16 あらゆる意味で碇の勝利
違う、と、俺は、すぐに否定する事がでけへんかった。
それくらいに、目の前の碇は、完璧な女の子になっとる。
けど、碇は確かに男なのや。
それが証拠に、俺は幾度となく碇と並んで男子便所で立ちションをしてるし、
部室で一緒に着替えもしている。
だから間違いなく碇は男なのや!
と、声高らかに叫ぼうとした時、
碇をコーディネートした張本人である伊予美が、
自分でもビックリという様子で声を上げた。
「す、凄い!松山君は、体つきが女の子みたいにしなやかやから、
シンプルに白ワンピを合わせてみたけど、
まさかここまでバッチリ似合うとは思わへんかったわ!
何処に行っても振り返られるくらい、可愛い女の子になってるよ!」
それに対して碇は
「いやぁ、そんな事ないよぉ」
と、満更でもなさそうな調子で言い、ゆっくりとした足取りで、
俺の前に歩み寄った。
そして上目づかいに俺を見上げ、ほのかに潤んだその瞳で、おずおずと尋ねた。
「ねぇ、どう、かな?僕、可愛い女の子に、なれたかな?
昌也君が好きな、女の子らしい女の子に」
「う・・・・・・」
その問いかけに、俺は、咄嗟に答える事がでけんかった。
だってあんた、相手は碇やで?
見た目はこんなんやけど、間違いなく生物学的には男なんでっせ?
その碇を可愛いと言うてしもうたら、碇はますます調子に乗って、
俺に言い寄ってくるやないですかい?
それはアカンでしょう?
俺と碇はバッテリーを組んで甲子園を目指すチームメイトというだけで、
それ以上の関係ではまったくないんや!
だから今の碇を可愛いと言う訳にはいかんのや!
と、心の中で激しい葛藤を繰り広げていると、
そんな俺を茶化すように伊予美は言った。
「あ~、もしかして昌也君、松山君に照れてるんとちゃう?」
「なっ!そ、そんな訳ないやんか!こいつは男やで⁉
どんな格好をしていようが、男である事には変わりないんやから!」
俺は必死にそう言い返したが、そんな俺の左腕に碇がヒシッとしがみついて来て、
傍らに立つ宗太をビシッと指差して言った。
「ふっふっふ、どうだい荒藤君。
もはや昌也君は僕にメロメロなんだよ。
わかったら大人しく引き下がる事だね!」
「誰がメロメロになっとるか!」
そんな俺の訴えに構わず、宗太はうやうやしくお辞儀をしてこう言った。
「わかった。俺の負けだ。昌也、松山と幸せな家庭を作れよ?」
「作らんわい!おい碇!もう気が済んだやろ⁉
早く元の服に着替えんかい!」
「え~?せっかく昌也君の心を射止める事ができたのに、
着替えるなんてもったいないよぉ。
僕、この服を買って、この格好のままお出かけを続けるよ!」
「アホな事言うとらんとさっさと着替えろや!
俺はお前に心を射止められてなんかないからな!」
などとワチャワチャやっていると、
いつの間にか元のボーイッシュな自分の服に着替えた小暮が、
頭をかきながら言った。
「別にいいじゃねぇか、松山がそうしたいって言うんだから。
それに、俺なんかよりずっとそういう格好が似合うんだしよ」
「双菜ちゃんもさっきの格好凄く似合ってたのに何で着替えるん?
もし買うんならウチも半分出すよ?」
「いいよ!俺はやっぱりああいう格好は性に合わねぇんだよ!
伊予美ちゃんとか松山とか、似合う女の子が着りゃあいいんだよ!」
伊予美の言葉に小暮はそう言い返すが、碇は女の子ではないので注意が必要や。




