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4:悪役令嬢のリミヤ




 死に戻り一日目からハルノとキヨと再会できた。

 まだ出だしに過ぎないが、順調なスタートを切れた気がする。


「ご機嫌だな、ジン。何か良いことでもあったのか?」


 夜の九時過ぎぐらいに父さんは遅番から帰ってきた。

 夕食を温めてやっていると、背中越しに質問が飛んできた。


「友達ができたんだ」

「友達!?」


 振り返ってそう告げると、父さんの目からだばーっと涙が滝のように流れていく。

 本当の歴史だと学校でハルノとキヨと出会うまで俺に友達はいなかった。

 父さんはいつもそんな俺を心配していたんだ。

 ……今思い返すと、最後まで心配をかけたまま父さんを死なせてしまったんだな。


「さすが俺の子だ! 今朝言われたことをもう行動に移すとは!」

「あ、あはは。父さんに、心配かけないようにしようと思って」

「ジン! 母さん、父さんたちの息子がこんなにも賢くて健気で愛しくて、しんどい……!」


 父さんは壁にかけた、もうこの世には居ない母さんの写真に向かって話しかけた。


「で、ジンの初めての友達はどんな子だ?」

「ふ、二人とも優しい子だよ。ハルノとキヨっていうんだ」

「ハルノ……! ハルノ・ヴェルグラか?」


 父さんの言う通り、ハルノの姓はヴェルグラだ。

 ヴェルグラ家は国内でも随一の名門貴族。

 剣と魔法。

 どちらの分野でもいつもこの一族が台頭してくる。

 ヴェルグラ家の屋敷は城下町のはずれにある。

 百人以上に及ぶ一族の人間は、みんなそこにある大きな屋敷で暮らしていた。


「そうだけど父さん、なんでハルノを知ってるの?」


 ハルノはヴェルグラ家の人間ではあるが……

 屋敷から追放され、祖母と二人で貧しく暮らしていた。

 優秀だったハルノの両親が他界したタイミング。

 それを狙った連中の覇権争いに巻き込まれたのだ。

 子供のうちに芽を潰そうと、ハルノは一族から追い出された。


「ヴェルグラ家は、ジンもわかるだろ?」


 それから父さんはハルノの境遇について、一から説明し始めた。

 その中には、知らない話もあった。


「彼女の父親は父さんの仕事仲間で、学生時代からのライバルでもあった」


 元の歴史でハルノと俺が友達になった時。

 父さんはもうこの世には居なかった。

 だからこの話を聞くのは初めてだったのだ。


「両親の死や一族の争い……たくさんの傷を負ってきた子だ。友達として、しっかり彼女を支えてやってくれ」

「……うん、もちろんだよ」


 その為に帰ってきたんだからな。






「ハルノ、最近付き合い悪いんじゃない?」

「だ、だって、みんなキヨのこと仲間に入れてくれないじゃない」

「当然よ。あんな竜の血が入った……獣が友達だなんて。ハルノの気は確か?」

「! キヨは、獣なんかじゃない!」


 今日も街に向かえば早速、ハルノといじめっ子たちが争ってる場面に出会してしまった。

 ハルノは、竜人であるキヨを差別してくる他の子供たちと仲違いしたんだっけな。

 出会った時から、いつもハルノはキヨとしかつるんでいなかった。


「獣とつるむって言うんなら、ハルノはもう私たちの友達じゃないわ」

「なっ……」

「私の言うことを聞かない友達は要らないもの」


 おいおい。

 なんだこの自分が世界の中心だと思ってる女は?


「両親も居ない、屋敷から追放された落ちこぼれと、そのペットとはみんなも関わらないようにしなさい」


 リーダー格の少女は取り巻きを見渡すとそう言った。

 ハルノはぎゅっと手を握り締め、俯いている。

 ……この野郎、許せねえ。


「おい、やめろよ」


 俺はハルノの正面に立っていた女の肩を掴んだ。

 だが振り返ったその顔を見て、俺は思わず息を呑んだ。


「誰?」


 きりっと釣り上がった目、エメラルド色の瞳、薔薇のような赤い髪。

 幼い姿だが、彼女はまぎれもなく、パーティの一人にして俺をこの世界に送り出した魔導士・リミヤだった。


「リミヤ!」


 そう。元は彼女、俺やハルノと何度もぶつかりあってきた因縁の相手だったのだ。

 色々あって和解したが……

 当初の俺たちの関係は『最悪』だったんだ。


「何度か仲間に誘っても入ってこなかった、副団長の息子……ジンね」


 副団長というのは父さんのことだ。

 父さんは俺たちの住む城下町の騎士団で、副団長を務めていた。

 そして当時の俺は……

 リミヤが牛耳ってるグループに何度も誘われては、断っていたのだ。


「ジン……」


 ハルノは口元を手で覆いながら、驚いたように俺を見ている。

 リミヤは中流貴族のお嬢様で、ここらの子供たちの中では誰も逆らえない存在だったからな。

 他のみんなも固唾を呑みながら俺たちを見ている。


「なぜわざわざハルノを傷つける言葉を選ぶ? 獣はお前の方だ」

「私が、獣?」

「自分勝手に、人を傷つけるために言葉をふるう、知性の欠片もねえ獣だ」

「……ふふ。そんなことを言われたのは私、初めてだわ」


 リミヤは優雅に微笑むと、俺の言葉をかわしてきた。




〝ジン、あんた、死に戻りなさい〟





 俺を助けてくれた、元の世界のリミヤを思い出す。


 こんな気持ち悪い、嘘の笑顔なんて見せなかった。

 真正面から俺に向き合ってくれた大切な仲間だ。


「やめろよ、その下手くそな笑顔」


 ぐにっと、思わず俺はリミヤの両頬を掴んでいた。


「は、はあ?」


 やっべ、思わず元の世界でリミヤと絡んでた時のノリになっちまった!

 リミヤが信じられないと言わんばかりに、目を見開いている。

 ハルノなんか目が点になってやがる。


「貴様! さっきからリミヤ様に対して不敬だぞ!」


 取り巻きグループには、確かリミヤの家の使用人も混ざっていたはずだ。

 恐らく、こいつがその使用人の一人だろう。

 金髪を七三に分けていて、執事服を着ているがきんちょで、体格的に俺たちよりも少し年上に見える。

 こいつは、今後は七三金髪野郎と呼ぶことにしよう。


「ハルノ、行こうぜ」

「えっ!? ちょ、ちょっと!」


 俺はハルノの右手を握ると、リミヤたちに背を向けて走り始めた。


「待て! リミヤ様を侮辱したままでは帰らせん!」


 七三金髪野郎の吠える声が聞こえてくる。


「ファイラロウ!」


 おいおい、炎の魔法じゃねえか!

 背を向けてる相手に向かって、攻撃魔法を放ってくるとは……。

 リミヤの家は使用人にどんな教育をしてやがる。


「ジン! 魔法が……!」

「大丈夫だ。お前は俺の後ろに下がってろ」


 慌てるハルノを背後に隠すと、俺は練習用の木刀を抜いた。

 何かあった時にハルノを守れるよう持ってきたのだ。


「何かしらその木刀は? 炎の魔法に対して何ができるっていうの?」


 リミヤが言うように、炎の矢を放つ魔法と木刀は相性が悪いだろうな。

 しかも七三金髪野郎、その年頃にしてはやるじゃねえか。

 数本の炎の矢を一度に出してみせるとは。


「ま、俺には全然、関係ねえが!」

「……!?」


 ま、相性が悪かろうと、矢が数本こようが何百本こようが関係ねえんだけどな!

 木刀を一度振れば、空を切る音が一つ。

 それで終わりだ。

 俺の元に矢が届くことは、ない。


「なっ!?」


 魔法の矢はたったそれだけで、跡形もなく、どこにもなくなってしまうのだから。


「矢が消えた……!?」


 リミヤの他の取り巻きたちが、きょろきょろと辺りを見渡して騒ぎ始めた。


「き、貴様、何をした!?」

「いえいえ、なんもしてねえっすよ」

「そんな馬鹿な! 私の魔法は完璧だったはずだ!」


 七三金髪野郎が俺を指さしながら、額に汗を滲ませている。

 自分の魔法は確かに成功している、なのに突然消えた。

 得体の知れない恐怖に襲われているのだろう。


「あー、風で消えたんじゃ? 誕生日ケーキの火も、ちょっとの風で消えるだろ? あれと同じ原理だ」

「誰の魔法が誕生日ケーキの火だ! 馬鹿にしてんのか!? お前が何かやったとしか思えん!」

「いやいや、本当に俺なんもしてないんで。あ、もう三時のおやつの時間だあ、帰らなきゃ!」


 行くぞハルノと、俺はまたハルノの手をとって走り出した。

 今度は俺たちを止める奴は誰も居なかったのだった。


「リミヤ様……も、申し訳ありません。あの者を止めることができず」

「しょうがないわ、あんな術を持ってるとはね。アラン、あいつのことを調べておきなさい。なぜハルノに突然肩入れし始めたのかも気になるわ」








「ジン、痛いっ、手……」

「あっ、わ、わりい」

「はあ、はあ……しかも、足めちゃくちゃ速いし」


 ハルノは立ち止まると、肩で息をしながら苦しそうにしていた。

 赤くなった自分の手首を掴みながら、涙目で俺のことを睨んでくる。


 しまった!

 ついつい、いつものペースで走っちまったがハルノは子供なんだ。


「ジンってすごかったんだね。魔法を消しちゃうし、口喧嘩もできるし足も速い。変な子って思ってたけど、ちょっと見直した」


 だが、ハルノの口から出てきたのは俺を賛辞する言葉たちだった。


「助けてくれてありがとう」


 そう言ってハルノは、初めて心からの笑顔を俺に見せてくれたのだった。




〝ジン。いつも助けてくれて、ありがとう……でも、もうだめみたい……ごめんね〟




 元の世界でのハルノとの記憶が蘇ってくる。


 違うんだハルノ。

 いつも、結局最後に助けられていたのは俺の方なんだよ。


「なんかあったら俺を呼べ。いつでも、必ず助けに駆け付けるから」

「……やっぱり変な子。格好良いこと言ってるのに、なんでまた泣きそうなの?」


 ハルノは俺の目に指をそえると、また呆れたように小さく笑ったのだった。







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