5:城下町の美少女殺人鬼
「ハルノ、もう陽が落ちる。今日はお開きにしようぜ」
「せっかく調子が上がってきたのに!」
「だーめだ。キヨ、こいつを途中まで送ってやってくれ」
リミヤとの一件から俺を認めたハルノは、翌日から家にキヨと押しかけてきて……
剣を教えろと騒ぎ始めた。
ハルノは俺が炎の矢を消した技を剣技だったと思っているのだ。
まあ剣技といえば剣技だが……本当は少し違う。
それを種明かしするつもりはまだないけどな。
「わかった。ハルノ! 帰るよ」
わーわー騒ぐハルノの襟首を掴むと、キヨはそのまま引っ張っていってくれた。
やる気なのは良いんだけどな……。
二人が帰った後、庭に座り込んで陽が落ちそうな橙色の空を見上げた。
涼しい風が俺の髪をさらさらとさらい、気持ち良さに目を細める。
ハルノを魔王にしない為にも、力をつけさせない選択も考えたが……
俺が教えなくてもこの先ハルノは学校に入る。
阻止しようとしてもハルノの力はきっとついていく。
その結果が、あの元の世界だった。
そして、ハルノが魔王になった理由。
それにはハルノが死んだと思って過ごしていた『あの数年間』が大きく鍵を握っている。
じゃあ、そもそもハルノの死を俺が阻止すれば?
もしくは『ハルノが死ぬことになった事件』に耐えられるぐらいの力を、ハルノがつけておけば?
俺たちは死に別れることもなく、魔王化も避けられるかもしれない。
今は元の世界でやらなかったことを積み重ねていくしかない。
「でも他にも、やることはあっからな」
ハルノを救うだけじゃない。
大切な仲間たちに託された願いも俺は叶えなきゃならねえんだ。
家に戻り、棚から黒のローブを取り出して着ると、俺は深くフードをかぶった。
「よし、行くか。死に戻り後の肩慣らしにはちょうど良い」
二十年前のこの日の夜から一週間。
俺たちの住む城下町は、ある恐怖に支配された。
通称『切り裂きジャック』
後世でそう語り継がれる連続殺人鬼がこの街に現れたんだ。
まさかその事件を阻止してくれなんて願いを託されるとは思わなかった。
あいつが『切り裂きジャック』と、そんな関係だったとはな……
一緒に魔王を倒しても、最強の勇者ご一行とかつがれようとも。
互いに知らないことは色々あるもんだ。
「確か最初の事件があったのは……この辺りの家だったな」
あったあった。
何の変哲もない二階建ての少し古びた一軒家だ。
まさかここが殺人事件現場になるとはな。
ここは一夜目の、第一被害者の家だ。
庭の茂みに隠れながらジャックが現れるのを待つことにする。
じっと息を潜めながら家を見張っていると、死に戻り前の作戦会議が蘇ってきた。
〝事件を解決すれば、ジンの株も上がるね!〟
〝神童なんて言われちゃったりね! 出世にも繋がるし一石二鳥じゃない?〟
〝でも犯人が被害者を殺さなくなったら、事件自体がなくなるから評価されなくね?〟
〝……ぎりぎり襲われているところを助けようぜ。そうすりゃ英雄だ!〟
〝さじ加減難しくね!?〟
子供時代から実績を出して出世するというのも計画の一つだ。
上の立場になればより情報が入ってくる。
ハルノを脅やかす存在を早めに排除できて、魔王化の原因にも辿り着けるかもしれない。
まず目指すは城下町騎士団の団長だろ。
最年少騎士団長の誕生!
そこからさらに、王下騎士団に入るのか理想的なプランだ。
ちなみに元の世界の俺は騎士団で働きたいという気持ちなんかなく。
ギルドへ適当に顔を出して小遣い稼ぎをする、人助けよりも賭博とアイドルが好きなクズなのであった。
ハルノの死を通し初めて、勇者を目指そうとお国に仕え始めたのだ。
だが、今世の俺は違う。
最初から勇者スタート!
この国を、いや、世界を守る前提で動く。
それがハルノを守ることになるはずだから。
「……!」
過去を回顧していると、がさりと物音が聞こえてきた。
七晩連続、七人の女性を殺した殺人鬼。
八日目の夜に騎士団にとらえられたジャックは、最後は城の下で公開処刑された。
俺が8歳の時だったな。
直接、奴の最後を見てはいないが。
今でもあの頃の、街の様子は覚えてる。
「来たな」
当時の新聞でしか見たことがなかったが、載っていた写真通りの風貌だ。
黒いロングコート、一番上のボタンまでしっかり留めて、赤いマフラーをつけている。
背中にチェーンソーを背負った銀髪の……
「くっそ美人だな、おい」
美少女。
それが、切り裂きジャックの正体だった。
陶器のような白い肌にすーっと通った鼻筋、くっきりとした二重幅、長い睫毛。
人形のような美少女だ。
元の世界でこの事実を知った時も、こんな美少女が犯人!? と驚いたもんだ。
まさか死刑になった美少女殺人鬼と、時を超えてご対面することになるとはな。
女はチェーンソーをドアに振りかざし大胆に破壊すると部屋に入って行った。
ドゴオッと大きな音を立てて、ドアが粉砕されていく。
随分、派手に入ってくな!?
俺はすかさず茂みから出て女の後を追った。
「なっ、なに!?」
「すみません。あなたのお命を頂戴するよう、言われておりまして……いただいてもよろしいでしょうか」
「は、はあ!? 良いわけないでしょう!」
家の中を覗くと、ピンク色のワンピースを着た小金持ちそうなおばさんが腰を抜かして座り込んでいる。
銀髪の美少女殺人鬼は眠そうな赤い目をじっとおばさんに向け、今にもチェーンソーを振り下ろそうとしていた。
「暗殺向きではねえよな、チェーンソーは」
「!? 誰だ?」
女は俺の声を聞くやいなや、すぐに振り返ったが、俺の姿を見ると構えていた力を少し抜いた。
「子供……?」
まあ、ちっこい子供が木刀片手に突っ立ってただけなわけで。
脅威でもなんでもねえと判断したのだろう。
「見られたのならしょうがない……ごめんね」
おばさんよりもガキの方が簡単に始末できると考えたのだろう。
女は俺に向かって、チェーンソーを振り下ろしながら飛びかかってきた。
「ひいいいいい!」
おばさんの絶叫と、チェーンソーの刃の音が部屋中に響き渡ったのはほんの一瞬だけ。
「え」
ぱかーんと気の抜けるような音がすると、からからといくつかに分断されたチェーンソーが床に転がっていたのだった。
「なっ!?」
眠たそうな顔をしていた女の目がみるみる驚きで刮目されていく。
「おばさん! 今のうちに逃げて……騎士団に通報してください!」
「わ、わかったわ!」
おばさんはぜえぜえと床を這いながら、奥のベランダから外に駆け出して行った。
「坊や、その木刀で一体何をしたの?」
俺がしたことは七三金髪野郎の魔法を消した時と変わらない。
木刀を一振り、ただそれだけだ。
「いいのか? そんな悠長に質問してて。騎士団が来ちゃうよ」
「あなたを始末する時間はまだあるわ」
そう簡単に引いてはくれねえか。
女はチェーンソーの代わりに、数本のナイフを取り出して俺に次々と投げつけ始めた。
「最初っからそっちの方が良かったんじゃねえか? それ、目立ってしょうがないと思うけど」
「良いの。チェーンソーは、私の流儀」
なーにが流儀だ。
俺はまた木刀を一振りした。
投げつけられたナイフを次々と微塵切りにしていく。
「またナイフが……あなた、ただの子供じゃない……」
「ううん、僕5ちゃいの子供」
「……なんだか今すっごく、寒気がしたわ」
女はぶるりと肩を震わせた。
そんな引かないでくれよ、切なくなるわ。
「騎士様、こちらです! 早くう!」
俺の後ろから、もうさっき騎士団を呼びに行ったおばさんの声が聞こえてくる。
この早さだと恐らく街を巡回していた騎士でも捕まえたんだろう。
「もう呼んできたというの? くっ……」
女はさっきおばさんが逃げる時に使ったベランダから身を投げ出し、出て行った。
今日はまだ泳がせてやる。
ジャックはまた明日、元の世界で二番目に襲った家に現れるだろう。
だってこの殺人は『彼女の意思』ではないから。
依頼主に依頼されてるはず、だからやめられないんだ。
「ま、何度来ても俺が阻止するけどな」