ある王子の考察
初めて出会ったのは幼少の頃。彼女は少し引っ込み思案で、あんなに口がまわるなんて、最初は思わなかった。だけど、あの茶会の時、彼女は僕をしっかりと見つめて。「お兄様の方が、カッコいい」なんて、言い切った。この、僕を差し置いて、僕を煽る兄を褒めそやすなんて、興味が湧いた。
父上や母上に付いて僕が社交の場に出る時なんて、相手方にも必ず令嬢たちが狙った様に付いてきていて、頰を染めた潤んだ瞳で、僕しか見ていない。僕を、カッコいい理想の王子様なんて、勝手に夢想して、僕の本質を見ようとしない。そんな令嬢ばかりに会っていた頃だったから。
だから、僕はそんな令嬢たちをバカにする様に、カッコいい王子様のフリをしていたというのに。確かに、あの場で出会ったのは偶然で、僕も隠れようとしていたから、ちょっとむしゃくしゃしていたさ。だから、演技なんてする気もなかった。だけど、自惚れでもなんでもなくて、客観的に見ても、僕は自分が、結構カッコいい方だろうと理解してたし、自覚もしていたから、あそこまで、兄しかカッコいいと思ってないなんて言い切られるとは思いもしなかったんだ。
それで、興味が湧いた。幸いにも、彼女は公爵令嬢。僕の妃候補に上がっていたから、理由は何だって良かったんだ。ただ、彼女の注目を僕に集めることが出来れば、それでよかった。彼女の人生を貰おうなんて大それたことまで、思ってはなかったんだ。だって、彼女の一挙手一投足を、愛しいなんて、あの時は考えてもなかった。だけど両親はこれ幸いと、僕との婚約を進めようとしてきた。それは、力関係のバランスが崩れかけ始めていたところだったから、彼らを懐に入れておきたい思惑が、出ていたところで。
だけどここで、全ては白紙に戻されてしまった。彼女は祝福者だったから。彼女の意思が、神の意思、なんて言われるくらい、祝福者が嫌がることは絶対に強制なんてできない。最悪、この王国がなくなってしまうことだってあり得るくらい影響が強い。
現に、彼女の公爵領は、以前以上の豊かさになっていて、新規事業もほとんど当たっている状況なんだ。彼女、自分では事業評価の計算しかできないし、資料をまとめているだけだから、領地運営は出来ないし、事業を成功させたのは公爵たちだって謙遜しているって、あのカッコいい兄に聞いていたけど、その基礎資料が、どれほど大切かわかっていない。資料があるから、先が見える。先が見えるから、道筋を立てられる。資料もないと新規事業が成功するなんてことないだろうに、どうしてそんな自分を卑下しているのか、僕にはわからなかった。
だけど、気づいてしまった。彼女は、自分の軸を持っていない。自分を駒としか見ていない。だから、周りの評価なんて、興味もない。周りの人に、興味も示していない。ただ、流れるままに、身を晒しているだけ。そんな、彼女が、悔しくて。僕が興味を持った彼女が、自分に興味がないことが許せなくて、僕は、彼女に構い倒した。僕を見てくれる様になって欲しくて。
それに気づいた令嬢が、僕との仲を、取り持とうとしたけれど、彼女の瞳には、僕なんか映っていなくて。こんな、悔しいことあるもんか、って思って。悔しくて、悔しくて、僕は叫び出しそうだったけれど、彼女はそんなものより、もっともっと、もっと、深い悲しみをその瞳に宿していて。
何故かこの瞳には誰も映していない。ここにいない何処かの誰かを映している、そんな気がした。彼女は、過去に何を置いてきたのだろう、誰を、残してきたのだろう、、、悔しい、何も彼女にしてあげられない僕が。いや、そうじゃない、悔しいのはきっと、もう会えないと、諦めている彼女にだ、そう気づいた。
僕は、彼女の苦しみに気づいたのに、何もしてやれないことが辛くて、道化を演じることにした。僕が、彼女を守れる様に、近くで見守る、その為に領土に通った。王都に来てからは毎日のように、会いに行って、少しでも彼女の空虚を埋めたくて、そんな時間を僕で潰して欲しくて。
そんなことを思って目で追っていたからか、いつの間にかこの悔しさは、愛しさに変わっていて。彼女のする仕草に惹かれてしまったけれど。また悔しいなんて、考えた。だって、どんなに僕が彼女を思っても、彼女は僕を目に入れない。悔しい、どこにいるかわからない、そんな奴のことなんて、忘れてしまえ。そう、言ってしまいたい。だけど、それは彼女の生き方の否定になるから、そんな酷いことは出来なかった。だから僕は見守ることしかできない歯痒さに、ジレンマを抱えて。
そんな時、学園で出会った少女に、彼女は目を輝かせた。驚いた。ずっと、遠くを見つめる彼女は、置いてきたものを見つけたみたいに、それを手に入れようと躍起になっていた。これは、波乱の予感がしていたが、仕方ない。僕は彼女を止めるなんてこと、出来っこない。やっと、彼女の瞳に光が宿ったのだから、僕がそれを否定する野暮なんてしたいだなんて、絶対に思わない。
ああ、だけど、これは失策だったと後悔した。忘れていたわけではない、僕たちを取り巻く環境は、刻一刻と変わっていて、次代に向かって陰謀が動き出した、そんな激動の時代を進んでいたのだから。あのカッコいい兄はこれから自分を深く責めるだろう、彼はとても優しい男だから。そして誰よりも彼女を大切している兄だから。その間に入れるものはないくらい、仲のいい兄妹だから。令嬢だって、彼女を大切にしているのに、何故こうも物事は上手くいかないのか。
ああ本当に、これからの国家の舵取りは困難となるのだろう、と予測がついて。どうしようもないことをしでかしたのだと、後悔する。だけどそれでも何も変わらない。仕方ない、出来ることを出来るもので、どうにかしていくしかない。これは、戒めることを怠った、僕たちの責任だ。
けれども彼女は祝福者、きっと最後は、彼女の願いは叶っていくものだと、信じて。




