とある令嬢のため息
彼の方は何故、あんなに1人の女性を目で追うのかしら。私は、幼い頃からその銀に光る後姿を見つめていたから、彼の方が追っているものにもずっと気づいていましたわ。
ですが、その女性も、何かをずっと探している様子。どうしてかしら。何故誰も、向き合ったりしていないのかしら。
皆様が同じ方向を向いているから、その追う姿と噛み合うこともないんでしょうね。
けれど、彼の方含めた皆様が、その人のことを大切にしているのだろうとはわかるのです。ただ、その姿がどうしても、まるで繊細なガラス細工を扱うかの如く優しく接しているようで、その実、腫れものに触れる様子にしか思えません。彼の方も、どうして彼女を慈しむように優しい瞳を向けながら、あんなに困ったような表情で話すのかしら。そんなに、扱いにくい女性ならば、関わらなければ良いのではないかと、言いたくなってしまいます。それに学園で初めて挨拶を交わした時は、そんなに惹かれるものもなく、ただ本人が傷つかないように優しくしているだけの印象でしたわ。
だからかしら、彼女が学園の輪を乱すようなことをしでかした時も、周りは誰も彼女に真っ向からは言えなかったみたいでしたわ。
彼女の軽率な振る舞いが、1人の特待生に贔屓があるような構図を作ってしまった。それは、苛烈な競争を勝ち抜いて、この中等部に特例で入学を許可されている平民たちにとって、差をつけてしまっているようなもの。言ってしまえば、国の要職になるため特別に集められた平民が平等ではないのです。不満が出てしまうのは必然でしたわ。
せっかく、受け継がれてきた伝統に新たな風を起こそうと、過去の王族や連なる貴族で始めた特待生制度。まだ若いこの制度を昇華するため、先人が築きだした慣習を、まるで、そんなものは関係ないとばかりに、自分勝手な振る舞いで壊してしまうところだった。この制度だって当初は革新的なもので前例がないものでしたが、皆様が節度を持って行動をしたから、多少の不満があっても変えることが適ったものです。
そう、だからといって彼女の破天荒な行動も、前例がない行動のようにみえますが、周りが受け入れられない言動や行動ばかりでは、自分勝手なものとしかみえず、ただ反感と不和をもたらします。本当に周りを変えるため上手く立ち回れないのならば、その慣習へと関わってはいけないのですわ。
そうは思っても、現に不満があって周りの輪が乱れたままであることは私も本意ではありませんし、彼の方が悲しみ後悔するような姿は、もっと本意ではありません。ですので私の行える範囲で‘なかった’ことにすることにいたしましたの。けれども私、とても良い性格をしていますので、一言彼女にも物申さなければ気は収まらなかったのですわ。少々子どもっぽい振る舞いとは思いましたが、彼の方に好かれている女性ですから、私が嫌味を言っても許されるのではないかと思いますの。
そう思って、声を掛けてみたら。ええ、素直な方ですわね。ご自身の非をきちんと認められる強かさも併せ持っています。むしろ、周りを気にしながら行動をとる方でしたわ。今回の騒動が不思議なくらいに、その性根はとてもしっかりとした方でした。どうしてでしょう?まるで盲目的な振る舞いをしていた方と同一人物だなんて思えません。皆様に甘やかされて、一部の傲慢な貴族のような振る舞いをしている方だと思っておりましたが、冷静な大人の様に対応ができるのです。それでいて、子どもの様に無邪気な態度をとる姿が愛らしく、彼の方の興味を惹く理由もわかってしまいましたわ。
私、とても彼女に興味が出てしまいました。いけませんわ。昔から気になることがあるとそれを追いかけてしまいたくなるこの性格。高位貴族としてあるまじき態度。治さなくてはと思いながら、動き出した私の好奇心は抑えられません。それに、何故かあの後から本人も私に懐いているようで少し面白い。なんだか妹が出来たみたいで構いたくなってしまいます。
すると今までの私の周りで起きなかった変化まで出始め、彼の方やそれに連なる方々が私へ話しかけてくるのです。元々彼の方々と派閥も異なるので、招待されていた幼少期の茶会でも、こんなに長い時間を話すこともなかった私はとても驚きました。彼の方は、我々を認めていないと思っていたので、会話も億劫なのだろうと考えていたのですが、むしろ話すことは嫌いではないようでした。どちらかと言えば、派閥で人を括って見ることを嫌っていたため、自分がどう思われるか、その目線から逃れたかったようです。少々子ども染みた理由ではありますが、彼の方を知れたのは僥倖でした。これも、彼女と関わる様になってからですわ。本当に、不思議な方です。
だけどそんな彼女と、外出をすることになるとは私も思っていませんでしたわ。何故なら派閥も違う我々が共に語り合うなど、今まででは考えられないことなのです。異なる派閥は、それくらい関係を膠着させるものでした。ですがその膠着が新たな火種になることもしばしばあったので、先人たちがその火消しに回る時代がありました。それが、この特待生制度を導入した、王族やその関係者たちです。停滞した領地運営、その格差、これがもたらす不和。その全てを革新させる国家運営、これも全て彼の方の関係者ですし、彼女も無関係ではありませんわ。アッシュフィールド辺境伯、王家の血筋が流れる一族。だからでしょうか、彼女の纏う気配は、穏やかで情熱的。少々子どもっぽいところや大人っぽい仕草、そのような王族特有の性格が溢れてきます。これは遺伝なのでしょうね。本当に、お買い物の時も、食事の時も変わらない。欲しいものへの執着はあるようですが、諦めも早い。矛盾した様が、まるで大きな幼子の癇癪みたい。
ああだけど、これまで気づかなかったことにも気づくことになってしまいました。驚きましたわ。アクセサリーを見ていただけですのに、何をそんなに不機嫌になっているのかと。そして彼女を追う視線が、こんな身近にあったなんて。そんな、彼の方以上に熱い視線を彼女に向ける方がいるなんて、気づかなかった…熱いだけならまだしも、冷めた目線いえ、諦めた様子が混じっていて。不思議な感情を携えた方でした。だけど、これは気づきようがないのかもしれません。だって皆様、誰かのことを目で追って、彼女のことは気にしていても、彼女の周りまでは気を配っていません。もうこれは、全員が重症なのでしょうね。誰も彼も、彼女の取り巻く空気に遠慮して、最後の一歩を踏み出していない。それが彼女を余計に孤独にしているのでしょう。何故そんなことまで、今まで部外者である私が気づくのでしょうね。
いえ、部外者だからこそ、気づいたのでしょう。これは本当に、どうにかしなければ、いつか皆さんのその感情が、爆発するような予感がしてため息が出てしまいますわね。
ふう。
秩序と規律には、どうしても、混沌が付き纏うのですわ。ああだけど、関わってしまった私もこの混沌にハマってしまっていくのでしょうか。




