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かの子でなくば Nobody's report  作者: 梅室しば
二章 温泉郷の優しき神
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驚異の部屋

 社に上がると、中は四畳半ほどの広さの和室になっていた。

 中央に置かれた碁盤を挟んで座布団が二つ向かい合っている。右手前と左奥にも同じ座布団が一枚ずつ敷かれており、利玖は、おそらくそちらが従者の席なのだろうと推測した。

 扉が設けられていない社には、利玖達が入ってきたのとは反対側にもう一つ出入り口がある。そちらにはくるぶしほどの高さまで梔子(くちなし)色の暖簾が下ろされて、外の様子が見えないようになっていた。

 鶴真にすすめられて座布団に座った後、じっくりと内装を観察する。

 意外にも、祭壇や呪文の札のような、何かに対する信仰を伺わせるような物は一つもない。代わりに目に入ってくるのは、動植物や、有名な歴史的建造物を(かたど)った置物、色とりどりの刺繍糸でどこかの海辺の風景を縫い取ったペナント、ばらばらの時刻を指す置き時計、などなど。見覚えのない物ばかりなのに、それらがひしめき合う社の中は、奇妙な懐かしさに満ちている。

「珍妙な所で、驚かれたでしょう」

 鶴真に話しかけられて、利玖はぶるぶると首を振った。本当は、

(和製の『驚異の部屋(ヴンダー・カンマー)』みたいだ)

と思っていても、それをありのまま口にするほど怖い物知らずではない。

「わたしは何の変化も感じ取れないのですが、ここは、もう結界の中なのですか?」

 代わりに、エレベータを降りてからずっと気になっていた事を訊ねた。

「はい。エレベータを出た時点で、結界の庇護下に入っています。

 結界といっても、ケースのような物で〈宵戸(よいのと)の木〉を丸ごと覆っているわけではないのです。気体に似た不可視の力……、我々は便宜上『(れい)()』と呼びますが、それを〈宵戸(よいのと)の木〉の表面に充満させて虫を寄せ付けないようにしています」

 そこまで聞いて、利玖はもう一つの疑問を思い出し、あ、と呟いた。

「そういえば、〈宵戸(よいのと)の木〉はどこにあるのですか? これほどまでに辺りが暗くては、何がどこにあるやら、まったくわからずじまいで」

「ああ、それは……」

 鶴真が答えようとした時、奥の方から床板を踏む足音がしたので、二人は慌てて正面に向かって居ずまいを正した。

 岩のようなたくましい手が暖簾をかき分ける。その向こうの闇から、すべり出るように二つの人影が現れた。

 片方は、(いぬ)の面をつけた大男。ただでさえ鶴真の三倍はあろうかという(たい)()を、夜叉のようにのさばった髪がさらに大きく見せている。白の足袋(たび)を履き、(ぎん)(ねず)の袴の上には蘇芳(すおう)色の羽織を着込んでいた。

 その前を、痩せた老人が一人、ゆっくりと杖をつきながら歩いてくる。

 美しい白の着流し姿で、顔には能楽で用いられるような翁の面をつけていた。狗面の男のような威圧感は微塵もない。代わりに、朝霧の中、あるかなしかの風に揺れるヤナギのような、優しい静けさを(たた)えている。

「久しゅうございます、オカバ様」老人の姿を見て、鶴真が板張りに両手をついた。「()(たび)もお招き頂き、恐悦至極に存じます」

 鶴真に続いて、利玖も見よう見まねで拝礼を行う。何を喋っていいかわからないので、声は出さないでおいた。

 老人──オカバ様は、片手を広げてそれを受け取りながら、狗面の男に杖を預け、鶴真の向かいの席についた。

 そして、着流しの襟を指で整えてから、体の前で両手を広げてひらひらと左右に振った。

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