君に生きて欲しいんだ
「悪いけどお前とはここでお別れだ。同郷のよしみでここまで面倒を見てきたが、これ以上は無理だ。お前を庇いながらの戦闘ではこの先戦っていけない。悪いがパーティーを抜けてくれ。後任は後で追いつく手筈になっているからな。何も心配いらない。」
パーティーリーダーの勇者は、自分より一回り以上小さなその青年にそう声をかける。
「わたしも、戦闘の度にあなたの怪我の心配をしなければいけないのは少々魔力の無駄というか…。」
いつも聖母のような慈悲深い笑顔を浮かべている僧侶の彼女だが、今は困ったような笑みを浮かべるばかりだ。
「ふん、とっとと追い出せば良かったのよ。こんな無能。いてもいなくても変わらないのにパーティーの枠を圧迫するなんて論外なのよね。」
魔術師の少女の言葉に遠慮はない。どこまでも青年の心を傷つける言葉を選び声を荒らげる。
「そういう訳なんだ。選別に君の身につけている装備はあげよう。小さな兎1匹しかテイムしていないビーストテイマーな君でも、その装備があれば街までは帰れるだろう?僕らも鬼じゃ無いからね。」
絶望した表情で崩れ落ちる青年。その事に誰も目もくれず、道を先に進む。振り返りなどしない。
青年と彼ら3人は同じ村の出身で、パーティーの男が勇者に選ばれた時に共に旅に出た仲間だった。
きっといつまでも一緒にいるものだと思っていた青年は涙を浮かべる。
「ああ、これも使わないからもっていけ。」
青年に丸い球を投げてよこす勇者。うまく受け取ることが出来ず、球は地面に落ちる。
「じゃあな。」
用事は済んだと背を向けて歩き出す勇者たち。その歩みに迷いはない。
青年は球を拾って去り行く背をみつめることしかできなかった。
時間は少し進む。
勇者たちと別れた後、青年はしばらくぼーっとしていた。時間はもはや夕方。青年はようやく動きだし、今夜を過ごすために安宿へ足を向ける。
金は常に全員で分けて共用の財布は宿代用として使うというルールがあったため、幾ばくかのお金は手元にある。
節約すれば故郷に帰るのには十分足りるだろう。
ベッドに腰を落ち着かせ、青年は渡された球を見る。
透明なクリスタルでできたそれは魔法球だ。魔力を流せば録画された映像を見ることが出来る。
勇者たちの罵詈雑言が映っていたらどうしようとおびえるも、わざわざ最後に渡してきた魔法球だ。見ないわけにもいかないだろう。
「あ、あー。おい、これもう撮れてるのか?」
「ええ、だから早くしゃべって。」
「よし…。突然お前を追い出したこと、まずは謝らせて欲しい。俺たちに魔王の城へ乗り込むように指示が下った。もちろん努力するが、多分勝てん。死ぬだろう。」
「ちょっと、僧侶!泣かないでよ!」
「だって…、もう会えないなんて…。」
「…僧侶、別にあいつと行ってもいいんだぞ。」
「ずびばぜん…。でももう決めましたから。」
「そういうことでな、力不足な俺たちじゃあ魔王には勝てん。だが、俺たちがいたっていうことを忘れて欲しくはない。だからお前には生きていて欲しいんだ。ずっと食ってきたお前の飯がもう食えなくなるのは寂しいが…。」
「戦力として問題があったのは確かだけど、あんたのおかげで旅がすごい楽だったから落ち込まないでよね。多分別れる時にぼろくそ言いてるだろうけどさ。あれ、本心じゃないから。」
「私はあなたが好きでした。叶うならばずっと傍にいたかったです。でも、私が行かないと万が一にも勝てる可能性がなくなってしまいますから。今後の人生が幸せであることを神に祈ります。」
「元気でな。」
「それじゃあね。」
「それでは。」
青年の目からは涙が止まらない。
ああ、彼らは自分を活かすために決断したんだと、疑った自分が恥ずかしいとそれだけの感情しか出てこない。
その後、魔王は討伐された。もちろんか勇者たちによってではない。彼らが帰ってくることは結局なかった。
青年はその後、勇者たちと別れた街で料理屋を営んでいる。
名もない勇者の武勇伝を語る店主がいると評判の店は今日も忙しく回っていく。