10000字以内で完結させないと異世界から帰れま10000(テンサウザン)
挿絵の表示を前提とした文章があります。
非表示にされている方はご注意ください。
俺はマンジロウ・イーワン・テンサウザン。
10000字以内に世界を救う男だ。
話せば長くなるが、長くなったら本当に洒落にならないから手短に解説する。
☆
俺は気がついたら知らない空間にいた。
戸惑っていると、いかにも神ですってビジュアルの髭をたくわえた爺さんが話しかけてきた。
そいつが言うには、俺は手違いでラノベの世界に連れてこられたらしい。
しかも、とんでもないことを言ってきやがった。
「10000字以内で完結させないと、お主は二度と元の世界に戻れないのじゃ!」
よくわからないけど、文字を刻む度に魂が作品に定着してしまう的なことを言っていた。
もちろん俺は怒ったが、詳細は文字数が減るから割愛する。
俺は何が何でも元の世界に帰るんだ。
聞かされた完結の条件は、邪神を討伐して世界を救うこと。
幸いなことに俺が連れてこられたのは短編の世界で、世界のスケールは小さいらしい。
一か月も歩けば世界の端から端まで歩けるから、頑張れば10000字以内で倒せないこともないと言われた。
他にも話を聞いているうちに、自分の名前が思い出せないことに気がついた。
爺さん曰く、「読者が感情移入しやすいように連れてくるとき消したのお」。
「じゃあ、俺はこれからどう名乗ればいいんだ?」
「マンジロウ・イーワン・テンサウザンなんてどうじゃ?」
「名前だけで17文字持っていくのやめてくれ」
あいにく、俺のネーミング会議をしている尺の余裕はない。
不本意ながら爺さんの案を採用して、マンジロウと名乗ることにした。
出発しようとしたら、言い忘れていたことがあると引き留められた。
まず、天界で生じた文字数はカウントされないと告げられた。
俺の努力は何だったんだ。喋りたいの我慢してたのに。
次に、天界での出来事をある程度は説明しないと、物語として成立しないから完結判定も出ないぞと忠告された。
俺は頷いて、爺さんから聞いた情報のメモをポケットに押し込みながら下界への転送陣に乗った。
☆
というわけだ。
俺はさっき天から地上に降りてきて、言われた通り天界での場面を回想した。
これで物語が動き出したと同時に、10000字のカウントダウンも始まった。
それにしても、だだっ広い草原だ。
見渡す限り、草草草。
……と、背後にモンスター。
迂闊だった。
回想に夢中になっている間に、じりじり距離を詰められていたようだ。
避けようとしたが手遅れで、足に噛みつかれた。
本当は叫びたいぐらい痛い……あれ、痛くない?
体の内側から何かが染み出す感覚と共に、痛みが消えた。
しかし疑問を抱く暇はない。
俺に一撃を与えて油断したネズミに、思いっきり剣を振り下ろした。
胴体は真っ二つ、即死だ。
爺さんがくれた剣はかなり凄い物かもしれない。
俺は気を取り直して目的地に向かった。
大草原を抜けると、ジョバーンノ城が見えてきた。
貰った攻略チャート的なヒントはこの城までで、後は自分で何をするか考える必要がある。
とりあえず、城下町で仲間と情報を集めよう。
こんな世界観で仲間と情報といえばギルドだろう。
思ったとおり、ギルドはあった。
思っていなかったのが、俺以外全員が獣人だったこと。
うさ耳、猫耳、キリン模様。
みんな俺を見てひそひそ話をしている。
爺さんも今思えば亀っぽかった。
おそらくここは亜人の世界なんだろう。
まあ、これ以上文字数を浪費できないし早く本題を言おう。
「邪神を倒すための仲間を探している」
ざわついた。
これは馬鹿にされてつまみ出されるやつか。
「こいつ、予言の勇者じゃねえか!!!!」
「ついに降臨なさったのね!」
「ぜひお供させてください!」
違った。
俺は伝説上の英雄と思われたらしい。
この場にいる全員が仲間になりそうな勢いだ。
でも、文字数的に大人数は無理だ。
というわけで、仲間面接が始まった。
志望者32名、採用予定数3。
そこそこ強くて、まともな人格で、文字数さえ食わなければ誰でもいいから、絞るのは大変そうだ。
「うぉおおおおおおお!!!!! 勇者ァ!! 俺を仲間にしてくれええ!!! 腕力なら誰にも負けねえからよォ!!!」
アウト、不採用。
「勇者サマ~~! ミィをオトモにしてほしいだみゃ、がんばるみゃ~~!」
うっ、かわいい! ……でも。
理性的になれマンジロウ。
文字数縛りで語尾は地雷だ。
「僕の名前はムゲュジ・ムゲュジ・レキリスノウコゴ・ノョギイスリャジイカ……」
お帰りください。
困ったな、もう少し静かな奴はいないのか?
お、この大人しそうな少女は期待できそうだ。
「えっと、ポポ……です……。あの、魔法が……得意…………」
口数が少なければいいって問題ではなかった。
思った以上に適材がいない。
そろそろソロプレイも視野に入ってきた。
次の候補は……
「名前、イチ。特技、弓」
「採用」
「感謝」
結局、仲間にしたのは豹のイチだけ。
ミィちゃん可愛かったんだけどな、ちくしょう。
仲間選びだけで日が暮れてしまった。
魔物の死骸が意外と金になったから、宿屋で一泊できた。
朝。不思議なほどに疲れが取れた。
顔を洗おうとして、とんでもないことに気づく。
俺の目と髪が変色している。
黒髪黒目だったのが、目は青く、髪は白に。
よく見たら手足もちょっとおかしい。
心当たりはアレしかない。
俺は爺さんのメモを取り出した。
[文字数の進行で発生する肉体の変化]
1000文字ごとに、①目と髪の変色、②手足の変化開始、③耳の発生、④尾の発生、⑤顔の変化開始、⑥手足の変化完了、⑦体毛が全身を覆う、⑧骨・筋肉の変化、⑨顔の変化完了
文字数が進むと体に異変が起きると聞いたけど、今わかった、これ獣人化だ。
ていうか、もう2000文字を超えたのか。
残り8000字切ったのにまだ最初の街なのやばいな、節約しよ。
仲間はできたから、次は邪神の情報だ。
俺達は魔物を倒して訓練と金策をしながら、城下町で数日間情報収集をした。
直接的な情報は得られなかったが、ここを出て北東にある図書館に邪神に関する資料があると教わった。
俺とイチは買える範囲で一番いい装備を揃えて、ジョバーンノ城下町を去った。
10分に1回ぐらいの間隔で魔物と出くわすが、今のところ全く苦戦していない。
貰った剣が妙に強いのもあるが、なによりイチがとても頼りになる。
弓の腕前はもちろん、優れた洞察力のおかげで魔物の奇襲も受けずに済んでいる。
俺がイチに感謝を述べると、「援護、義務」と最低限の言葉で返してくれた。
強いし、文字数も食わないし、良い仲間に恵まれた。
14体目の魔物を倒したあたりで、図書館らしき建物が見えてきた。
さすが短編の世界、スケールが小さい。
図書館の見た目の描写は割愛して、さっさと中に入らせてもらう。
世界のスケールは小さいくせに、図書館は馬鹿みたいに広くて苦労した。
司書に「邪神に関する資料はないか」と聞いたが、「そこになければないですね」と冷たい返事をされた。
俺の馬鹿野郎、せめてどんな見た目の本か聞いておけばよかった。
俺は一冊ずつ中身を確認しては戻す作業を延々と繰り返した。
イチは文字が読めないから戦力外だ。
図書館暮らし7日目。
もし現実世界の時間も同じように流れていたら、そろそろ行方不明者として警察沙汰になる頃合いだ。
そういえば、しばらくイチを見かけていない。
外で魔物狩りでもしているのかもしれない。
そう考えながらいつもの作業をしていると、肩を小突かれた。
「マンジロウ、私、快挙!」
ぱぁっと顔を輝かせるイチは、まさに俺が求めていた本を抱えていた。
俺は歓喜してイチにお礼を言おうと思ったが、頭皮を突き破るような痛みに阻まれ、うずくまった。
「マンジロウ!?」
思わず頭を押さえる。
そこには本来あってはならない感触。
毛におおわれた、何か。
動物の耳だ。
つまり、3000文字を超えた。
次は尻尾だ。どんどん人間性が失われていく。
思ってた以上に俺に残された猶予は少ない。
しかし、落ち込んでいる暇などない。
早速その本を読むことにした。
表紙には、『邪神』という直球なタイトルと、邪神らしき絵が描かれている。
おそらく、イチは表紙の絵から探してくれたのだろう。
なんていい子なんだ、文字数の制限がなかったらひたすら褒めてた。
妙に頭が冴えていたから、1時間もしないうちに読み終えた。
内容を手短にまとめるとこうだ。
*邪神は隠れ里の民によって封印された
*隠れ里はニーバンメ大陸の山岳部にある
*ニーバンメ大陸へ行くにはポート村で船に乗る必要がある。
……封印されてるのになんでわざわざ起こして倒すんだ、というツッコミは野暮か?
ポート村の方角を例の司書に尋ねると、彼女は南東を指した。
「そこになければないですね」
なんだかんだいい人だったな。
名残惜しいけれど、俺とイチは図書館を出た。
……1時間ぐらい歩いたと思う。
不思議なことに、全く魔物が出てこない。
暇を持て余した俺は、ふと隣を歩くイチを見つめた。
イチはこちらの視線に気づいたが、すぐにまた前を向いてしまった。
そういえば、イチと全然会話してないな。
文字数の縛りがあるとはいえ、ここまで交流が無いのは寂しい。
「ねえ、イチの故郷ってどんなところ?」
片言で話すから純粋に気になった。
イチは驚いた顔をして振り向き、少し間をおいてから喋りだした。
「故郷、深い森、世界、最西端」
「へえ。俺もずっと遠い所から来た」
「マンジロウ、故郷、どんな?」
「えーっと、そうだなあ」
当然省略だ、自分語りで首を絞めるつもりはない。
「私、マンジロウ、同じ」
「どうして?」
「邪神、我ら、故郷、滅ぼした。神、マンジロウ、故郷、追い出した。両者、倒す」
「いや爺さんは倒さなくていいからな⁉︎」
片言の女の子相手に不安だったけど、思った以上に会話は盛り上がった。
しかし、3時間も経つ頃には流石に話のネタが尽きてきた。
すると、珍しくイチの方から話題を振ってきた。
「マンジロウ、耳、増えた、何故?」
確かに、説明もしないまま耳を4つ生やしていた。
イチに事情を話していると、尻に痛みが走った。
ついに来たか。
尻尾は自分の意思ですんなり動いた。
白地に黒い横縞の、太くて長い尻尾。
俺の体はどんな獣人に変わろうとしているのだろう。
「今回、尻尾?」
「ああ、4000字に達したんだ」
「何故、私、会話した。文字? 節約、必須」
文字が読めないのに、イチは自分なりに文字数の概念を理解してくれようとしている。
「イチと仲良くなりたかったんだ」
俺は素直な気持ちを伝えた。
……いやちょっとキモいこと言ったかも。
恐る恐るイチの顔を伺った。
予想に反して、イチの表情は柔らかかった。
こんなに穏やかな顔をした豹は今まで見たことない。
そうだ、獣人とはいえイチだって人間なんだ。
彼女には故郷があって、信条も持っている。
今まで無意識にこの世界の住人をNPC的な何かだと思っていたから……。
しみじみと思考を巡らせていると、イチが会話を再開させた。
「マンジロウ私協力する。早口心がける」
「うわすごい有難い」
「今後卍郎呼ぶ」
「複雑な気分」
楽しくお喋りしているうちに、気がつけばポート村の入り口に到着していた。
ザ・漁村といった感じだ。
あいにく今日のニーバンメ大陸行きの船は逃したらしく、一泊することになった。
想像通り宿の夕食は魚料理だった。
美味しかったけど、無性に肉が食べたい気分だったから欲求不満だ。
肉が食べたかったと呟くとイチが頷いた。
やっぱり豹だから肉が食べたいのか。
翌朝、ニーバンメ大陸に向かって出港した。
幸い船酔いも難破もせず数時間でニーバンメ大陸西岸の町・サッセボに到着した。
地図によると、隠れ里がある山岳部にはここからひたすら北に進めば行けそうだ。
サッセボは商人が集まる賑やかな港町で、市場には上質そうな装備品や薬がたくさん並んでいた。
俺とイチは貯まっていた魔物の素材を売った金で必要な物を買い揃えた。
山岳まではかなり距離があるから野宿の準備も整えておいた。
もう少し留まりたい楽しい町だったけど、やむなく出発だ。
北に向かって歩き始めて数日後、山岳の入り口までたどり着いた。
俺とイチは登山を始める前にふもとで一泊することにした。
自分で言ってしまうが、俺たちはめちゃくちゃ強い。
襲いかかる魔物を秒で返り討ちにしながらサクサクと進むことができた。
ちゃんと無双させてくれるあたり、腐っても異世界転移だな。
ただ、気がかりなことが一つ。
ここ最近、妙に肉が食べたくなる。
だから、サッセボで買った野菜には手をつけずに、イチと一緒に狩った野生動物の肉ばかり食べている。
……おっと、また体に異変が起きた。
今回は顔がむずむず痒い。
ただ、その代わりにさっきまでの疲労が嘘みたいに消えた。
水面を覗くと、映った俺の顔は獣に近づいていた。
5000字到達のサインだ。
うーん、今回ばかりは結構ショックだなあ。
だがこれで確信した。
体に変化が起きると、同時に体力が全回復する。
解説は省略、各自で読み返してくれ。
「卍郎、その姿!」
イチが驚いた様子で話しかけてきた。
当然だ、いきなり顔面が変わったんだから。
ところが、イチの反応はかなり好意的だった。
「卍郎、男前、変化」
優しめに評価してなんとかフツメンの俺が……男前!?
俺にそんなこと言ってくれた人、今までばーちゃんだけだった。
嬉しい。でも、イチにとってイケメンに見えるということはかなり獣人に近づいたってことだ。
「獣人、変化、嫌……?」
俺の心情を汲み取ったイチは寂しげな様子を見せた。
そんなイチが、この上なく愛おしく見えたことに驚く。
そうか、心まで獣人になりつつあるのか。
肉しか好んで食べないようになって、豹の獣人であるイチがものすごく可愛く思えてくる。
どうやら俺は何らかの肉食獣になりかけているようだ。
感傷的なのはこの辺で切り上げて、さっさと隠れ里に向かおう。
道中では涼しい顔で魔物相手に無双しているが、実は思考が「肉食べたいな〜」と「イチ可愛いな〜」に支配されそうになるのを必死で抑えている。
山を半分ぐらい登りもう少しで隠れ里につくというところで、妙な場面に遭遇した。
巨鳥の魔物が、集団で山道の真ん中に落ちた何かをついばんでいる。
「巨鳥、小猿、襲撃」
さすが、イチは視力がいいな。
「可哀想だし助けてやるか」
俺たちが救助のために近づくと、小猿はこちらに気づいた。
「あっ! そこのお二方、助けてほしいでヤンス!」
「イチ、やっぱ無視だ」
「同意」
「ひどいでヤンス! ひどいでヤンス!」
こんな語尾野郎を助けたらロクなことにならない。
「オイラは隠れ里の族長の孫でヤンス! 恩を売っておいた方が得でヤンスよお! あと隠れ里は族長に承認されなければ入れないでヤンス!」
「くそっ……」
それは卑怯では? と思いながら渋々鳥どもを追い払った。
「ふぃ〜、助かったでヤンス。お礼に何かオイラにできることはないでヤンスか?」
「その語尾をやめてくれ」
「それは無理でヤンス〜」
この小猿、言動の一つ一つが心底ウザい。
「申し遅れたでヤンス、オイラの名前はフランシス・ハヤシライス・ヒヤシンス、愛称は」
「ヤンスって呼ぶからいいよ」
「なんでわかったでヤンスか!?」
こいつの声を聞いてると手足が痒い、蕁麻疹ができそうだ……と思っていたら、毛むくじゃらに変化していた。
あーあ、こいつのせいで6000字到達だ。
「お名前を聞いてもよろしいでヤンスか」
「マンジロウ」
「……マンジロウのアニキぃ〜♡」
「二度と喋んな!」
こうして、俺たちは邪神以上の巨悪を拾いながら隠れ里に着いた。
本当にコイツやばいんだって。
俺とイチは無言で戦ってるのに、
「いやぁ、オイラが万全の状態なら加勢できたでヤンスけどねえ、申し訳ないでヤンスねえ」
なんて独り言を言いやがる。
正直気絶させてやりたかったが、族長の孫の肩書きが邪魔で耐えることしかできなかった。
隠れ里の入り口に着いた。
ヤンスが壁の突起を押し込むと、ピンポーンという音がしてから、どこからか声が聞こえた。
『何者だ』
「ヤンスでヤンス!」
その後、門が自動で開いた。
……族長の承認って、これただのインターホンじゃねえか!
隠れ里ならもっとナチュラルな暮らしをしろ。
隠れ里の族長は爺さんゴリラだった。
「孫が世話になった。旅人よ、何の目的でこのような秘境へ」
状況を説明すると、族長は困った顔をした。
「ふむ、邪神の封印を解きとどめを刺すと。是非とも力になりたいが、この老いぼれは腰を痛めてしまってな」
族長が言うには、邪神は隠れ里から離れた場所に封印されていて、その封印は族長の一族にしか解けないそうだ。
……なんかすっげえ嫌な予感するぞ。
「フランシス、お前が行け。マンジロウ殿に恩を返しなさい」
「もちろんでヤンス!」
ほらあ!
しかし、こうなってはやむを得ない。
とりあえず、あの呼び方を毎回されると終わるのでそこは真剣にお願いした。
「じゃあ兄貴って呼ぶでヤンス」
ウザいけど悪い奴じゃないし、ここは割り切って上手く付き合おう。
「ところで族長、邪神はどこに封印されてるんですか」
「山を降りてまっすぐ東に進むとニーバンメ大陸の最東に」
「地図を書いてください」
「これでどうだ」
「ありがとうございます」
一泊し、翌朝古代のほこらを目指して隠れ里を出た。
しかしここで問題が起きた。
ヤンスが「万全の状態」になってしまったのだ。
昨日は戦わないくせに口を出してくる猿だったのが……
「地獄の業火よ、神に抗いし愚かな魂を焼き尽くせ……ディシプリンオブヘル!」ゴオオオオオォ!!
最悪。その効果音何?
そして今ので7000文字を超えた。
「卍郎、体毛、増加」
「フッサフサでヤンス!」
もう体の変化にはコメントしない。
俺極力喋らない。
こうして黙って歩くこと一日。
「兄貴、ハロワ神殿に寄りたいでヤンス!」
「何それ」
「職業を変えられるでヤンスよ! オイラ、魔法使いとして十分経験を積んだからウォーロックに昇格したいでヤンス!」
ふーん。
「いいよ」
「本気? 寄り道、危険」
「大丈夫だ。行こう」
南下してハロワ神殿に到着した。
ウロチョロするヤンスの首根っこを掴み、神官の前にドサっと落とす。
「ここは職業を司るハロワ神殿。職業を変えるのかね?」
「今すぐこいつを無職にしてください」
「承った。神よ、この者を自然な姿に戻したまえ!」
「ええ!? なんででヤンスかああああーーーっ!!!」
ヤンスは 無職に なった!
「行くぞ」
「ちょっと、離すでヤンス! あんまりでヤンス〜!!」
これでヤンスは呪文が使えなくなったはずだ。
俺は再びヤンスを掴み、そそくさとハロワ神殿を出た。
古代のほこらへの道のりへ戻ると、何もない平野にぽつりと立っている幼女が見えた。
進行方向にいるけど、魔物も出るのに幼女が一人とか怪しすぎる。
ちょっと迂回して避けよう。
『ねえ、そこのお兄ちゃん!』
げっ、バレた。
ていうか視認範囲広っ、声デカっ。
……いや違う、こいつ脳内に直接語りかけている。
『ちょっと、無視しないで。こっち来てくれないと語尾にwをいっぱいつけるよ?』
「そんな、草だけはご勘弁を!」
泣く泣く幼女の元へ向かった。
「お兄ちゃんたち、邪神を倒しに行くんでしょ?」
近づくと幼女はテレパシーをやめて直接喋るようになった。
俺は頷く。
「じゃあいいものあーげる! はいっ」
幼女は俺の腹に魔法のような白い光を撃ち込んだ。
すると、なんだか力がみなぎってきた。
「特別に禁断の呪文を使えるようにしてあげたよ! 『ボム』って言えば発動するからねっ」
「どんな呪文?」
「自分の命を犠牲に大爆発を起こして、敵味方関係なく消しとばす呪文だよーん」
「要らな……」
ボムを出すんじゃなくて、俺自身がボムになるということかよ。
「弱そうな響きだけど、威力は本物だから邪神も一撃で殺れるからね!」
だとしても使わねえよ! 俺が死んだら意味ねえから!
というか、今後うっかりボムと言ったら死ぬじゃん!
「頑張ってね、応援してるよ!」
幼女に見送られてまた歩き出した。
くそっ、とんだ罠イベントだった。
「うっ」
突如、全身に痛みが走った。
体が完全に別物に作り替えられるような感覚。
その感覚の通り、俺の骨格は獣のそれになっていた。
とうとう8000字に到達したんだ。
「卍郎、白い虎、美しい」
「えー、最初はもうちょっとオイラと似てたのにすっかり別物で寂しいでヤンスよ」
虎に変化する男って、何か嫌だなあ。
詩なんか詠まないぞ。
ともかく、残り1900字ぐらいで邪神を倒さなくては。
古代のほこらに着いた。
ここに設置された龍の宝珠を使ってドラゴンを呼び、それに乗って世界の最東端にある島に行く。
そこが邪神封印の地だという。
いかにも固く閉ざされていそうな入り口だったが俺が触れるとすんなり開いた。
真ん中の台座に置かれた赤い球に触れる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
ムービーを スキップ しますか?
▷はい いいえ
暗転の後、いつの間にかドラゴンの背中に乗って飛んでいた。
「うわあああ、何が起こったでヤンスか!? 飛んでるでヤンスぅぅ!」
「喋んな」
この際手段は選んでいられない。
全力で意識を殺し、気がつけば最果ての島に着いてたことにした。
ドラゴンに乗らないと行けないだけあって高い山に囲まれている。
島の中央部には露骨な魔法陣が。
ヤンスがそこに向かって走っていった。
封印を解くのだろう。
ムービーを スキップ しますか?
▷はい いいえ
「そんなっ、オイラの見せ場が!!」
色々すっ飛ばして邪神との戦いが始まった。
見た目は巨大なピエロ系トーテムポールとでも言っておく。
数分後。
俺たちは邪神を甘く見ていた。
こちらの攻撃は全く効かず、一方的に大打撃を受けた。
文字数ばかり気にして急いだせいで鍛錬が足りなかったんだ。
いまに全滅する。
いや、待て。
完結の条件は「邪神の撃破」、俺の生死は問われていない。
そしてさっき覚えた自爆呪文。
これだ!
ボムで邪神と相討ちになれば元の世界に帰れるはず。
ただ、そうなるとイチとヤンスも間違いなく死ぬ。
……嫌だ。俺はすっかり二人に愛着が湧いていた。
しかし時間を稼いで二人を逃がす体力は……ははっ、あったじゃん。
体力を全快させる方法がよお!
「うおおおおおおおおお!!!!」
「卍郎!? 節約!」
「わざとだ! お前ら早く逃げろ!」
「兄貴、まさかあの呪文を」
「嫌! 私、生死、共に」
俺は黙って首を横に振った。
イチの目から涙が溢れる。
ヤンスは何も言わずイチの手を引っ張っていった。
これでいい。
しかし邪神が逃がすはずがなく、二人に攻撃を仕掛ける。
「させるか! お前の相手は俺一人だ!」
その時、顔に奇妙な感覚がすると共に全身に力がみなぎってきた。
来た、9000字到達!
嬉しいことに今回はただの全快ではなさそうだ。
確実にパワーアップした感覚がある。
おそらく、俺が白虎の獣人として「完成」したんだろう。
この力で、イチもヤンスも救ってみせる!
俺は邪神の前に立ちはだかり、斬りつけた。
……怯んだ!
「今だ、ドラゴンに乗ってできるだけ遠くへ!」
「嫌!」
「イチ、頼む。お前に死んでほしくない」
イチは首をぶんぶん横に振る。
このままだと納得してくれなさそうなので、言葉を付け加える。
「俺だって死なないからさ」
「……約束?」
「うん、約束」
俺がそう言うと、イチはドラゴンに乗ってくれた。
早く飛び立ってくれと思っていたが、ヤンスがイチに耳打ちした。
「知ってるでヤンスよ、イチの姉御が兄貴のためにずっと言いたいことを我慢してたって。……最後ぐらい好きなこと言ったって罪は無いでヤンス」
……? 何の話をしたんだ。
ヤンスの話を聞き終えたイチは、こちらまで届く大きな声で喋り出した。
「私、卍郎、好き!」
そういい終えるとドラゴンは羽ばたいた。
俺は邪神の方に向き直る。
「……俺も」
こうして、俺はたった一人で最後の戦いを始めた。
強化された体とはいえ、圧倒的な力の差は埋められず徐々に押されつつある。
やはり倒すには自爆以外ない。
空を見上げると、二人を乗せたドラゴンはすっかり見えなくなっていた。
そろそろ潮時だな。
俺は邪神の懐に一気に潜り込み、迷いなくあの呪文を唱える。
「ボム」
俺が最後に見たのは、目が焼けそうなぐらい眩しい白い光だった。
☆
「まさか本当に倒すとは。それにしても調整をミスってどう足掻いても邪神が倒せない設計だと気づいた時は焦ったわい。大急ぎで救済策を渡したが、気づいてもらえてよかったのお」
「さて、彼の魂を元の世界に……おや?」
「なるほど、どうやら彼の物語はまだ終わっていなかったようじゃ」
☆
「嘘つき。死なない、約束した」
「ここはオイラに任せるでヤンス。リザレクション! ……あれ? リザレクション! ……リザ」
「文字数を無駄にするな!」
「卍郎!?」
視界には涙目のイチとヤンスがいた。
「オイラの蘇生魔法でヤンス! あの後大急ぎでハロワ神殿に向かって、僧侶に転職してきたでヤンスよ」
「まだ何も聞いてねえよ。でも、ありがとう……っておい、二人とも飛びつくなっ! 重い!」
何はともあれ、めでたし、めでたし。