あなたのいない世界
この世界に、死んだあなたに会える場所はあるのでしょうか。
私の目の前には、あなたのいない朝があります。
あなたの湯気のないカップ、使われない椅子、壁に映らない影。
何ひとつ変わっていないのに、すべてが静かすぎるのです。
あなたが死んで、季節がいくつも通り過ぎました。
けれど、私はまだあなたの眠りを思い出すのです。
背を向けて寝息を立てていた夜、
寝返りを打つたびに、あなたの体温が少しこちらに傾いてきた夜。
もういないことは知っています。
何度も何度も確かめました。
写真、声、服のにおい。
全部が過去になって、全部がこの世界のものではなくなって、
それでも、私はときどき、あなたの視線を感じてしまうのです。
誰もいない部屋のなかで、ふと背中があたたかくなる。
あなたがいた場所に、目が吸い寄せられる。
そこには何もない。
何もないのに、私の心は、あなたを受け取ってしまう。
どうして、こんなふうに、
消えたはずのあなたが、
今も私を見ているように思えるのでしょう。
死んだあなたに会える場所があるのなら、それは世界の裏側のような場所でしょうか。
光の届かない廊下のような時間、
誰も見ていない隙間、言葉の届かない深い水の底、
そのどこかにあなたは座っている気がするのです。
けれど、この世界はあまりにも整いすぎている。
あなたがいなくなった朝も、カーテンは同じ角度で揺れ、
天気予報はあたりまえのように晴れを告げ、
隣人はいつも通りの顔で犬をつれて「おはようございます」と笑った。
あなたがいないというのに、
世界はひとつの歪みもなく動いていた。
食器は乾き、床は冷たく、郵便受けにはチラシが入っていた。
私はそれを、ただ見ていた。
見ながら、何もできずに、息をしていた。
その呼吸が、だんだんと薄く、重く、苦しくなっていくのを感じながら、
それでも生きていた。
「死んだ人に会える場所」があるなら、
そんな場所より、私は今、ここに、
あなたがいないことのすべてと向き合わされている。
ここは地獄ではありません。
でも、あなたのいない世界です。




