3話 旅の通り雨
「ほら、腰が引けてるぞ」
「うっせえ!」
「ほれ、そんな大振りの攻撃じゃあ当たらないぞ」
武器を強く弾いて、相手の姿勢を崩す。
「はい、終了」
「くっそ」
「はい、反省会ね」
「どうせ全部だって言うんだろ!」
うーむ。前の記憶がほぼほぼ無い以上、物事を教えるのがうまくいかないのは当たり前として、こいつに戦うセンスがあるのかどうかの判断が難しい。てかできない。
が、それはそれとして。正直、1週間やそこらで反省点が改善されるようなら、世の中最強ばかりだ。だから別に、反省点が多い事は恥じる事ではないはずだ。むしろ伸びしろが多くて良いぐらいだろう。まあこの理論は若い世代にしか当てはまらないが。
「さて。まず最初だ。お前は直剣でこっちはナイフ」
「相手を近づけさせない」
「そ。できる限り相手の間合いに入らず、且つ自分の間合いで戦う。まあこれをできるようにするには、それこそ剣を体の一部のように動かせなければ難しいだろうからな。今はまだそこまで考えなくても良いと思う」
「でもよ。あんたはすぐに自分の間合いで攻撃するじゃないか」
「俺は、まあ、あれだ。初動の大切さを知ってるからな」
「初動の大切さ?」
「簡単な話で、一発目に見せつける。俺はこのぐらいできて、逆に相手は懐に入られるって事を知る訳だ。これでペースを掴む事ができる」
それに、油断なんてしていないだろうが、それでも最初の一撃で終わらせる事ができるのなら、それが一番だしな。ちゃんと警戒している状態で攻撃を入れるなんて大変なだけだ。
「まあそれは後々だ。次、中盤。攻撃が当たらなくてもイライラするな。攻撃が大雑把になっていけば、それこそ敵の思うつぼ。どんどん隙ができるだけだぞ」
「そんな事言ってもよ。攻撃が当たらないんだから、イライラするだろ」
「だからこそ、だ。こっちの攻撃は当たらず、相手は思い通りの展開で進んでいる。そうなれば、思いもよらない展開になった時に、動揺するはずだから。その動揺を作り出すのは、他ならない自分自身な訳で。イライラなんかしてる暇なんてないんだ」
「……」
「終盤。悪いとは言わないが、一発逆転に掛けての大振りの攻撃はダメ。絶対にダメ。実力差があるのがわかっているのに、どうして自分から隙を生み出すような事をしているんだよ。攻撃は出来る限り、コンパクトで素早く。これができないのなら、そもそも武器を変える事を検討してもいい」
「いや、騎士と言ったら直剣だ。それは外せない」
「ま、そういうこだわりは大切だったりするだろうし、別に否定したりはしないよ」
別に騎士が槍だとかを使っていても、おかしいとは思わないだろうけど。自分の理想とする騎士の像があって、それを目指している訳だから。下手に否定とかして、根底が揺らいだりしたら面倒だから。
「とにかくだ。お前は自分の得意な展開を作る事だな」
「得意な展開?」
「試合形式での話になるけど、よーいドンでの速攻で相手を倒すか、終盤まで相手の攻撃をいなして、隙を見てカウンターを決めるか。まあ他にもあるだろうけど、とにかく自分の得意な展開を作る事。これが出来たら必勝パターンがあれば尚よしだ」
「そんな事言ってもよ」
「わかってる。そんな簡単な事じゃないからな。地道に色々なパターンを試すしかないから、だからこそ組手はずっと続けるからな」
とは言ったものの、これが正しいのかどうか。それがわからない。
別にどうでも良い事なら、あまり深く考えないけど。少なくともこいつは人生が左右されるような事だからな。できる限り、いや可能な限り要望には応えてやりたいところだが。正直記憶喪失状態の人間に頼むような事でもないし、別になんでもいいか。
「なあ、魔法とかは使わないのかよ」
「使えたら使ってるし、教えてるよ。なんたって手札が増えるんだから」
魔法。
確かに俺はあの村で使った。が、あの時雨が降ったのはまぐれの可能性もある。
「いや、試してみる価値あるか」
「何が?」
「『水よ、大地を癒せ』」
……。
「何も起きてないぞ」
「ま、そう簡単に魔法を使えたら誰も困らないよな」
そう。こんな適当な事呟くだけで魔法が使えるのなら、雨が降らずに困る地域とかが出てくるはずもない。水が無いからと喉が渇く人が出てくる事もない。
そう。何事も、簡単に行くはずがないのだ。人生は山あり谷ありというが、その言葉通りに受け取るのなら、平地が存在しない。つまり楽をする事はできないという事。だから簡単に行くはずがないのだ。
「……」
「雨、降ってきたね」
簡単に、行くはずがないのに。
「ま、まあ、他の魔法の使い方を憶えてないから、お前に教える事は出来ないな」
「ま、そうだよな。雨を降らせるなんて、戦闘じゃ役に立たないし」
……。今は面倒くさいので、細かい事は気にしないでおこう。
◇
雨降って地固まるという言葉があるが、それはあくまでも結果的に、という事。その道中はトラブルが存在している訳で、前の状態よりも酷い状況であることが多い。この言葉は最後には、前よりも良い状態になるという事を言いたいから、いちいち道中の話を入れるはずもないが。
「くっそ、こんなに雨が降ってたら、前が見えない」
「まあ直接雨水が目に入れば視界が塞がるし、目に入らずとも水が辺り一体にある訳だから、他のものが隠れたりするわけだから。慣れないと辛いところがあるよな」
なんというか、前回解説を免れた部分も、結局雨が降ってきたせいで、する必要が出て来てしまった。
「とにかくだ。雨は意外と侮ってはいけない」
「っぽいな」
「じゃ、今日は組手は無し」
「っしゃ!」
「代わりにいつもより走るか」
「くそが!」
「子供がそんな汚い言葉使っちゃいけません」
「オレはもう成人だ」
成人と言っても、やっぱり15はまだ子供と言うイメージがある。これは俺の記憶がある時のイメージがそのまま残っているのか、それともこいつから受け取れる印象がまだ子供っぽいだけなのか。まあどっちでもいい。関係ある話でもないからな。
「ほれ、走った走った。剣を振るうには筋力をつけるためのトレーニングをするにしても。大前提として体力が必須なんだ。わかったら走る」
「うひゃぁ」
うん、わかればいいんだ。
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