6 碇にも火が付いた
「昌也君」
「あ?何やねん?」
と言って俺が碇の方に振り返ると、
碇は今までに見た事がない程真剣な表情で口を開いた。
「僕は、これからも昌也君と一緒にバッテリーを組みたい、
いや、それ以上に、恋人同士で居たいと思ってるんだ」
「そうか。俺もお前とバッテリーは組みたいと思うわ。
でも、恋人同士は遠慮するわ。しかも今の時点でも恋人同士ではないからな?」
「だけどこのまま張金高校が廃校になってしまったら、
僕は学区の関係で、恐らく御多福高校に編入する事になると思う。
だからほんの少し、遠距離恋愛になっちゃうよね」
「お前俺の話聞いてる?
そもそも俺とお前は恋人同士ではないから、
離れ離れになっても遠距離恋愛にはならんからな?」
「だけど僕にはそんな事耐えられない。
僕はずっと昌也君の傍に居て、二人の愛を育みたいんだ」
「全然俺の話聞いてないよな。お前も近藤先輩みたく首絞めたろか?」
「だから僕、今年の大会で甲子園に行けるように必死に頑張るよ!
昌也君も一緒に頑張ろうね!」
「そこは同意するわ!甲子園に行けるように頑張るという所だけな!」
俺がそろそろ碇に殺意を抱き始めていると、
背後に居た小暮が、頭をかきながら言った。
「しゃあなねなぁ、正直今年の大会で甲子園に出場ってのは無謀な気もするけど、
死ぬ気でやってやるよ。俺達に残された道は、それしかねぇんだからな」
「おぉ、小暮もやる気になってくれたか。
ちなみにお前は万が一このまま張高が無くなったら、どっちの学校へ行くんや?」
俺の問いかけに、小暮は俺から目をそらしながらポツリと答える。
「・・・・・・御多福高校、だよ」
「あちゃあ~、お前も御多福高校かいな。
伊予美ちゃんといい碇といい、このままやと俺だけ仲間外れになってしまうやないか」
俺が頭を抱えながらうめいていると、小暮は何故か急に怒り狂いながら声を荒げる。
「こ、これだけは言っとくけどな、俺は別に、
お前と別々の高校に行くのが嫌だからって、
必死に甲子園を目指す訳じゃねぇからな!
俺はこのチームでこれからも野球を続けて行きたいから、
そうするだけなんだからな!
そこの所を勘違いするんじゃねぇぞ⁉」
「え?お、おぉ、そんなん分かってるがな。何やねんそんなに怖い顔をしてからに」
小暮の物凄い剣幕に、思わずたじろぐ俺。
まぁ、それだけやる気になってくれているのやからヨシとしよう。
するとそんな中、今まで床に崩れ落ちていた下積先生がやにわに立ち上がり、
小暮を凌ぐようなとてつもない剣幕で声を荒げた。
「皆!絶対に甲子園に行こう!そして何としても張金高校の廃校を阻止するんだ!」
「おぉーっ!」
「よっしゃやるでぇっ!」
「俺達の底力を見せてやる!」
下積先生の言葉に、意気消沈していた他の先輩方も息を吹き返し、
拳を振り上げて立ち上がる。
このまま張金高校が廃校になってしもうたら、
下積先生も遠川監督と離れ離れになってしまうからな。
それを阻止したいという気持ちは誰にも負けへんやろう。
そしてそんな下積先生の傍らに立つ遠川監督が、ひと際鋭い口調で言った。
「よし、皆覚悟は決まったようだな。
それじゃあ明日から大会までの約一カ月、甲子園に出場する為の特別強化合宿を行う!」
「強化合宿って、一体何処でやるんですか?」
俺が手を挙げて質問すると、遠川監督は不敵な笑みを浮かべて答える。
「山だ」
「や、山、ですか」
「そうだ。男がここ一番の特訓をする時は、
山ごもりをすると相場が決まっているだろう?
そこで約一カ月間、命懸けで鍛えてやる。
もしかすると本当に命を落とす者も出るかもしれないが、
これも甲子園に出場する為、そして張金高校の廃校を阻止する為だ!
だから皆、私について来てくれるな⁉」
「もちろんです!」
「俺達、死ぬ気で遠川監督について行きます!」
「むしろ死んでも構いません!」
いや、死んでも構わん事は無いと思うのやけど。
とにかく、俺達の気持ちはひとつに固まった。
後は甲子園目指して突き進むのみ!
俺達張高野球部の、最初で最後の挑戦が始まるのやった!




