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11:アンリとルナール/ハルノ視点



「アンリ王子!?」

「あ、しまった」


 アンリ王子はそう言って、慌ててまた牛乳瓶の蓋眼鏡をかけ始めた。

 もう素顔を見てしまった今、違和感でしかないんですけど……。


「人違いです……っ、うええ」


 そう言って顔の前で手を振り、また気持ち悪くなり始めている。

 な、なんなのこの間抜けっぷりは!?

 本物のアンリ王子はパレードとかでしか見たことがなかったけど、印象が全然違う。


「いえ、どう見てもアンリ王子ですよね?」

「いやいや、違いますよ」

「じゃあここで叫びますから、違うならいいですよね。みなさん、アンリ王子がー!」

「あああああ! やめて!」


 慌てて私の口を塞ごうとしてくる。

 やっぱり本物だ!

 私は自由室の扉の前に行くと、内鍵をかけた。これで誰も来ないだろう。


「な、何が目的だい君は! 私の命か!?」

「色々、飛躍しすぎ! 違いますよ! 逆にこっちが聞きたいです、なんで一国の王子が護衛もつけずに」

「町の視察さ。国民と同じ目線になってみてわかるものもあるかと」

「よくばれずに街を回れてましたね?」

「いや、ばればれなんだ」


 ばればれ!?

 平然とした顔でとんでもないことを言うなこの人。まずいんじゃないのか?


「何度かこうして一人で外に出てるけど、毎回こんな感じでばれて。そろそろ出禁になりそうなんだ」


 そうよね、私にすらこの短時間でばれるぐらいだもの。

 はあとため息を吐いて眼鏡をとると、哀愁の漂う表情をしながら、王子はソファの上でぐったりした。


「なんだかいつもパレードでお見かけしていた印象と違います」

「君、私が王子だとわかってもはっきり言うね。面白くて結構。なんかね、礼装や鎧姿になってみんなの前に出ればスイッチ入るんだけど」

「そうじゃないと、こうなんですか」

「うん、ごめんね。君みたいな小さな子供の夢壊して。こんなんだし椅子で酔うなんて」


 別に夢までは見ていなかったけれど。

 大人って色々あるのねとは思ったわ。

 でもなんだか、話しやすくて良いかも。王子様も人の子なんだ。


「あの、私、ちょうどアンリ王子に会いたいなって思ってたんです」

「あ、サイン? 握手?」

「違いますよ!」


 慣れた調子でアンリ王子は手を出してくる。

 ファンサービスもしっかり対応してくれるらしい。


「あるお医者さんを探してるんです」

「医者?」

「ルナール・ヴェルグラ。かつて聖医師と呼ばれていたヴェルグラ家の医療魔導士です」


 そう言うとアンリ王子の顔色が変わった。今度は悪い色ではなく、真剣なものに。

 思わずその切り替わりようにぞくりと背筋に寒気が走る。

 王下騎士団の先頭で馬を走らせ、大衆を惹きつける言葉をかける、王子の表情だ。


「なぜ彼のことを……君は何者だい?」

「それは私がヴェルグラ家の人間だからです。申し遅れました。私は、ハルノ・ヴェルグラと申します」

「ほう……ヴェルグラ家の人間か。この私に物怖じしない理由もわかった気がする」


 昔からあの家の人間は、王家だからと怖れず物申してくるところがあるからなと、アンリ王子はくつくつ笑った。


「今、屋敷からは出され、町の外れで暮らしてはおりますけどね」

「そうか、どうりで屋敷のお嬢様には見えなかったわけだ」

「えっ」


 アンリ王子はゆっくりと私の左頬に手を伸ばすと、指で泥を拭ってくれた。農園の手伝いの時についたんだきっと。

 も、もっと早く言ってほしかったという気持ちと、恥ずかしさで思わず頬に熱が走る。


「とんだおてんば娘がヴェルグラ家と聞いて驚いたが、何やら事情があるようだ」


 にっこりと目を細めて笑う顔も優雅で、思わずどきりとしてしまう。

 いつもの印象に戻るとやはり美しく格好良い、国民の憧れの王子様だ。


「……ただの覇権争いに巻き込まれただけです」

「いつもあの家の者たちは争っているからな」


 幼いのに苦労しているなと、アンリ王子は慈悲の色を宿した瞳で私の目をじっと見てきた。

 王族にしか流れていない、不思議な薄い紫色の瞳。突然切り替わったそのオーラ。

 やはりこの人は王子様だ。


「私の周りで、どうしてもルナールの治療を必要としている者がおります。その者の為に、彼の行方を探しているのです」


 私がそう言うと、アンリ王子はそうかと顎を手で触りながら、何か考え込んだ様子で頷いた。

 こんな言葉一つでルナールの居場所を教えてもらえるとは思っていないが、どう返してくるか?


「私も、彼の居場所がわからないのだよ」


 そんな……まさかアンリ王子が知らないとは思わなかった。

 いや、嘘をついている可能性もあるがどうなのだろう。


「でも、もしかしたら今日は、ついに会えるかもしれないと思い城から出て来た」


 と言うことは、城の中に捕らえられている可能性も考えていたが、そうではなかったのか?


「良いんですか、こんな大切な話をさっき会ったばっかりの私にして」

「では、私の独り言だと思って聞いておくれ」

「……はい」

「ありがとう。ルナールは……私の大切な友人であった。たった一人しか居ない親友だったのだ」


 アンリ王子とルナールは友達だった……

 なのにルナールは消え、ジンたちの話によれば彼の部屋は惨状と化していた。

 嫌な予感を抱きながら、私はアンリ王子の話に耳を傾けた。


「でも、彼が消えるきっかけを作ってしまったのもこの私だ」

「ルナールは、生きているんじゃ?」

「死んだも同然だ。誰も彼を認知できないようになってしまったのだから。そういう魔法なのだ。彼が魔法にかけられたきっかけを作ったのは私だ」


 認知できないようになる?

 なんなんだその魔法は……初めて聞く魔法だ。


「名前以外の彼の存在全てを、全員が忘れてしまう魔法さ。いや、正確には書き換えられているのか。親であるムロン侯爵ですら、自身が魔法にかかっていることに気付いていない」


 だからムロンおじさんは、占星術で居場所を突き止めようとしてもルナールの居場所がわからなかったんだ。

 占星術をやる時には、占う対象の情報が鍵となる。

 それが掻き乱されてることに気づいていないんだ。


「過去の写真もあると思うが、みんなに見えているものは本物の姿ではない。彼の存在を、術者以外は認知できないんだよ。だから私も彼を探してはいるが見つからないのだ」

「じゅ、術者は誰なんですか?」

「私の兄だ」


 アンリ王子の兄……

 第一王子がルナールを消した。

 一体、なんのために?


「なぜ彼が王家にとって邪魔になったのかは私も教えてもらえてはいない」

「アンリ王子は納得されているのですか?」

「納得していたら、こんな私らしくないことはしない。危険を冒すのは嫌いだ。護衛なしに出かけるなど本当は有り得ないと思ってる」


 町の視察だとか言ってこの人、きっと、自分が助けられなかった友達を探し歩いていたんだ。

 そしてあんな椅子にまで座ってみて、大変なことになったり……。


「もしかしたら会えるかもしれない予感って、なんなんですか?」


 尋ねるとアンリ王子は、私に意外な事実を伝え、最後にこう言った。


「何かの縁だ。良かったら共に来てくれないか。君が居ると、なんだかとても心強いんだ」


 そして私に手を差し伸ばしてきた。

 ……まさか、王子と一緒にあの因縁の屋敷を訪ねることになるなんて。




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