8 いつもと違う下積先生
張金高校に到着し、部室で制服に着替えて
(ちなみに小暮はいくら男勝りとはいえ、一応女子なので、
ちゃんと女子更衣室で着替えをしている)
碇と共に教室へ向かっていると、途中の廊下で、
俺より少し背が高く、眼鏡をかけた細身の男の先生とバッタリ出くわした。
この人の名前は下積タケル。
三十五歳で独身で、担当教科は英語。
張高野球部の顧問で、野球に関しての知識や指導は素人同然なのやけど、
野球部を愛する気持ちはキャプテンに負けないくらいに大きくて、
部を盛り上げる為に色々と協力してくれている。
そして、野球部を愛するのと同じくらい、いや、それ以上に、
監督である遠川沙夜さんにモーレツに片想いをしていて、
日々、その想いを募らせているのやった。
鹿島さん共々、密かに応援してまっせ。
さて、そんな下積先生やけど、
朝と放課後の練習にはほぼ毎日欠かさず参加しているのに、
今日の朝練には姿を見せへんかった。
まあ、学校の用事で来られへんかったのやろうけど、
俺は挨拶ついでに何気なく先生に尋ねた。
「あ、おはようございます下積先生。
今日は珍しく朝練不参加でしたけど、用事でもあったんですか?」
それに対する下積先生の返答はこうやった。
「ひ、ひぃいいいいっ!」
奇声を上げて尻モチをつく下積先生。
その拍子に、両手に持っていた出席簿やプリントが辺りに散乱したが、
先生はそんな事に構わず、そのまま俺から逃げるように後ずさった。
「え、あの・・・・・・」
突然の下積先生の奇怪な行動に、俺は目を点にしながら続けて尋ねる。
「い、いきなりどうしたんですか?俺、何か変な事言いました?」
すると下積先生は尻モチをついたまま、
まるで山賊に襲われて脅える旅人のような様子でこう言った。
「お、お願いです!どうか命だけはお助けを!」
「何でやねん⁉いつ俺が下積先生の命を奪おうとしました⁉」
そこにすかさず碇が口を挟む。
「さっきの昌也君の言葉の裏に込められた、
『何で朝練に参加しなかったんだよ⁉ブチ殺してやろうか⁉』
っていう意味をくみ取ったんじゃないかな?」
「そんな意味込めてないわい!
先生も学校の用事があるんやから、朝練に参加でへん時だってあるわいな!」
俺がそう言って碇に激ギレしていると、
下積先生は幾分冷静さを取り戻した様子で立ち上がり、
ずれた眼鏡をかけ直しながら言った。
「き、急に取り乱したりしてごめんね?
さっき緊急の職員会議があって、そこでちょっと色々あったんだよ」
「色々って、何があったんですか?」
俺が再び何気なく尋ねると、下積先生は再び尻モチをつき、
拷問にかけられた捕虜のような口振りでこう言った。
「ぼ、僕は何も知らない!
これ以上何をされても、知らないモノは知らないんだ!」
「だから何でそんな感じになるんですか⁉俺何もしてないでしょ⁉」
すると再び碇が口を挟む。
「そりゃあ昌也君が金属バットを振り上げて、
『職員会議の内容を教えないと、そのドタマをカチ割るぞコラボケ!』
とか叫んだら、下積先生じゃなくてもそうなるよ」
「だから言うとらんわコラボケ!
俺はただ下積先生に、職員会議で何があったんか聞きたいだけじゃ!」
俺がそう言って再び碇に激ギレしていると、下積先生はガバッと立ち上がり、
「と、とにかく、僕はこれからホームルームに行かなくちゃいけないから、
君達も遅れないようにね!」
と言って落とした出席簿やプリントを拾い上げ、
一目散に廊下を凄い早歩き
(もはや走っていると言っても過言ではない)で去って行った。
な、何やねんな、一体?




