぶ羽目に陥る。
自分が抱き上げたままなのが原因なのに、気の毒そうに見てくる異形の頬でも引っ張ってやろうかと手を伸ばしたが、悪気などまるでなさそうな様子に深々と溜息を落とした。
「いや、なんか抱き心地良くて」
「だからって持ち運ばない!それで、なんで魔女が起きたらなにがどうなるから私たちを排除しようとしてたのか説明して!」
「姐さんが消えちまうから?」
「そこなんで疑問形なのー!」
『あの娘が封印されてる理由?もちろん知ってるけど、知りたいの?……いいわ、教えてあげる。魔女がどうやって消えるか、調べてごらんなさい』
異形と聖女のやりとりをぼんやりと聞き流していた勇者の頭の中に、スミレの魔女の声が蘇る。
ーー消える。
封印せずとも、魔女は殺せる。
なのになぜ。
「メイちゃん消えちゃうの!?」
「ここでなら被害は抑えられるので。あ……でも今は、皆を巻き込んでしまう……」
大切なことを考えようとしていた勇者の思考は、眼の前の魔女が消えてしまうかもしれないという事実にかき消されて、ただその不安だけが口からこぼれた。
「ミクリオくん」
「なに?あ、名前聞いてない」
「ミラ」
「うん。で、なに?ミラさん」
「説明して。消えるって何、被害ってどういうこと?」
「え?聖女なのに知らないの?」
「悪かったなぁぁ!」
勇者たちの会話を聞いていた聖女が、この場で唯一答えを知っていそうな異形を見上げて問いかける。
聖女ならば知っているという前提の反応に、少しばかりむくれてしまう。
魔女に関する情報はそれだけ限られているのだと察した異形は少しばかりの間をおいて静かに口を開いた。
「姐さん。説明していいですか?」
「なにを……?」
「そこからかぁ!相変わらず姐さんのボケは冴えてるなぁ」
「いつもこんな感じ?」
「大体こんな感じ」
魔女自身のことに関してどう切り出していいものか迷ったらしい異形への返答がまさかの返しだったことで、困ったような諦めたような顔で笑う姿に、今度は聖女が少し気の毒そうに彼を見上げた。
「姐さんが寝ていた理由ですよ」
「ああ。……わたしが危ないから」
「メイちゃんは危なくないよ!?」
「カイ兄はちょっと黙ってようかー」
このままでは話が進まない。この空間ボケしかいない。深刻なツッコミ不足に嘆くように聖女は脊髄反射で口を開いた勇者を黙らせようと口を挟む。
「もういいよ、君が説明して」
「んー。魔女は消える時に災厄になる、ことが多い」
「災厄?」
「あー。数百年は草木の育たない枯地にしてしまうのが多かったかな」
「多かった?」
「他のパターンも幾つかあるし、災厄にならないこともある」
明かされた事実に閉じられた空間の中が静まり返る。
勇者ですら黙り込んでしまったその中で、魔女だけがその事実を受け入れたように小さく頷いた。
「だから、わたしはこの場所で消えないといけないのです」
その言葉に反応して魔術師が瞳を開く。
魔術師として、魔女ほどではなくとも叡智を手にした聡明さをそのアクアブルーの瞳に宿して。
「そっか。リンの魔力を吸い上げてるのは魔女さんじゃなくて」
「魔女さんじゃなくてメイちゃん」
「変なとこ拘んないでよカイ兄。……まあいいや。メイちゃんさんじゃなくて、この場所だったんだ」
「さすがオレのリン。状況判断が早い」
「まあね。褒めていいよ」
どこか茶番じみたやり取りではあったものの、この場所の本質をついた魔術師の言葉に、聖女は納得したように改めて周囲を見回した。
「どおりでこの場所、神聖な気配しかないわけだ。ところでミクリオくん。私はいつ降ろして貰えるのかな?」
「え?うん、こうしてたら姐さんが消え始めたらすぐ逃げられるから」
「あれぇ?私、保護されてるやつ?」
「ちょっと待って、メイちゃんは消えないよ!?」
「いや、そうは言っても。姐さん、もう限界近いんで」
「げんかい?」
「流石にここは姐さんが自分で説明した方がいいんじゃないかな」
先ほどとは違い、きちんと一連の流れを見届けていた、静かな紅茶の瞳に、エメラルドの影が映る。
「わたしは摩耗しすぎているから」
「……摩耗?」
「力を使いすぎたし、壊しすぎたから」
「なんで、そんなことに」
「あの人がやれと言ったから」
「あの人って……?」
「あなたに良く似た、でもあなたじゃない人です」
勇者が小さく息を呑む音がした。
その他は誰も何も言わない、口を挟まない。
勇者のサファイアブルーに影が落ちる。
「そいつどこにいるの。おれが滅ぼしてくる」
「え?多分もう亡くなっているかと」
「じゃあ殺せないんだけど!メイちゃんを苦しめたくせに勝手に死ぬとか!」
勇者が何に怒っているのかわからないと言いたげな不思議そうな魔女の視界の中で、ふわりと菫色の花弁が揺れた。
「ふぅん、こうなってたの」
「……ヘレナさん」
「久しぶりね、メイヴィス」
「うわ、ばーさん」
「そこはせめておばあさま位になさい、ミクリオ」
「お嬢。またなんだってこんなとこまで来たんです」
「クロ、降ろしてちょうだいな」
「降ろすのは構いませんけど、何かあったらすぐ撤退しますよ。お嬢が止めても」
「それでよくってよ」
少女と言って差し支えのない小さな魔女が、その使い魔である男の腕に抱かれて、閉じていたはずの空間に姿を現していた。
魔女同士が旧知の仲であることはその名を呼び合う気やすさから知れたものの、何が起きたのかわからないでいる周囲を完全に置き去りに、すとんと使い魔の腕から降りた少女は、どこか満足げに微笑んだ。
「魔女さん」
「ええ、ええ。あなた、きちんとここまで辿り着いていたのね、よくってよ。それで、魔女が消える意味はちゃんと調べたのかしら?」
「どこにも、情報が、なくて」
「それで直接メイヴィスに尋ねにきたの?」
勇者はどこかきまり悪そうに頷いた。
その様子を見ていた使い魔が、呆れと、どこか諦観をこめた溜息をこぼす。
「人間ってやつはいつもそうだ」
「クロ」
「はいはい、黙ってますよ、お嬢」
軽く肩を竦めて、使い魔はまた少女の少し後ろに静かに控える。
それは何かあった時にすぐに撤退するという宣言を実行するためのように見えた。
「メイヴィス」
「はい」
「うん、よく眠れていたみたいね。随分回復しているわ」
「回復、していますか」
「あら、自分では気づかないものなのね。ええ。あの聖女は最後にきちんと仕事をしていったんだわ」
異形が面白くなさそうに小さく舌打ちをしたのを見上げながら、聖女は恐らく自分ではない昔の聖女が、この主従になにかしたのだろうと察したものの、口を挟めずにそのまま視線を落とす。
「さて、人が始めた物語は人に返すべきだわ。あなた、カイルだったわね」
「はい」
「どうしたい?」
きっと魔女の回復を確かめに来ただけだったのだろう、少女は相変わらず笑顔のまま、勇者へと抽象的な問いを投げた。
それを受けた勇者は少しだけ瞳を瞬かせて。
「メイちゃんを嫁にします」
「嫁」
「はい!」
「あらあら、よくってよ!そう、本来はそれくらい単純であるべきだわ」
楽しそうに笑う己の主を見やって、使い魔はまた小さく溜息を零す。呆れのような、諦観のようなそれ。
「あの。わたしを嫁にしてどうするんですか?どこか滅ぼしたい国とかあるんですか?」
「無いよ?」
「じゃあ消したい人がいるんですか?」
「いや、いないよ?」
「……?」
心底不思議そうにしている魔女に、そういう使い方をされていたのかと変に納得してしまう空気があった。
「この娘がこうなったのには当然理由があるのだけれど、あなたにそれを全部ひっくるめて受け入れる度量はあるのかしら?」
「メイちゃんのことなら全て愛します」
「ふふっ。染み付いた人間不信はなかなか消えないと思うけれど、ええ、ええ。きっとあなたなら大丈夫。あたしはこの先は高みの見物をさせてもらうわ」
「お嬢は甘いんですよね」
「あら、努力し、前に進もうとする者は祝福されるべきよ」
完全に諦めた様子で言葉を投げる己の従者の腕に収まり、少女は楽しそうに笑ったまま、もう一人の魔女へとひらひらと手を振り、来たときと同じようにどこへともなく消えていく。
残された一行は呆気にとられたような、それでいて何か大切なものを託されたような空気に、各々が少しだけ何か考えるような仕草を見せる。
「メイちゃん」
「はい」
「多分……。いや、もう流れとしては間違いないと思うんだけど、過去のおれ?そいつはメイちゃんを利用する為に甘言を吐いたのかもしれない」
「甘言」
「そう。おれが嫁にするって言った返しがああってことは、過去に同じ事を言ったやつが、メイちゃんをそう使って摩耗させたってことだよね」
「否定はしません」
「うん、ミクリオくんの反応からしてもそうだよね」
「別にわたしを使いたいのならそれで構いません。でも、終わる時はここでないといやです。わたしは世界を枯らしたくないので」
「そんなこと考えなくていいんだよ」
勇者がまた一歩進んで、魔女の棺の傍らに膝をつく。
身を起こしている魔女を少し見上げる位置で、柔らかく笑みを浮かべ、己を道具として考えるその言葉を否定する。
「おれの魔力を全部あげる。魔女と勇者の魔力は質も理も同じだから、互換できるんだよね」
「そんなことをしたら、あなたは勇者ではなくなってしまうのに?」
「いいんだ。おれはメイちゃんが守りたい世界で笑っているのが見たい」
「わたしはそこまでされるような存在じゃありません」
「おれからしたらそれでもまだ足りないくらいだよ。……それに、おれは勇者だから強いんじゃなくて、おれだから強いんだよ」
「……」
「行こう。それでももし、メイちゃんが消えたくなったら、その時にまた、2人でここに戻ろう」
この閉じた場所から連れ出すために伸ばされた勇者の手に、どこかまだ躊躇するように魔女の手が触れる。
怯えたように一度引っ込んだその手を、勇者の手が優しく捕まえる。
「温かい、ですね」
「あ、ちょっと汗かいてるかも」
「大丈夫です」
「よかった。……じゃあ、行こう」
閉じられた空間にまた扉が開く。聖なる力と光苔で薄っすらと輪郭保っていた場所に、眩しいほどの光が差し込んでくる。
勇者は魔女の手を引いて光の中に歩いていく。
「いやあの。綺麗に纏ってるのはお二人だけで、いや、なんか今意気揚々とレンがリン抱っこして歩いていったけど、私はまだ抱えられてるわけなんですけど」
「もう諦めて、ミラさん」
「なんでさ」
「オレが離したくないから」
「むう。……ならばやむをえまい」
そうして異形と聖女もまた光へと歩む。
誰もいなくなった空間に、どこか満足げな笑い声が溢れる。
「ふふっ。めでたしめでたしね」
「どうだか」
「クロは少しネガティブが過ぎないかしら?」
「そうもなりますよ」
「もっと単純でいいと思うのだけど」
「お嬢はそれでいいんですよ。その分、オレがこうなんでね」
そしてその声も途切れ。
光が収束していく。
光苔さえも今は光を失った空間だけが、聖なる力を湛えたまま、ただ、そこにあった。
敢えて本文ではセリフの中でしか名前を使わないという縛りを設けていたので、ちゃんと紹介しておきますね。
☆勇者=カイル エアリーブルーの髪、サファイアの瞳。
★魔女=メイヴィス ブラウンヘア、紅茶の瞳。
□聖女=ミラ ペールグリーンの髪、エメラルドの瞳。
□魔術師=リンディス(リン) ハニーブロンド、アクアブルーの瞳
■騎士=レンブラント(レン) プラチナブロンド、水色の瞳
■異形=ミクリオ ダークグリーンの髪、エメラルドの瞳
△少女(菫の魔女)=ヘレナ 紫の髪と瞳
▲使い魔=クロウ(クロ) 金茶の髪、緑の瞳
思いついて構想を練ってはいたものの形にできていなかったものを1日で突貫工事したので、なんか色々説明が足りていない気がします。
そのうち改稿版出すかも。




