ある父の気がかり
あの子は、生まれた時から大人しく、空虚を見つめる危うさがあった。けれど仕方ない。あの子の瞳が漆黒だとわかった時から、覚悟をした。
彼女は、祝福者なのだと。息子を育てる時とはまた違った愛し方をしなければならないのだと。真っ白な少女ではないのだと。
だけどそれは、記憶に染まった子どもに遠慮して、偽りの愛を与えるということではない。僕の大切な娘として、彼女を幸せにするために必要な、愛し方を見つけなければならない。だけどどう接することが正解なのか、妻も僕も、遠慮してしまった。あの子の望む家族の形が、わからなかったから。それでもあの子に幸せになってほしいのは事実だから。
だから僕は、愛しい妻の、祖母を頼った。彼の方は、今までも様々な苦難を乗り越えてきた為政者だから。それでいて温かく、妻の配偶者でしかない僕にも優しさを与えてくれた、尊敬できる家族だから。
すると彼女は、教えてくれた。どんな時も味方であれと。どんな時でも、彼女の望むことを否定せず、優しく見守れ。そう、助言をもらった。そして僕たちに、あの指輪を、ネックレスとして運びやすくした魔道具を、授けてくれた。
本当に、彼女は僕たちが望むことを手助けしてくれる。真っ直ぐな優しさを与えてくれる。僕に彼女をお祖母様と、呼ぶことを赦す優しさまで与えてくれる。
昔から、我がシルヴァン家は、家族を、僕を、跡取りという駒としてしか見ていなくて。愛情を持って育てられるということを知らなかった。ただ、正しく貴族で品行方正であれと。最も最善な策を選べ。そんな家系で育っていたから、僕も勉強と効率だけが取り柄の冷たい子どもだった。
そんな僕に転機が訪れたのが、アッシュフィールド家との婚約だ。政治的な意味合いの強いこの婚約。妻の祖母が王家に近く、僕の血筋の起こりも元々は臣籍となった王族だったから。この婚約の意味は、王家の復興。今の王家を支える柱となることだった。だから、僕らの婚約は大人たちの卑しい政略でしかなく、僕はほとほと嫌気が刺していたんだ。けれど、その初めてあった妻は温かい女性で。まるで春の陽射しが差し込むような暖かさを連れてきて。そんな彼女に僕は、最初は恐怖を感じていた。こんな女性と一緒になんていたら、僕はどんな人間に変わってしまうのか??今の生き方が間違いだったのか?どうしたら、この難題を越えられるのか。皆目見当もつかなかった。だけどそんな僕に、めげずに根気よく愛情を与えてくれた妻に、絆された僕は、彼女を認めていて。愛しいという感情が芽生えていた。そんな時彼女の祖母を紹介してくれて。お祖母様は僕に何でも教えてくれた。僕に、愛情の意味を、それが恐れるものではないことを。全ては心の想いのままに。その愛しいという気持ちを、優しさで抱きしめるということを。僕が欲しかったものを与えてくれた。
だから僕に愛情をくれた2人を、僕はとても愛しているし、信頼している。絶対に裏切りなんてものがない人を知っている。愛しさを与えてくれたあの方は、僕たちの頼れる大人だとわかる。それで信頼するお祖母様に、ことの次第を相談した。僕のいるシルヴァン家の家族には絶対に知られてはならないから。効率的な選択をされる前に、気づかれないように、あの子が産まれた時も、見つからないように理由をつけて、しっかり会わせることを良しとしなかった。お祖母様に、相談が出来るまではね。
僕たちは、彼女の教えのとおり、どんな時も彼女の味方であろうと努めた。どれだけ空虚を見つめ、僕たちを見ていなくとも、僕たちだけはあの子を見つめ、否定せず愛した。いや、今も間違いなく愛している。この子が産まれたその時から、僕たちは、妻が守り産んだこの子を、大切な愛し子だと想っている。幸せを掴んでほしいと、願っている。
けれど、あの子が見せるその瞳は、どこを見つめているのか、僕たちにはわからない。過去にどんな悲しみを背負ったら、こうも空虚になってしまうのか。愛しいあの子を脅かす存在は、どんなものなのか。
悔しい。僕はあの子の父親だが、あの子に踏み込むことも出来ない。お祖母様にも、こればかりはどうすることも出来ないと諭されてしまった。あの子の持つ苦しみは、あの子のものだから、それを肩代わりなど出来はしないと。だから僕らは盲目的に見守ることしかできなかった。以前までは。
あの子が、飛び級で特待生として中等部へ入学をすることとなった時、僕は驚いたけれど、仕方ない。あの子の望むことではないが、王家との兼ね合いもあるし、この子は祝福者。その知識を遺憾なく発揮するなら、初等部では間に合わない。これは、あの子にとっても必要な措置だったんだ。けれど、あの子が入学をして驚いた。今までの空虚さが埋まるように、まるで埋めるように、必死に前を向いて、何かを掴もうともがいていた。僕は嬉しかった。やっとあの子が求めるものがそこにあったんだと。そんな嬉しさから、妻も僕も、あの子をとことん甘やかした。あの子が間違いを犯してしまっていたとしても、気づかないフリをしてしまった。貴族の義務を、果たすべき役割を、身分差の意味を、この学園で知るべきことを学ぶことを放棄したあの子に、教えないように寄り添った。
だけどそれは、間違いで。余計にあの子を苦しめた。だから保守派の筆頭であるはずの、僕らと相対するはずのクラスメイトが、あの子を諭したと聞いた時、僕らは愕然とした。親の役割を、級友に担わせてしまった、僕らの過ち。そして派閥を越えてまで気高さを失っていない保守派がまだまだ残っていたことに、喜びを感じていて。僕ら王妃様筆頭の改革派が団結を強めたのは、保守派の怠慢が酷くなっていたから。それらを改革すべく派閥を持っていたというのに、貴族としてのノブレスオブリージュを諭したのは、その保守派筆頭の一人だなんて。後悔をした。愛し方を、間違えてしまったのだと。けれど、あの子はそんなことおくびにも出さずに、僕たちの与えた優しさに感謝をして、愛しさを伝えてきた。今まで気づいていなかった愛情に気づけたのだと、嬉しそうに話してくれて。僕らも胸を撫で下ろして。けれど、僕たちの過ちが消えるわけでもなく。盲目的に、あの子を見守るだけでは、あの子を守ることが、大切にすることが、出来ていなかったことが、悔やまれて、僕らは反省をして。あの子が間違った時には正しい道に進めるように、伝えることをしていくと誓った。
お祖母様だって、見守るだけなんて言ってなかったんだ。あの子が間違った時に、戻してあげられるよう見守る必要があるのだと、本当は教えてくれていたのに、いつからか僕たちは勘違いをして、空虚なあの子に、ガラスの様なあの子が、壊れない様に、ズルイ位置でしか見ていなかった。やっぱり僕の愛情はまだまだ未熟なところしかないけれど、妻とお祖母様、そして、息子があの子を大切に思ってくれているから、僕もしっかりしていかなくてはと、今では思えて。愛しい子らの今後を見据えて動くことを決意して。
ああだけど、僕の気がかりはどうしても、最近の不穏な世情だ。お祖母様だってこの状況を打開するため動いているけれど、どうしても、拭いきれない不安が残るんだ。何故だろう。未来を変えるために動いてきた筈なのに、動き始めた歯車が止まらないように、転がり出した現実は、動きを緩めることなく進んでいて。この特待生制度が正解だったのか、僕たちの政策は未来を早めてしまったのではないか、そう、あの子たちの未来に落ちる影が物語る様で、どうしても落ち着かない。それでも僕らは、あの子たちに愛情を伝え続けて、どんな時も未来を諦めさせたりなんてしないと誓う。




