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3:もう一度、はじめましてから始めよう




「んー、久しぶりの遅番最高! お、野菜の焼けるいい匂い!」


 大きく伸びをしながら父さんがリビングに入ってきた。

 テーブルを見ると、花咲くような満面の笑みを浮かべて席につく。


「シチューじゃないか! 朝シチュー最高! 父さん大好物だぞ!」


 この時代の俺は、朝早く出かけて夜遅くに帰ってくる父さんの為に家事全般を行っていた。


 だが中身の25歳の俺はというとだ。

 実は料理するのはかなり久しぶりだった。

 魔王討伐の旅では、女性陣が腕をふるってくれていたからな。


「ジンのできたてのご飯を食べてから出かけられるのは、久しぶりだからなあ! 嬉しいなあ父さん」

「よ、よかったあ」


 いただきますと父さんは手を合わせると、俺のつくった朝ご飯を食べ始めた。


「ジンの料理はやっぱり最高だな!」


 父さんはくーっと親指を立てて、きらりと歯を輝かせた。

 朝からテンションたっけーなこの人!


 特段何か言われることもなく、父さんは俺の料理を完食した。

 ボロが出るようなことはなかったみてえだ。

 よかった……。


「そういえばジン、聞いたぞ。今日ゆっくり話せるから言うが……近所の子たちに遊びに誘われたら、全て断っているそうだな」


 緩んでいた表情をきりっとさせ、父さんは俺の顔を真っ直ぐ見た。


 そうだ。

 この頃の俺といえば父さんのような騎士になるんだと、友達づくりなんてせずに夢中で剣を振るってたな。

 父さんが生きていた頃は真面目にやっていたが……

 後から俺は、ろくに努力もしないクズ野郎になっていったんだ。


「心配かけてごめんなさい……僕、もっとみんなと仲良くするよ」

「ジンっ!!」


 目をうるうるさせ、父さんの顔を見た。

 はい、一撃!

 これ以上父さんはもう何も言ってこなかったのだった。

 どちらにせよ、父さんに言われなくてもそのつもりだったのだ。


 ハルノに早く会いたかったから。


 元の世界では父さんに注意されても、近所の子たちと仲良くなることはなかった。

 だからその分、ハルノと出会うのが学校に入学してからと遅くなってしまったんだ。


 『少し出会いをずらせば、もしかしたら何かが変わるかもしれない』


 みんなで考えた計画・A-6作戦だ。







 父さんを見送ってから食事の片付けを終え、俺は町へ出かけることにした。


「待ってろよ、ハルノ」


 昔の記憶を頼りに、ハルノが住んでいた家の辺りを目指して歩き始めた。

 ただハルノを救うと決意して戻ってきたものの……

 ハルノと、以前と違う出会い方をすることに酷く不安を感じている。

 大きく歴史は変わり、自分の記憶を頼れなくなっていくだろう。

 前とは全く違った関係になって突き放されてしまったら、どうしようか?

 様々な不安が浮かぶ度に、パーティのみんなと考えた計画を思い出して抑えつける。

 みんなとの計画は、俺にとってある種のお守りのようになっていた。


「ハルノ! 待たんか!」


 そんな不安をよそに……

 俺が探し求めていた張本人の名前が、いきなり飛び込んできた。

 おいおい、ここはハルノの家の近くじゃなく飲食店が立ち並ぶ王城前通りなのに!

 なんでこんな所に居るんだよ!

 こ、心の準備ができてねえぞ!


「説教長すぎ! 悪かったってふざけてたのはー!」


 おっさんに怒られながら、うさぎのようにぴょこぴょこと走ってくる、明朗快活な女の子がそこには居た。


 太陽のような橙色の髪に、一番明るい空を切り取ったような青い瞳。

 周りに居る人間も元気にさせてしまうような、エネルギーを感じさせる容姿の女の子だった。


 けれど死ぬ時は一瞬で、俺は二度も彼女の良いところが全て奪われた姿を見てきた。

 しかし今。

 二度と会えないと思っていたハルノは確かにそこに生きていた。


「ハルノ……っ!」


 追いかけられながら、ハルノは俺の横を髪を振りまきながら走り去っていく。


「え? 私の名前、呼んだ?」


 驚いたように俺の方を振り返るハルノと目が合った。

 これが二度目の俺たちの出会いだった。


「捕まえたぞ、馬鹿ガキ!」

「げっ」


 そしてハルノはおっさんに捕まり、連れていかれる羽目になった。






「あんたのせいよ、捕まったの」


 説教からようやく解放されたハルノを、俺は後ろから様子を見ながら待っていた。

 俺を見つけるやすぐ、ぷくーっと頬を膨らませ、ハルノは睨んできた。


「ねえ、なんで私の名前を知ってるの? 会ったことないよね?」


 言い訳を考えようと頭を回すがなかなか言葉が出てこない。

 というより……


「なっ、なに泣いてるの!?」


 涙が込み上げてきて、うまく喋れそうにないんですけど!


 ハルノを殺めてしまってから何度も俺はその時のことを夢に見た。

 斬ってしまった時の感触だって残ってた。

 そんなハルノがやっと、幼い姿ではあるけれど目の前に居る。


「変な子……ほら、貸してあげる」


 呆れながらハルノは俺にハンカチを差し出した。

 中身は25歳のおっさんの俺が、5歳の女の子に気を遣われている。

 しかも過去の俺はハルノに面倒を見られたことなんてなく、むしろ逆だったのに。




〝おい、何泣いてんだよ。泣くな〟

〝ジン……見ないで! っ、うう、ばかあ!〟

〝心配してんのに、ばかあってなんだよ……〟




 ハルノが授業や試験で悔しい思いをするたび、泣いていたのを呆れながら見ていた。


「ハルノ。お説教おじさんからは逃げられた?」

「キヨ!」


 ハルノが笑顔で振り返った相手は、俺もよく知っている人物だった。


 キヨ。竜の血を引いている竜人。

 俺とハルノの、もう一人の幼馴染だ。

 ……キヨも俺が勇者となったあの未来では、とある理由で死んでしまったんだ。


「捕まって、ずっと説教されてたわ。この子のせいで」


 じとーっとうらめしげにハルノはまた俺を睨む。

 キヨは首を傾げながら、物珍しそうに俺を見た。


「この子は?」

「今初めて会ったの。でも私の名前を知ってるの!」

「ハルノが昔いじめた子だとか?」

「そ、そんなことしないわ!」

「だって泣いてるからさ」


 キヨはハルノが俺を泣かせたんだと思ったらしい。

 まあ、この状況じゃあそう思うわ。


「すまん、俺が勝手に泣いただけだから……街中でたまに見かけてて知ってたんだ。この涙はそのだな……あー、生き別れの妹にお前が似てるからだ」

「はあ?」


 ハルノは信じられないと言わんばかりに腰に手を当て、さらに疑いの眼で見てくる。

 さすがの5歳児でも、この酷い嘘には騙されねえか。


「まあまあ、ハルノ。信じてあげようよ」

「もう、キヨは優しいんだから」

「彼から感じとれる、悲しさと嬉しさの感情は本物だと思うから」


 ありがとうキヨと、言葉が出そうになったのをギリギリ堪える。


 危ねえ、キヨのことまでなぜ知っているんだと、さらに騒がれちまう。


 キヨは昔からこうだった。

 俺とハルノは水と油のように考えや思いがまじわらないことも多かったんだ。

 そんな俺たちの仲をいつも取り持ってくれた。


「君、名前はなんていうの?」

「俺は……ジン」

「ジン、よろしく。僕はキヨだ」


 昔、初めて会った時と同じように、キヨは俺に手を差し出してきた。




〝よろしくね、ジン〟

〝……よろしく〟




 七歳になって学校に入学してから、本当はキヨとも出会った。

 その時の記憶がぼんやりと蘇ってくる。


「よろしく!」


 ゆっくりとキヨの手を握ればあったかくて、俺が最後に握ったキヨの手と全然違った。

 ハルノもキヨも、最後は二人とも冷たい空っぽの人形になっちまった。


 けど、まだ違う。


「ほら、ハルノも」

「ええっ! なんで私までこの怪しい子と仲良くならなきゃ」

「よろしく」

「ちょっと、勝手に人の手を握らないでくれる!? しかも力、つよ!」


 感極まって思わず、強く握り締めてしまった。

 呆れながらもハルノは少しだけ俺の手を握り返してくれた。


 もうこの二人に元の世界のような結末は迎えさせない。

 今度こそ俺が守ってみせるんだ。





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