宇宙人に生まれて
「なんでみんなと同じようにやらないの?」
物心ついた頃から何度も言われてきた台詞だった。
「なんでみんなと同じようにできないの?」
どうしてかなんて、じぶんではわからなかった。
ただ、そう言われ続けて生きているうちに、他人からはいつしか『宇宙人』と呼ばれるようになった。
─ 。 ─ 。 ─
「うちに入る前は何してたの?」
助手席で石田さんが聞いた。
僕は小型トラックのハンドルを握りながら、必要以上の笑顔を浮かべて、曖昧に答えるしかなかった。
「え……と。色々です」
実際には有名な不動産会社の営業をやっていた。誰でも知っているが、営業職なら条件を満たせば誰でも入れることで有名な会社だ。親族が土地を所有していれば、それを会社に提供してくれることを期待して、学歴も職歴も人格も構わず、誰でも入社させてくれるのだ。
しかし僕はたった1か月でクビになっていたので、石田さんにそれを言うのは躊躇われた。
それに色々と転々としているのも事実だった。これで何度目の転職なのか、もう覚えていないほどだ。
この仕事も何日もつのか──
「仕事じたいは簡単だからね」
助手席で石田さんが言う。
「自動車の部品を小型トラックで運ぶ。毎日ルートは同じ。ルートさえ覚えれば難しいところはないよ。教えるからしっかり覚えてね」
「はい。よろしくお願いします」
「坂口くんて、トシいくつ?」
「28です」
「若いなぁ……。俺、49」
「イマドキの49歳は若いですよ。っていうか見た目お若いですよね」
「まぁね。貫禄ないってよくいわれる。ハハ……」
「僕も、年齢のわりに幼すぎるって、よくいわれます」
「精神年齢低いのかい? ハハハ」
「靴の左右をよく間違えて履いたりするんですよ」
私がそういうと、石田さんは一瞬黙った。どう返していいかわからなかったようだ。
「あっ。ここから高速道路に乗ってね」
「はい」
前もって石田さんから言われていたので、スムーズに高速に乗ることができた。
流入車線は長くて1kmほどあった。
本線を遅い軽自動車が走っていたので、流入車線を使って左から追い抜き、その前に合流した。
「おい!」
石田さんが声を荒らげた。
「ひどい運転をするな!」
「えっ……? 違反じゃないですよ?」
「さっきの軽自動車がお客さんの関係者とかだったらどうする! 車に社名入ってんだぞ」
「でも本線をまだスピードの乗ってない合流車よりも遅く走ってるむこうが悪いですよ」
「おい……」
石田さんが、僕の正体を見抜いたような目をして、こっちを見た。
「おまえ、宇宙人か?」
「えっ……?」
意味がわからなかったので、そう答えるしかなかった。
片側3車線の高速道路を、一番左側の車線を走り続けた。
制限速度+10km/h程度で走っていると、真中車線の車列を追い抜く形になりはじめた。みんなが真中車線にギュウギュウ詰めの列を作っているので、どうしてもそれよりこちらが速くなってしまう。
「……なんで真中車線を走らないんだ」
イライラしたように石田さんがそう言った。
「え……。車はキープレフトだからですよ」
「みんな真中車線を走ってるだろうが。なんで同じようにしない?」
「みんなと同じようにしないといけないんですか?」
「一人だけ左側からゴボウ抜きか? いい身分だな」
石田さんがこっちを向いた。
その表情は、人間を見る人間の表情ではなく、犯罪者か何かを見るような、冷酷な色がそこに浮かんでいた。
会社に帰ると、社長がにこやかに僕と石田さんを迎えた。ここは小さな会社なので、社長と社員たちとの距離が近い。
「ご苦労さん。坂口くん、仕事、やれそう?」
社長が僕に聞いてくれる。
社長は50歳ぐらいで、なんだか厳しくなさそうなひとだ。会社に帰るといつもスマホで釣りゲームをやっている。
「はい。石田さんによく教えてもらっていますので……。頑張ります」
そう答えた僕の後ろから入ってきた石田さんが、不機嫌そうに僕に言った。
「おまえ……メモぐらい取れよ」
「えっ?」
「初日よ。俺が運転してる横に乗って、おまえメモ取ってなかったろ。仕事を覚える気があるならメモを取るのは必須だぞ」
「あっ……。すみません」
僕は謝ってから、口ごたえした。
「僕、記憶力がいいんで、メモは必要ないんです。道もよく知ってるルートだったし、お店の場所も覚えやすかったし……」
「なんだ、それ」
石田さんの表情がいっそう険しくなった。
「俺のやってた仕事バカにしてんのか? こんな簡単な仕事、メモ取らなくてもできるってか?」
「あっ……。そういう意味じゃ……」
僕らのやりとりを聞いていた社長の優しい笑顔が、不安そうに曇る。
「もしかして、坂口くんて……越後平さんと同系統?」
社長の口から出たその名前の主を知らなかった。まだ顔を合わせてない社員のひとだろうか?
とにかく僕はいつもの悪い予感をまた感じていた。この会社も長く続かないのだろうか、と。
= = = =
試用期間の5日目から一人で仕事をするようになった。
一人が気楽だ。もちろんサボるつもりなんてない。ただ気持ちが楽なだけだ。
ただ、助けてくれる人がいないと困ることもあった。
お客様のお店に荷物を下ろし、代わりにそこで大きな木箱を小型トラックに積み込んだ。
「これ、動きやすいからロープできっちり縛ってね」
そう言われて、困った。
僕は結ぶことが苦手なのだ。
リボン結びもまともにできない。
平ボディートラックの荷台に荷物を固定するには『もやい結び』というのが出来ないといけない。何度か習って練習したことはあった。それで覚えたのだが、しばらくやらずにいたら忘れてしまっていた。
仕方なくお客様にお願いして、やってもらった。
『こんなこともできないの?』みたいな顔で笑われながら、お客様にやらせてしまった。
お客様がロープで荷物をしっかり縛っているあいだ、なんだか後ろにくっついてる人がいた。
じーっと立っている。気配はずっと感じていたけど、なんか怖くて振り返れなかった。
すると背中をちょんと指でつつかれた。
振り返ると挙動不審な女の人がいた。
知らない人だ。僕と同い年ぐらいだろうか──黒ぶちメガネをかけて、オレンジ色のくしゃくしゃな髪型で、化粧っ気のまったくない、つまようじみたいに細いひとだった。
僕が不思議そうな顔をしていると、エヘヘと笑いだした。
「えっと……?」
どなた? と僕が表情で聞くと、
「越後平です」
いきなり自己紹介された。
「エチゴダイラです。イチゴダイラのほうがかわいいだろうけど、イチゴじゃなくて、エチゴです。エヘヘ、残念。新人さん、あたしと同系統だって聞いたから、どんなひとかと思ってた」
第一印象は『これと同系統にされたくない』だった。
明らかになんかおかしなひとだったのだ。
お客様に荷物をロープで固定してもらい、越後平さんを助手席に乗せると、小型トラックを発進させた。
「ありがとうございます」
助手席で越後平さんがぺこりとした。
「急に車、動かなくなっちゃったもんで、社長に電話したら坂口さんに送ってもらえって」
「エンジンがかからなくなったんですか? 急に? なんなんだろう」
「なんかオーバーヒートみたいな感じだったんですよ。で、ペットボトルに水汲んで、オイル入れるとこに入れたら、動かなくなっちゃったんです」
「オイル入れるとこに水入れちゃだめですよ!」
「エヘヘ」
「エヘヘじゃないですよ!」
「あたし、小説家デビューしてるんですよ」
「えっ!?」
「『苺平さとみ』って名前で。あっ、ペンネームですよ? 本名は越後平ですからね?」
「はあ……」
話がぽんぽん飛ぶことに疲れて眠りそうになりながら、聞いてあげた。
「それで、小説だけじゃ食べていけなくて、この仕事を?」
「じぶんのやり方でしかできないんですよね」
「何の話!?」
「あたし、宇宙人ですから。地球人のやり方、合わないんですよ。あっ、家族はみんな地球人なんですけどね」
エヘヘと笑う越後平さん。
僕は会話のキャッチボールを逸らされまくって、黙り込むしかなかった。
「坂口さんも宇宙人なんですよね?」
そう聞かれたので、また会話をはじめるしかなかった。
「宇宙人って、変わったひとのことをよくそう言いますけど……」
僕はずっと思っていたことを言った。
「あれって失礼ですよね」
「失礼じゃないです。褒め言葉ですよ」
「褒め言葉? 宇宙人は地球人じゃないから差別してもいいみたいな空気感じますけど?」
「宇宙人はみんな天才なんです」
越後平さんが自信たっぷりな震える声で、言いきった。
「天才のことは凡人さんにはよくわからないから、宇宙人って呼んでるだけなんですよ」
「僕は天才なんかじゃないですよ」
僕はなんかムッとして、言い返した。
「なんにもできないです。仕事もこれが何度目の転職だか……」
「負けないでください」
なんか励まされた。
「宇宙人って、今の時代にマッチしてないだけなんです」
「どういうこと?」
「昔は宇宙人は、神のように崇められることも多かったんです。有名なあの画家も、あの哲学者もあの作家も、宇宙人ですよ。勉強も仕事もなんにもできなかったけど、歴史にその名を残してるんです」
「あー……」
なんかの本で読んだ話を思い出し、うなずいた。
「昔の偉人は変人が多かったとか、いいますよね」
「今は社会常識のある人じゃないと受け入れてもらえないから、昔の偉人が現代に生まれてたら、みんな偉人にはなれず、ただの宇宙人扱いされて終わるんですよ。宇宙人って既存の常識に縛られたりせず、新しい常識を作り出す人のことですから」
「まぁ……、あんまり独創的なことばかり口にしてたら、面接の時点で落とされるでしょうね」
「あたしも自分独自の考えをもってるから、どこへ行っても角が立っちゃって……。小説家もそれでやめたんです」
「やめてたんですか!」
「だって、『あなたとは会話が成り立たない』とかいって、あたしのこと否定するんですよ? 小説家にそんなコミュニケーション能力、要ります?」
「そりゃ……、小説家も社会人だからには……」
「作品さえよければいいじゃないですか。しかもあたしの傑作を否定して、万人向けのものばかり書けとかいうから、ムカついてやめたんです」
「それが現代なんですよ」
僕はハンドルを動かしながら、答えてあげた。
「一般人にわからないものには価値がないんです」
「知ってます?」
越後平さんがまた話題を変えた。
「一人が好きな人のほうが知能が高いんですって。坂口さんも一人が好きですよね? あたしの仲間だ」
僕もそんな話は動画サイトで見たことがあった。
群れる人間はじぶんの考えをもっていない知能レベルの低い人たちであり、一人でなんでもやる人のほうが優秀だとか語っていた。
でも、実際に社会で有用なのは、群れることの出来る人たちのほうだ。その動画は単に群れることが出来ない人たち用の『気休め』だとしか思わなかった。
越後平さんがさらにいう。
「あたし、大好きな歌手がいるんですけど、その歌手って、あたしから見たら天才でしかないんですよね。でも世間一般的にはそういわれてないんですよ。っていうかろくに知られてもない。世間一般に天才とか言われてる歌手なんて、あたしにいわせればわかりやすいだけ。天才でもなんでもない、ただ万人の共感を得るのがうまいだけの人なんですよ」
「だから?」
つい、僕はイライラしてしまった。
「何がいいたいの?」
「坂口さん、行く先々でダメ人間扱いされてないですか?」
越後平さんがズバリと図星なことをいった。
「でも、ダメなんかじゃないんです。あたしら宇宙人は、昔だったら偉人として歴史にその名を残したかもしれない人種なんです。だから、自信をもちましょう。いつかあたしら宇宙人が地球を征服できる日を信じて、生きていきましょう」
それを最後に、僕らは無言で車のシートに座っていた。
越後平さんのことばは、僕の中にまったく響かなかった。
宇宙人どうし母星が違うから、言語も考え方も違うんだなぐらいにしか思わなかった。
僕たちは宇宙時代を生きてるんじゃない。
この時代には必要とされていない、僕も彼女もただのダメ人間なんだ。
そしてダメ人間として生きて行かざるを得ない。
『宇宙人』ということばを使う時、よくこう返してくる人がいる。
「地球人だって宇宙人だ」
確かにそうだ。反論するつもりはない。地球外生命体から見たら、僕ら地球人のほうが宇宙人ということになる。
ただ、地球外生命体が発見されてない限り、宇宙人とは『地球の外の宇宙にいる人』という意味だろう。
僕らはそういう存在なのだ。
それを受け入れて生きて行くしかない。