16 伝念をねじ伏せる
「いや、勝負だとよ。
伝念の次の万念っていうバッターは、伝念みたいな長打力が無い分、
内野の間を抜くようなコンパクトなバッティングがうまい。
それにバントもうまくてスクイズを決められる可能性もある。
それに対して伝念は、パワーはけた違いだが、
その分バッティングは荒さがあって三振やゲッツーを取れる可能性が高い。
だからここは伝念をねじ伏せろだってよ」
「ねじ伏せろって、簡単に言うてくれるなぁ・・・・・・」
俺が首をひねりながらそう漏らすと、小暮が事もなげに口を開く。
「いけるだろ、今日の松山は調子がいい」
「そうだ!それにどんなに強烈な打球が飛んで来ても、
僕は絶対に後ろにそらさないし!」
「俺かってどんな打球でも止めたるわい!」
山下先輩と千田先輩も、気合十分で声を荒げる。
それを聞いた俺もようやく肝が据わり、
「よっしゃ!伝念をねじ伏せましょう!」
と声を上げ、それを聞いた張高の内野陣も
「いょっしゃぁっ!」と声を張り上げ、
それぞれのポジションに戻って行った。
そして俺もマスクをかぶり直し、
キャッチャーボックスの中にどかりと腰を据える。
すると左の打席に劉庵寺の四番、レフトの伝念が立ち、バットを構えた。
体格は千田先輩とほぼ同じくらいにデカくてガッチリしている上に、
打者としての威圧感は、千田先輩のそれよりもはるかに勝っている。
この辺は今までの鍛錬と実績の差なのやろう。
さっきの打席は碇との初めての対戦で、
勢い任せにストレートで三振に切って取れたけど、
この場面では相手もそう簡単には打ち取らせてはくれへんやろう。
少しでも隙を見せればやられる。
そうかと言って慎重になり過ぎて弱気になれば、そこに付け込まれる。
ここは遠川監督の指示通り、伝念をねじ伏せる!
そう腹を決めた俺は、碇にストレートのサインを出す。
ちなみに一塁ランナーの毛観念は、盗塁を狙える程の俊足やけど、
仮に盗塁が成功して二塁三塁になれば、
空いた一塁に伝念を歩かせて満塁策を取られるので、
恐らく盗塁はしてこないやろう。
走る素振りを見せてこちらの気を散らしては来るやろうけど、それはハッタリ。
今は打席の伝念に全神経を集中させる。




