2:竜人のキヨ/ハルノ視点
〝ハルノちゃん。ハルノちゃんのお父さんとお母さんはね、それはそれはすごかったのよ〟
両親は物心ついた時にはもう居なかった。
父は騎士。
母は白魔道士。
どちらも優秀で、色んな騎士団や軍隊からスカウトされていたとお婆ちゃんから聞いた。
〝ハルノのお父さんとお母さん、すごい人だったんだ……!〟
でもこの世界は優秀な人ほど長生きできない。
数年前の戦争で、二人とも還らぬ人になってしまった。
〝ええ、あの時もね……〟
お婆ちゃんは私を悲しませないよう、よく二人の話を私に聞かせた。
戦争の時、隣国の領土にされていた街を取り戻したこと。
瀕死だった王子の傷を癒して救い出し、王家から表彰されたこと。
〝お空で二人ともハルノちゃんのことを見守っているはずだから大丈夫。ハルノちゃんも必ずみんなから必要とされる素敵な騎士になれるわ〟
小さかった私にはその凄さの全てはわからなかったけれど。
お婆ちゃんが一生懸命、私を悲しませないように説明してくれるから。
その優しい気持ちも伝わってきてか……
二人の話を聞いてるといつも心が満たされるような気がした。
〝お母さん、今日の晩ご飯はなーにー?〟
〝そうねえ、昨日はお魚だったから、ハンバーグにしようかしらかねえ〟
でもね。
街中でこんな親子の他愛もない会話を耳にする時。
いつも私の胸はずきりと痛くなるの。
偉い人を救い出したりたくさんの人に感謝されなくてもいい。
一緒にご飯を食べたり、他愛もないものを見て笑ったり。
普通の親子のようなことを二人としてみたかった。
そんな風に思うんだ。
「じゃーんけーん、ぽんっ」
「わあ、負けた! じゃあハルノがお母さん役ね!」
三年後、七歳になったら学校に通うことになる。
この学校にまだ入学していない時期は近所の子と遊んだり、お婆ちゃんや近所の人たちの仕事のお手伝いをしていた。
「私がお母さん役……」
この日は初めて、仲間内との遊びのおままごとでじゃんけんに勝った。
一番やってみたかったお母さん役だ。
「はい、エプロン」
「あ、ありが……」
「ハルノにお母さん役なんてできるの?」
渡されたエプロンを手に取ろうとした時。
そんな声が聞こえてきて、私の喉はひゅっと音を立てた。
「お父さんとお母さんの居ないハルノに、できるのかしら?」
近所の子供たちの中でも、リーダー格の女の子が私を指差してそう言った。
親が居ないのは仲間内で私だけだった。
リーダー格とその取り巻きは気に食わないことがあればその事実を凶器のように取り出し、私に突きつけてきた。
「わ、私、お母さん役なんてやりたくないし、いいよ。あげる」
手渡されていたエプロンを突き返し、何も気にしてないようにへらりと笑った。
気にしてない素振りをするのが一番だ。
結局、おままごとでは私はご近所さん役。
リーダー格の女の子がとりまとめのお母さん役をした。
夕暮れを合図に解散し、家に向かって真っ直ぐ歩いていたけれど。
段々と悔しくて涙が込み上げてきた。
いつもは親がいないことを言われても涙が出てこないのに。
なんで今日に限って涙が出てくるんだろう?
そんなに私、お母さん役やりたかったのかな。
いや……それよりも、お母さんが居ないと、良いお母さんになれないって言われたことが悲しかったんだ。
「っ、ぐす、う、うぅ、っ」
誰かにこんな泣いているところを見られたくない。
いじっぱりな私は急いで路地裏に駆け込んだ。
涙がひいてから家に帰ろう。
お婆ちゃんに心配をかけたくない。
「ねえ」
「!?」
住宅街の細い路地裏で目をこすっていた私に、頭上から声がふりかかった。
慌てて見上げると、電柱の上にすとんと座る小さな緑色の影が見える。
「なんで泣いてるの?」
「りゅ、竜?」
テディベアのようなサイズの、緑色の鱗を持った竜の子が私を見下ろしていた。
「綺麗……どうして竜がここに……」
滅多にお目にかかれる存在ではないはずだ。
狩猟は禁止されてるモンスターだけど、違法ハンターたちは今の時代も血眼になって探している。
裏の市場では、鱗や瞳などの素材は高額で取引されるとか……。
前に読んだ本に書いてあった。
「竜は竜でも、竜人さ」
竜はそう言うと、くるりと回転しながら電柱から落ちていく。
淡い白い光に包まれながらその姿が変わっていく。
「わあ……!」
地面に降り立つと竜は綺麗な顔をした、私と同じ歳ぐらいの子供の姿になっていたのだった。
白いローブの下から伸びる、緑色の長い髪。
長い睫毛、薄い唇。
首のところに少し残っている鱗が見えなければ、竜の子だとはわからない。
「爺さまが竜なんだ。だから僕も多少は変身できる」
「す、すごい! 初めて会った!」
「だろうね。僕も自分と同じような子には会ったことがない」
涙が引っ込んで良かったと、竜の子はにっこり笑った。
「あ……本当だ……」
「驚かしたら泣き止むかなって」
「……っ、ありがとう」
嬉しさと恥ずかしさで、思わず頬が熱くなる。
「この街に引っ越してきたばかりなんだ。僕はキヨ。よかったら、僕と友達になってよ」
これが私とキヨとの出会い。
キヨは私のかけがえのない、初めての親友と呼べる友達だった。
この出会いが、私の人生を大きく変えてしまうことも。
これからもう一人の、大切な幼馴染との出会いが待ち受けていることも。
私はまだ知らない。