1 今回のスタメン
「どぉうりゃい!」
気合に満ちた掛け声が、
太陽が燦々(さんさん)と輝く山奥のグランドに響き渡る。
それと同時に、後攻の俺達張金高校野球部が、それぞれの守備位置に散った。
それじゃあまずはスターティングメンバーを紹介しておく。
まずは一番セカンド小暮。
山ごもりでのドーベルマンダッシュにより、
持ち前の俊足に更に磨きがかかり、守備範囲もグッと広がった。
バットスイングも強化されて、打球がより早く鋭くなっている。
敵が嫌がるトップバッターとして、一層進化している事やろう。
次に二番レフト向井先輩。
山ごもりの特訓での岩避け反復横飛びのおかげで、俊敏性が大幅にアップ。
更に動体視力もよくなり、それが選球眼の向上にも役立っている。
得意の三遊間への流し打ちに加え、一・二塁間へ引っ張る鋭いスイングも身につけ、
張高の数少ない左バッターとして、メキメキと頭角を現している。
三番はライト碇。
この試合でも先発投手は岩佐先輩なので、碇はライトの守備位置でのスタート。
こいつはまあ、元々ピッチャーとしてもバッターとしても天才的な奴やったけど、
今回の山ごもりと、このままやと張金高校が廃校になってしまうという危機感で、
こいつに一番欠けていた覇気というか、
あふれ出すような闘争心が芽生えたようや。
今まではニコニコヘラヘラしている事が多かったけど、
今は目つきも鋭く、戦場に赴く戦国武将のような面構えをしている。
これは眠れる獅子がいよいよ本領発揮という所やろうか。
これでホモで俺に惚れているという事がなければ、
文句の付けようがない野球選手なんやけど・・・・・・。
それはまぁさておき、四番はファースト千田先輩。
千田先輩は今回の山ごもりで、
早朝から深夜まで黙々と滝でバットを振り続け、
文字通り滝の水流を真横にぶった切るまでにバットスイングを鋭くさせる事に成功した。
チーム一の体格(身長は百九十はあるかもしれない)と、
桁違いのパワー(握力は百キロ以上あるらしい)を持つ千田先輩は、
長打力という点では天才バッターの碇をはるかに凌ぐやろう。
元々遠川監督は千田先輩のそういう所を見込んで四番バッターにしようとしていたみたいやし、
今回の特訓で、その狙いは達成された。
のかどうかは、この試合で試される。
そやけど、俺もこのチームで四番を務めた事がある者として、
そう簡単に四番の座を明け渡すつもりはないけどな。
これからの試合で、真の四番はどっちがふさわしいか、実力で証明したるわい。
とまぁそれもさておき、
五番はショートでキャプテンの東倉先輩。
この山ごもりで小暮に引けを取らない程に脚力を鍛え上げ、
守備範囲が広くなり、強肩にも更に磨きがかかった。
バッティングでは、
早いカウントでも甘い球が来れば確実に仕留めるバットコントロールを身につけ、
守備の面でも打撃の面でも、キャプテンとしてチームを引っ張ってくれるやろう。
今回は五番という打順やけども、遠川監督は積極的な斬りこみ隊長として、
一番バッターの起用も考えているようや。
次は六番センター扇多先輩。
センター分けのヘアースタイルがトレードマークの扇多先輩は、
今回の猛特訓でもそのセンター分けをほとんど乱す事なく乗り切った。
(それが野球に関係あるかどうかは全くかわらへんけど)
センターというポジションとしては決して守備範囲は広いとは言えんけど、
岩避け反復横飛びで鍛えられた俊敏性と反射神経は、
確実に守備力の強化に役立っているやろう。
そしてバッティングの面では、
得意のピッチャー返しや二遊間の頭上を綺麗に抜いて行くセンター前への打球に加え、
センターの頭を越えて行くような大きな打球も打てるようになった。
実は意外と高い野球センスの持ち主である扇多先輩。
この人が六番バッターに座るのは、
張高打線にとって大きな得点力アップのカギとなるはずや。
お次は七番サードの山下先輩。
山下先輩は小柄でぽっちゃり体形という印象やったけど、
今回のイノシシ特訓のおかげで、全身が鋼のように鍛え上げられ、
小柄でただのぽっちゃり体形から、
小柄で鋼の様なぽっちゃり体形へと進化した。
(見た目はぽっちゃりやけど、
触ると鋼のようにガチガチに鍛え上げられているという意味)
動体視力も相当に鍛え上げられたらしく、三塁線のどんな強烈な打球も、
抜群の反射速度でキャッチできるようになった。
こんなタフな人が三塁線を固めてくれたら、バッテリーとしては心強いばかりや。
八番はピッチャー岩佐先輩。
山の激流の川にかけられた丸太橋の上でのピッチング練習の甲斐あって、
下半身が大幅に強化され、安定したコントロール手に入れ、
元々身につけていた独特のクセ球を、
ある程度自在に操る事ができるようになった。
遠川監督はこの大阪大会で決勝まで勝ち残る事を前提に、
碇一人で投げさせるのではなく、前半の三、四回を岩佐先輩で凌ぎ、
後半の四、五回を碇でねじ伏せるという投手起用を考えているようや。
コントロールが安定し、精神的にも鍛えられた今の岩佐先輩なら、
碇へつなぐ先発の役割をしっかり果たしてくれるやろう。
期待してますよ、岩佐先輩。
そして九番!キャッチャー!俺!
・・・・・・と、言いたい所やけど、
岩佐先輩が投げる時のキャッチャーは、やっぱり近藤先輩なのやった。
長年バッテリーを組んでいるがゆえのアウンの呼吸というか、
岩佐先輩のクセの強い性格、あ、いや、ボールを受け止められるのは、
俺よりも近藤先輩の方が適任。
俺も何度か岩佐先輩の球を受けた事があるんやけど、
手元で訳の分からん、あ、いや、変幻自在の変化をするから、
変化自体は碇のカーブや宗太のスライダーよりも小さいのやけど、
時々捕り損ねてしまうのや。
そういう事なので、岩佐先輩が投げる時は近藤先輩がキャッチャーを務め、
碇が投げる時は俺がキャッチャーに座る。
この体制はこれからも変わる事はないやろう。
近藤先輩も今回の特訓で更にキャッチングが安定し、
インサイドを積極的に使う強気のリードもするようになってきた。
同じポジションとして、負けませんで
さて、ここからは控え組。
まずは手古山先輩。
夏の始まりを感じる炎天下の下、
約一カ月間山ごもりの特訓をしたにもかかわらず、
この人は相変わらず肌が白く、体形もガリガリで、
よく鼻血を出したり口から吐血したりする。
そんな相変わらずの病弱ぶりで、
どうやってこの命懸けの特訓を乗り切ったのか不思議なくらいやけども、
そこは手古山先輩の野球に対する熱い情熱が勝った(?)のやろう。
バッティングの面では出塁率がチームトップクラス
(ただし、そのほとんどがデッドボールによるもの)なので、
それを活かして打線のつなぎ役として活躍して欲しい。
岩佐先輩が交代して碇がピッチャーに入ったら、
空いたライトのポジションに手古山先輩が入る事になっている。
次はセカンドの赤島先輩。
小柄で無口な赤島先輩やけど、この一カ月の山ごもりの合宿でも、
結局赤島先輩が喋ってる所を見る事も聞く事もなかった。
ただ、ドーベルマンに尻を噛まれた時に
「うっ!」と声を上げたり、
岩避け反復横飛びで岩が直撃した時に「ほがっ!」と叫んだり、
熊と相撲をとって張り手をくらって吹き飛ばされた時に
「ばはぁっ⁉」と断末魔のような声を聞いたくらいやった。
そう考えたらようこの人もこんな目に遭って生き残ったモンやな。
そやけど、それだけに赤島先輩も大きく成長しているはず。
セカンドのレギュラーは小暮やけど、それを脅かすような存在になって欲しい。
で、控えの最後の一人が俺。
キャッチャー、俺。
先に言うとくけど、俺も千田先輩と同じく滝の下でバットを振りまくって、
滝の水を真横にぶった切る事ができるようにはなっとるからな。
すなわち千田先輩に勝っても劣らないバットスイングを習得した訳や。
今は四番の座も、スターティングメンバーの座も譲ってる訳やけども、
大会ではバンバン打ちまくって、四番からも、
スターティングメンバーからも外す事のでけへん選手になったる。
それが結果的にこのチームを甲子園に導く事につながるし、
俺が伊予美と結ばれる道にもつながるんや!
多分!恐らく。願わくば・・・・・・。
ともかく!
それぞれの守備位置についた張高ナイン。
そしてマウンド上では先発の岩佐先輩がピッチング練習を終え、
主審のおっちゃんの「プレイボォールッ!」という威勢のいい掛け声とともに、
試合開始となった。




