9 元近鉄バッファローズの佐野投手の必殺技
ベンチに戻ると、遠川監督がうろたえる様子もなく口を開いた。
「見事にしてやられたな」
「物凄くタイミングよく帽子が脱げて頭が光りましたけど、
あれは偶然なんですかね?」
俺がキャッチャーのプロテクターを付けながら問いかけると、
遠川監督は首を横に振って続けた。
「いや、あれは難出家念のここ一番で見せる必殺技だ。
ボールを投げる際に、普段よりも強く頭を振ってワザと帽子を落とし、
丸剃りの頭を露出させてそこに太陽の光を反射させ、
相手バッターの目をくらませて打ち取る。
その名も『ピッカリ投法』だ」
「ピッカリ投法!俺の適当なネーミングが当たってた!」
驚きの声を上げる俺に、傍らの鹿島さんが言葉を引き継ぐ。
「その為に劉庵寺の選手たちは、
日々自分の頭で瓦を割ったり巨大な氷の塊を砕いたりして鍛え上げ、
より一層太陽の光を受けて光り輝くように仕上げているんよ。
ここ一番の場面で、相手の目をくらませるように」
「な、なるほど。試合が始まる時に鹿島さんが言うてた、
劉庵寺の選手が頭を鍛えるもうひとつ理由っちゅうのは、これやったんですね」
「そーゆーこと」
そう言って頷く鹿島さん。
にわかには信じがたい必殺技やけど、さっき難出家念が向井先輩を敬遠し、
碇や千田先輩との勝負を選択した事もこれで何となく納得はいく。
向井先輩は目が隠れるくらい前髪を長く伸ばしているから、
難出家念のピッカリ投法の光を、そこまで眩しく感じないと思ったんやないやろうか?
「で、でも、これってボークにならないんですか?」
おずおずと伊予美が口を挟むと、それには遠川監督が答えた。
「振りかぶった際に明らかにワザと帽子を落とせばボークを取られるだろうが、
投球動作の中でたまたま(・・・・)帽子が落ちた場合は取られない。
それでもあからさまにしょっちゅう帽子を落としていると、
ボークを取られる可能性があるから、
難出家念はいざという場面でしかアレを使わないんだ」
「そ、そうなんですか。
まあ、確かにここ一番の場面でアレをやられると、手も足も出ないですもんね」
「ちなみに『ピッカリ投法』は、
かつて某プロ野球選手が編み出した必殺技だったのだが、
野球の試合で実用化されるまでには至らなかったそうだ。
ボークを取られるから」
「ホンマにそんな必殺技があったんですね⁉
そりゃそんなバカバカしい必殺技がプロ野球の試合で実用化されたらたまったモンやない!」
「それを劉庵寺の選手達は独自に研究を重ね、己の頭を鍛え、磨き、
野球の試合で実用化できるまでに仕上げたという訳だ」
「凄いですね!馬鹿馬鹿しさが凄い!
そやけど、そんな厄介な必殺技を使ってくるなら、大京山もさぞ苦戦したんでしょうね」
「苦戦したのは間違いないが、その試合で難出家念は、ピッカリ投法を一切使わなかった」
「そうなんですか?そりゃまたどうして?」
「その日は、空が雲っていたんだ」
「なるほど・・・・・・」
遠川監督の言葉に、妙に納得した俺。
確かに、ピッカリ投法は太陽が空に輝いていてこそ使える技。
今日はよく晴れてるから、いつでもピッカリ投法を使う事ができる。
そやけど、そのピッカリ投法が使えなかった大京山との対戦の時でも、
劉庵寺は三対二という接戦を演じている。
もしその試合で空が晴れていて、ピッカリ投法を使う事ができていれば、
試合の結果はまた違っていたのかもしれん。
それほどに劉庵寺は手ごわい相手なのや。
でも、その劉庵寺と、俺達張金高校は互角の勝負ができている。
これならあの大京山とも十分にいい勝負ができるという事や。
さっき遠川監督が言うた通り、俺達は強くなっている!
今日も碇は絶好調やし、よほどの事がない限り点を取られる事はないやろう。
俺達に残された攻撃はあと二回(この試合に延長戦は無い)。
その間にあのピッカリ投法を攻略して、奈良の横綱から勝利をもぎ取るんや!




