ある母親の寂寥
あの子が産まれてくるまで、私は、周りのプレッシャーに押しつぶされそうになっていた…
私には2人の子どもがいるけれど、兄はとても妹思いの子で、妹は兄が大好きな女の子に育っていた。それはとても幸せなことで。とても、満たされることで。
2人が生まれる前のこと。義父母たちの跡取りを望む声が常に私に囀っていた。過去から現在まで、脈々と受け継がれてきたこの家が目指すところは、王国に忠誠を誓い、公明正大に領土を守ること。
確かに、領民たちにとってはとても尊敬される家ではあった。だけどその実、ここに生まれる当主直系は、生まれた時からその方針に生きることを定められていて。当主の妻である私は、跡取りを必ず生まなければならなかった。だけど、義父母たちにとって、それは当然のことで。むしろ彼が生まれた時に夫とともにとても喜んでいたことすら、はしたないこととされていて。子どもを甘やかすことも許されなかった。そう、私が今まで受けてきた普通の教育は、与えてはいけなかった。
子どもに行うことは、中立な教育。感情をコントロールして、正しく国を導くことを教えなければならなかった。だから私に許されていたのは、母親として、甘やかさずに厳格で公平中立な跡取りとして育て上げること。母として甘やかしたいという気持ちはあるけれど、彼を甘やかせば、跡取りとしての矜持が損なわれる。だからこの家では与えられないものだった。。。
それでも大切にしたい。そう思っていたけれど、この家では3歳になった時から跡取りとしての教育を始めなければならなくて。だから私もそう、接しなければならなかった。それがとても、苦しかった。だけど、2人目も妊娠していた私は、お腹の子を無事に生むことに精一杯で。あの子をちゃんと、見ていられなかった。それがとても、ジレンマを私に与えていた。
そんな時、あの子が生まれた。女の子だった。親バカと言われるだろうけど、とても、愛らしい女の子で、皆んなに愛されるような可愛さを持った子だった。
だけど、目を開いたあの子の顔を見た時に気づいた。黒目の女の子。ああ、この子の産声がまるで私を責め立てるかのよう。パニックになりそうになった。夫が慰めてくれた。それで立て直せたけれど、、、
一度冷静になっても、どうしようもなくて。だって、黒目の子は祝福者。義父母に気づかれたら、それはもう、この子を明け渡すしかない。この子を、王家に捧げなければならない。そんなことは、耐えられない。私の大切な子ども。愛しい子。それを、政治の謀略になんて巻き込みたくない。出産直後の身体が悲鳴をあげそうなのに、そんなことよりも頭が、グルグルと回ってしまって、、、どうしよう、と夫を見上げるしか出来なくて。私は、絶望を抱えそうになっていた。けれどそれは、夫が辛うじてその場は隠し通してくれて。早く子を確認したい、義父母に牽制をして。その間に直ぐ様私のお祖母様に手紙を出してくれて。。。これからのことを相談してくれた。
1人目が生まれてから、ちょっと疎遠になりそうになったお祖母様。久しぶりの手紙だったのにとても喜んでくれて。薄情ものと罵ることも出来るだろうに、2人目の誕生をただ喜んでくれて。私が元気なことをただ、安堵してくれて。身体のことを、心配してくれて。優しい、昔のままのお祖母様。私を大切にしてくれることがわかる、あたたかい手紙を返してくれて。
私は、今までのプレッシャーが嘘のように溶けていって。。。どうしてこんなに、優しくあの子たちに接してあげられなかったのか。悔しくなった。私はあんなにお祖母様に愛されていたというのに、その想いを2人に与えることもしていなかった。そんなこと、あってはならなかったのに。私が貰った優しさを、彼らに与える必要があったというのに。何も出来なかった私は、辛く後悔をして。だから、私はお祖母様に今後をどうすべきか頼ることにした。お祖母様なら、助けてくれる。大切な子どもたちを守るための、最善解を導き出してくれる。そう、信じてお願いして。。。
すると、あれほど厳格だった義父母が私たちに与えたプレッシャーを見せなくなった。それどころか、今後のこの家の方針を私たちに任せるとまで、返してきて。お祖母様、どうやったのかしらって夫と驚いていたけれど、私たち、その呪縛から解放されて。。。
遅くなったけれど、あの子たちに向き合うことができて。兄は優しくて素直な、熱心な子に育って、あの子も周りを大切にする気配りのできる良い子に育った。
だけど、私はあの子が心配になる時があって。ずっとずっと、私たちの愛していたい大切な子には変わりがないのだけど。時折あの子は、ここではない何処かを見つめていて。それはやはり、前世に未練があるからなんだろうとわかるのだけど。その未練は、どんなに後悔するものなのか、いつも悲しそうな顔をして何かを探しているようで。だけど見つからない何かを必死にかき集めるかのように、周りを見渡して。それすらも、苦しそうな様子なのに。どうしても声をかけられない、そんな様子があの子にはあって。。。
けれど、あの子は別のところを目指してる。
とりあえず私たちには出来ることが何もなくて、見つめることしか出来なくて。お祖母様にも相談したけれど、こればかりはどうすることも出来なくて。側で見守ることしか出来なくて。。。また胸が締め付けられる想いを持ったけれど、あの子には届かなくて、どこまでも無力な自分が嫌になる。
どうして神様はあの子に試練を課すのか?あの子を縛り付ける何かは、あの子をどうしてしまいたいのか??私たちに手助けできることがあるならどれだけ救われるだろう。そう、考えてしまう。どんな時もあの子の前に立ちはだかる壁を壊すのは、私たちであってほしい。そう、夢見るけれど、あの子の前には山のように高い壁が伸びているのだろう。そんな壁をいつか自分で乗り越える時が来るのかもしれない。それは、どんなに困難であっても、あの子は超えてしまうかもしれない。そんな時でも、私たちが出来ることがあるなら、私たちに頼ってほしい。頼られたい。母として、あの子を、あの子たちの前にある壁を全て薙ぎ払いたい。そう、思ってしまう。だけど大人になっていく彼らに私が出来ることは、今後はどんどん減っていくのだろう。それが嬉しくも悲しくて。。。
そんな時、お祖母様に会いたいと、あの子の方から話してきて。。。これは、何かの進展があったのかしら?そう、予感をさせたけれど、あの子は、多くを語らなくて。些細わかりはしなくても、あの子が望むことだったから。あの子が、変わるきっかけになるのかもしれないから。深く聞くことをしないでおいた。だって、お祖母様がついているもの。並大抵のことなら問題がないわ。なんとかしてくれる、そう信じているから。例え、特待生の市民の子と一緒だとしても、些細なことで、乗り越えられる。そう、2人を信じているから、私はお祖母様にお願いをした。お祖母様は、今までのように受け入れてくれて。優しく、返してくれて。これで、ああ、もう大丈夫、そう私は安堵した。
彼らに出来ることが私に少なくとも、お祖母様はちゃんと助けてくれる。助けが必要な時、どんな時でも助けてくれる。大人になって、自分で何でも出来ると思っても、私が、お祖母様に頼ることを忘れてしまったとしても、ピンチになると昔の頃のように助けてくれる、頼もしい存在。だから、安堵できるのだけど、それでも、私は、あの子たちの母親だから。私だって、助けたい。いつでも、どんな時でも、私が守り切ることを譲りたくないし、譲るつもりもない、のだけど。今回も敵わなかったように、ずっとお祖母様には敵わないのだろう。けれど私はあの子たちの母親。
だから、これからもまだまだ、私にも守らせて、私たちの子どもでいてちょうだい。
愛しい子たち。




