2:勇者になりたかった魔王
〝魔王討伐部隊の隊長に選ばれたぜ、ハルノ〟
冬の冷たい空気が溶け、うっすら暖かくなり始めた三の月。
柔らかい風に頬を撫でられながら彼女の墓前で手を合わせる。
しばらく来れなくなってしまうから、魔王討伐の旅の前日に花を供えに来たんだ。
〝しかも俺の仲間、すげえ奴らばっかりなんだよ! お前の親友のリミヤも居るだろ、あと、SSS級魔導士に、悪魔を呼べる召喚士。街一つ分先の的だって居抜ける弓使いに、斬れない身体を持った騎士も居るんだよ〟
この報告をした時には、俺は旅の終わりに待ち受ける残酷な事実など知る由もなかった。
〝俺が代わりにお前の夢を叶えるからさ。待っててくれよ〟
生前のハルノは男よりも腕っぷしの立つ女騎士だった。
世界の『災厄』を討つ者に与えられる称号・『勇者』に憧れていた、ちょっと変わった女の子だったんだ。
あいつの夢だった勇者に俺がなって代わりに夢を叶えてやるんだって。
隊長に任命された時は本当に嬉しかったっけな。
……でもこの墓の中に、彼女は存在していなかったんだ。
〝ハルノ……〟
〝そ、その人、ジン隊長たちの知り合いなんすか?〟
〝ジンの幼馴染。私の親友でもあった……なんで魔王の中身が、この子なの?〟
斬り殺した魔王から出てきた小さな女の子の肩を抱きかかえる。
この旅での最後の一振りが、彼女の命を『また』奪うことになったんだ。
〝ハルノ、なんでだよ、なんでお前が〟
魔王を討伐したことはすぐに伝心魔法で自国に知らせた。
みんなが喜びに包まれた奇跡の夜。
俺は、彼女を静かに土の中に還した。
魔王の正体は俺と仲間たち、六人だけの秘密にしようとなった。
国に帰ってからは毎日が引っ張りだこだった。
まずは王城内で行われる、勇者の称号の授与式から始まった。
「ジン・ブランシュ。貴公はこたびの戦において部隊を導き、魔王討伐という大いなる功績を残した。その功績を称え、貴公に『勇者』の称号を贈る。皆、彼に盛大なる拍手を!」
国王がそう呼びかけると、称号の授与式に参列していたお偉いさんたちは一斉に立ち上がり、大きく拍手をし始める。
ハルノの憧れていた『勇者』の称号を、ハルノの命を奪って俺は手に入れた。
パーティの仲間たちだけが浮かない顔をして、控えめな拍手をしていた。
「勇者様!」
「世界に光を取り戻してくださり、ありがとうございます!」
「勇者様、万歳!」
魔王討伐を祝うパレードや宴は連日のようにあって、無理して笑ったり勇者のように振る舞うたびに、俺の心は段々と壊れていった。
「君を見込んで、ぜひ縁談の提案がしたい。娘の婿として君を迎えたいと思っているんだ」
国王から王女の見合いを申し込まれた時には、もう何もかもがどうでも良くなっていて。
俺は自暴自棄になっていた。
断る気力すらなくその場に流されるまま、王女と見合いをすることになる。
「勇者様、魔王ってどんな姿をしてたんですの?」
王女は薄い唇を楽しそうに弾ませながら俺にそう聞いてみせた。
そこには悪意なんて一欠片もなく、彼女は純粋な好奇心で聞いてきている。
頭ではそうわかっているのにその場を取り繕うこともできないぐらい、俺の心は追い詰められていた。
返事もしないで抜け殻のようになっている俺を見て、慌てて彼女の付き人が割って入る。
「やはり昔から言われている、大きな角の生えた、悪魔のような姿なのでしょうか?」
「ふふ……なんですの爺や、その顔は。魔王の真似をしてるつもりなのかしら?」
くすくすと小さく肩を震わせ、桃色の髪を揺らしながら王女は笑った。
見合いの席でもこんな会話に挟まれ、俺は何度も心をもみくちゃにされた。
魔王はその名を語るのすらも恐ろしい存在だった。
笑い話にできるなんてな。
本当は良いことのはずなのに。
自ら作り出した平穏を、俺自身が一番、受け入れられなかった。
瞬く間に気づけばまた一ヶ月の時が経っていった。
俺が魔王と対峙してこの手で殺したのは、その年初めての雪が降った冬の日だった。
あれから二ヶ月経ちすっかり雪は解け、また彼女が居ない春が近づいてきていた。
一年前にハルノの墓参りで、旅に出る報告をした時にはこんなことになるとは思ってもいなかった。
「よくそんな心ここにあらず状態で王女と見合いできたな」
「すっかり痩せ細って。全然ご飯食べれてないんでしょ!」
久しぶりの予定のない日に家で寝込んでいた俺の元を訪ねて来たのは、パーティのジェイドとリミヤだった。
ベッドに腰掛けて項垂れる俺を、二人は腕を組んで見下ろしている。
「愛想笑いは得意なんだよ」
そう言ってにかっと笑うと二人はどん引きした顔で、一回鏡を見たらとため息をついた。
やめろその表情。
傷つくわ。
「嘘だよ。王女様にも心配されちまったよ。思い詰めた顔してるって」
優しい王女様はとんだ無礼を働いた俺を責めることもなく、協力できることはないかと気にかけてくれた。
慈悲深くて美しい。
こんな俺とは絶対に釣り合わない方だ。
「……なんでここまで努力してきたお前が、心から笑えねえ世界なんだろうな」
そんなの俺が聞きたい。
魔王を殺した=ハルノを殺した、このくそみたいな現実はなんなのかって。
「私たちね、考えたの」
「勇者一行から、失敗したら大罪人にまで落ちることになっちまうかもしれねえけどさ」
そう言って二人は俺に一冊の本を差し出した。
「ジン。あんた、死に戻りなさい」
ハルノを救ってなぜ彼女が魔王になったのか。
何が彼女を修羅の道に駆り立てたのか?
真相を突き止めろと、リミヤは俺に告げたのだった。