5話 水の国・アクア
「おう、見えてきたぜ兄弟」
「おぉ。でっかい壁だな」
「そりゃおめぇ、一国の首都だからな。外敵から街を守る為にはこれぐらいおっきい壁が必要なんだよ」
「ここが、水の国の首都、アクア」
「なんだ、坊主も初めてか」
「なっ、」
「だからあんたたちに手伝ってもらってるんだわ」
「失礼、弟は運動はできるが頭があれでね。細かいところは目を瞑ってもらいたい」
「はぁ、オレ、こんなバカ相手にも勝てないのかよ」
「なあなあ、ここに入ればお前は出てくんだろ?最後にもう一試合」
「やだ。俺にメリットないし、何よりお前じゃ俺に勝てないだろ勝てるビジョンもないだろ」
「おまけにこいつはしっかり全勝してるし。はぁ、なんでかなぁ?」
「そりゃお前、お前にできない事の大半、俺にはできるからな」
「…!!(いや、落ち着け。つい最近言われたばかりだ。冷静さを欠いてはいけない。落ち着け)……、あんたは名前すら言えないくせに」
「その名前を言えない人間に一勝どころか一回も良い攻撃を当てれてないのは、どこのだれかな?」
「ぎゃああああああああああ」
「おい誰かそこの餓鬼止めろ!」
◇
時は遡る事大体1週間。要は厄介商人たちを懲らしめた時に戻る。
あれはなんだかんだ、後ろをついてくる子供の我儘を聞いて手伝ってあげたけど。よくよく考えれば、なかなかいい奴等を相手にしていた。
俺達、少なくとも俺は、身分を証明できるものは何もなく、首都に入るのがなかなかに難しいという問題があった。だが、こいつらを利用すれば、商人の連れ、最悪商人の奴隷ってことで、街に入る事ができる。商人の連れはあれだが、奴隷だと言い張れば、身分証なんてものは必要ない。なんたって奴隷とかなるような奴の大半は、身分なんて持ってないような奴だ。
そして普通に、商人である以上、馬車があり、首都に行くまでの残りの道のり、馬車に揺られるだけで到着できる。まあ走るのも修行の一環としては有効ではあるが、いかんせんあの子供が体調を崩したりとかしたら面倒だから、休める場面があるのなら、しっかりと休ませておくべきだろう。
とまあ、利用できる点だけを挙げたが、これらはあくまでも利用する方法だった。脅したりとかして、利用するための作戦、のようなものだった。
ここからが意外。この筋肉だるま、えらく俺に懐いてしまった。まあ犬とかの懐くじゃなく、ヤンキー集団のボスに懐いたみたいな感じで、可愛げなんてものは欠片もなかったが。
そして恐らく、このメンバーの中で一番の戦力であろう筋肉だるまが俺に懐いたせいで、他の人達は諦めて普通に接するようになった。
おかげで、さっきの利用する作戦が、向こうの全面協力の下できるようになった。
あと、普通に収穫もあった。筋肉だるまとあいつとを戦わせてやる事もできたし、俺は魔術を教わった。
魔術は筋肉だるまの兄、ひょろがりが使えて、俺に教えてくれた。教えてくれたが、俺には才能があるらしく、序盤の序盤を教えてもらってから、何も話してくれなくなったけど。まあこういうのもなんだが、俺に才能があるというより、記憶喪失したせいで使い方を忘れていただけで、使い方さえ聞ければ本調子を出せただけ、という可能性がある。
おかげで記憶は思い出せなかったが、普通に魔術を使えるようになった。あとなんか、妙に耳が良くなった。
とにかくだ。色々あって、沢山の収穫があり、俺達は無事に、水の国の首都、アクアに入る事ができた。
◇
流石は水の国と言うべきか。アクアは道路よりも水路の方が多く、馬車では移動が難しい街だ。
そして俺達は別に馬車で移動する必要はない。なんたって馬車で移動してきたのは、ただ彼等を利用してこの首都に入る為であって、行商をしている訳ではない。
「またいつでもこいよ、兄弟」
「俺は会いたくないけど」
「そういうなよ」
「まあ、お前達がちゃんと全うに行商をするのなら、また顔を見せるよ」
「約束だぞ!」
伝え忘れていたが、あいつが俺に懐いてから、彼等には心を入れ替えてもらった。まあ普通に脅して、心を入れ替えた。
「さて」
「この後はどうするんだ?」
「……、どうしよっか?」
「決めてないのかよ!くっそぉ、名前も言えないで、今後の予定も碌に決めない奴に、なんで勝てないんだか」
「うーん。まずはどうやってパスポートを貰うかだよな」
「役所に行っても、」
「門前払いというか、身分証明できない俺達がどうやってこの街に入ったのか問いただされるのがオチだろ、それ」
「だよな」
これは結構詰んでいる。アクアに入ったは良いが、記憶を取り戻すだとかパスポートを貰うだとかじゃなく、そもそも無事にアクアから出る事ができるのかも怪しい。
はてさて困った。これは結構じゃなく、詰みなのでは?チェックではなくチェックメイトなのでは?
「あとなんか、この国に入ってからそうだけど、うるさくない?」
「うるさいもなにも、ここは人っ子一人いないような場所だぞ?うるさいどころか静かすぎて気味悪い」
「うーん」
結構うるさいんだけどな。何を言っているのかわからないけど、確かに言葉を発している。
「ま、いいや。そもそもこの場所には記憶を取り戻すために来てるんだ。いろんな場所を見て回るか」
「まあ、それしかないよな。お互いに当てなんてものはないし」
「そうと決まれば早速行こう」
「どこへ?」
「海」
「は?」
「海だよ、海」
「いやなんでだよ。折角水の国の首都なんだぞ?神様がいるっつう神殿を見に行くのが先だろ!」
「ほー。そんなのがあるんだ」
「知らなかったのかよ!」
「まあそんなのは後で良いんだよ。これは俺の記憶を取り戻す旅だ。俺の言う通りにしてもらう」
「えー」
「だから、観光に来た訳じゃないの。俺の直感に従った旅なの」
「いいよわかったよ海に行けば良いんだろ」
まあ、特に海に行きたい理由も無いが。なんか直感が、海を見ておけと囁いている、気がする。
「でもよ。海に行ったからって、なんだってんだよ?」
「いや別に何か特別な事が起きる訳じゃないよ。それを言うのなら、神殿だって見に行っても何か起きる訳でも始まる訳でもないんだし。ただまあ、うん。どうせどこ行っても同じなんだから、どうせなら面倒な事になる前に色んな場所回っときたいじゃん」
「……」
「まあ海見に行ったら、その神がいるとかいう神殿を見に行ってみるか」
◇
海。生命の源。人類の原初。
ここを見ればなにか起きるような気がしたんだが。まあ所詮は気のせい。木の精の嫌がらせかなにかでしょう。
「なんだか、臭い」
「お前、海も初めて?」
「んだよ、悪いかよ」
「いや、そりゃ別に良い。内陸に住んでる人間だったもんな。初めてでもおかしくない」
にしても、海を見て初めての感想が、臭いってのは、なんともなんとも。
「どうする?海水浴してくか?」
「いや、いい。水着無いし」
「ふーん」
泳げないんだろうな、きっと。
「ん?あっちの方で、なんか祭でもやってる?」
「どこ?」
「西の方角、距離1000ぐらいの場所」
「ん、んんんん?ああ、確かに、人が集まってる感じだな」
「行ってみるか」
「面倒ごととか嫌ってる割には、人混みには臆さず入っていくよな、あんた」
◇
「おい、あいつが潜ってどれぐらい経った?」
「5分、いや7分か?」
「記録更新じゃねえか」
「いやいや、既に溺死の可能性があるだろ。戻ってくるまではなんとも言えん」
「かぁ!現状、エイしか可能性がねえからな。あいつが死なれたら、面白くなくなっちまうよ」
なにかやっていた。
ここは、防波堤。そこに小屋一つと、大勢の人。なにかわからないが、何かが行われている。
「すいません、これってなんの集まりなんです?」
「なんだ、知らんのか?これはこの国名物、ウンディーネ様の指輪探しさ」
「へー」
「その指輪を見つけ出した者は、ウンディーネ様の伴侶にしてくれるらしんだよ!」
……。
「(なあ、伴侶になるのがそんなに凄い事なのか?)」
「(ばっかお前、伴侶になるのは知らんけど、ウンディーネ様の伴侶ってのが重要なんだよウンディーネ様はこの国の神様だぞ!?)」
「……」
……。なるほど?神様って、伴侶とか取るんだ。
「ぷはっ!」
「お疲れさん」
「で、どうだった?見つけたか?」
「いやぁ、まだまだ底にすら着かないわ」
「お前ですらそれなのか」
「どうしようかな、今日は挑戦やめとこうかな」
「本調子じゃないならやめとけ。金の無駄遣いだぞ」
うーむ。ちょっとだけ調査。
「なんだ兄ちゃん。挑戦すんのかい?」
「いや、ちょっと考えさせてください」
「ま、ゆっくりやんな。どうせ今日は誰も挑戦しねえから」
「そうですか」
地面を叩く。
うーん。結構遠いな。
遠いし、光が届かないであろう海底で、指輪を探し出すのか。
……。
まあなんとかなるだろうけど。
「指輪を見つけたら、神様の伴侶になれる、って話ですよね?」
「おうよ」
「あと、歴代の挑戦者たちの挑戦料金全額もらえるってよ」
ほう。それは大きいな。旅の資金が、ただ素潜りすれば貰える訳だし。
「よし、挑戦すっか」
「ほれ、金を出せ。挑戦はその後だ」
挑戦料は、硬貨100枚。高いのか安いのかわからないが、村の人達に貰ったお金がまだ残っていて、これを使えば残り数枚になるから、まあ高いか安いかわからない。
「ほら」
「よし、じゃあ安心して逝きな」
潜水において、浮力はただただ邪魔だ。なんたって潜りたいのに浮く力が働かれたら、余計な体力を使う事になる。
だから、まずは余計なものは取り外す。簡単な話、服を脱ぐ。
「なんだ、あの体」
「切り傷が多いのはまだ理解の範疇だが、縫合の痕に、火傷、腕の異様な曲がり方etc.」
「あいつ一体ナニモンなんだ?」
次。さっきも言ったが、浮力は邪魔だ。が、浮力と言うのはどうやろうと消せるものではない。この世の理が働き続ける限り、この世の理に縛られている限り、決して抗えない力だ。だから、浮力よりも強い重力を掛ける。簡単な話、重石を身に着ける。
「30、いや25分ぐらい掛かると思うから、その間俺の荷物の面倒よろしく」
「え、あ、ああ」
さて、潜るか。
私はアクアも好きですけど、ミューズも好きですしリエラも好きです。虹学は知りません。




