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【短編】「ざまぁみろ」と言われて追放された最弱魔剣士が、立場を逆転してざまぁ返しする話

作者: 立草岩央

「オスカー・ヒルベルト。何故、此処に呼ばれたか分かっているな?」

「いえ……領主様、何のお話ですか?」


辺境の領地であるトラスト領土。

その領主の屋敷に突如招集されたオスカーは、未だに状況を呑み込めずにいた。

良心に問い掛けるような物言いにも、全く心当たりはない。

昨日も攻め込んできた魔族を、冒険者として討伐しただけだ。

罪を犯す真似は一切していない。

するとオスカーを見下ろす領主、レライドはため息交じりに言う。


「君は最弱職でありながら、魔族を単騎撃破したなどというデマを流し続けている。私は何度も忠告してきた筈だ。そのような行いは看過できないと」

「そんな……魔族を倒した事は真実です。他の冒険者には手に負えないからと言われて、自分がソレを倒した。依頼してきた人達が、何よりの証拠になる筈です」

「何だと……!?」

「誰も手伝おうとしない。だから俺は自分の命を掛けて、皆を守ったんです。それをデマ呼ばわりなんて……悪質にも程があります」

「だ、黙れッ!」


レライドは目の前の机を叩いた。

重々しい音が部屋に鳴り響き、オスカーは目を逸らすだけだった。

溜め息をつきたい思いを、どうにか抑え込む。

まただ。

領主が向ける視線は、他の冒険者達と同じだった。

最弱と呼ばれるスキル、デバフ。

命中率悪し、成長率悪し、効力悪し、の三重苦を持つ。

有用なスキルが蔓延する中で、唯一と言っていい程の死にスキルだ。

そんなスキルを好んで扱う者は誰もいない。


しかし、オスカーだけは違った。

彼にはそれ以外のスキル適性がなかったのだ。

最弱職しか適性のない人物は、今まで存在したことがない。

全く力を扱えない人族として、皆がオスカーを無能と断じて虐げ続けた。

幼少の頃からその扱いは一切変わっていない。

領主もその者達と同じなのだろう。

レライドは息を荒げて、オスカーを指差した。


「最弱職の分際で……! 何の才能もない君が、そのような真似ができる筈がない! 君は村人から報酬を騙し取り、他の冒険者達の立場を貶めた! それは我が領土の治安を脅かすものだ! 許す訳にはいかん!」

「報酬は魔族を討伐して、正式に頂いたものです! それに最弱職が魔族を倒せない、なんて法則はありません!」

「ええい! 黙れと言っている! 今後この忠告を無視するなら、君は二度と冒険者として活動できんぞ! 分かったか!?」

「……冒険者、ですか。協力的な人はいませんでしたし、頭の固い人ばかりだった。身軽になれるなら、それでも構いませんよ」

「貴様ッ……!」


実際のところ、オスカーは冒険者として活動することに縛りを感じていた。

当初、彼はデバフを有効に扱える職だと考えていたが、周りの冒険者は目の前の領主と同じように、オスカーの力を信じようとも、認めようともしなかった。

どれだけ魔族を倒しても、最弱職にそんな真似ができる筈がないと一蹴される。

次第にインチキ呼ばわりされ、正当な報酬すら奪われる始末だ。

恐らく今回の招集も、冒険者の誰かが領主に告げ口したのだろう。

そんな場所にいる必要はない。

吐き捨てるようにオスカーが言うと、レライドは顔を真っ赤にした。

領主として、貴族としてのプライドが傷ついたのか。

言う事を聞かないオスカーに対し、彼は大きく声を上げる。


「ならば見せてやろう! 連れてこい!」


後方の扉が開け放たれる。

部屋に連れ込まれたのは、白髪の壮年男性だった。

両手を縄で縛られ、身動きが取れない状態になっている。

そしてその姿を見て、オスカーは思わず目を見開いた。


「オスカー! 無事だったか!」

「父さん!? 一体、どうして!?」


拘束されていたのはオスカーの父、ザカンだった。

何故、父が此処にいるのか。

混乱するオスカーに向けて、レライドは高らかに宣言する。


「お前達を横領・詐欺の容疑で投獄する! 勿論、冒険者の資格は剥奪だ! 望みが叶って良かったではないか!」

「本気ですか? 人の親を盾にするなんて……それが貴族のする事ですか!?」

「我々に逆らった報いだ! 親子仲良く、豚箱で後悔するが良い!」


人一人を貶めるために、他人の家族を盾にする所業。

人のする事とは到底思えなかった。

流石にそんな事をされては抵抗できる訳もない。

悔しそうに拳を握りしめるオスカーを見て、レライドはニヤリと笑うのだった。


「アイツら、オスカーの言い分を聞いちゃくれねぇ。はなっから、俺達を嵌めるつもりだったんだろうよ」

「ごめん、父さん……こんな事になるなんて……」

「謝る必要なんかねぇよ。魔族を倒してきたお前の力は、俺が一番分かっている。お前は間違った事はしちゃいない」


直後、オスカー達は街外れの収容所に投獄された。

罪状はレライドが言ったとおり、魔族を倒したという詐欺を行い、依頼者から金銭を奪い取ったというもの。

反論する時間も与えられず、手錠を掛けられ牢屋に入れられる。

しかし、父であるザカンはオスカーの力を理解していた。

息子のデバフが一線を画すことも、嘘偽りでないこともしっかりと分かっていた。

だからこそ、オスカーを非難する事など有り得なかった。

そんな中、二人を収容したレライドが鉄格子越しに現れる。

薄気味悪い笑みを浮かべながら、犯罪者となった彼らを見下ろす。


「どうだね? 少しは反省する気になったかね?」

「……!」

「最弱職の青二才め、ざまあみろ」


明確な悪意のある言葉。

絶句するオスカーに代わって、ザカンが怒鳴り声を上げた。


「クソッ! してやったりな顔をしやがって! あくどい事をしているヤツには、いつか必ず因果応報が回ってくる! それを忘れるんじゃねぇぞ!」

「ほう? ならば、どんな報復が来るか、楽しみに待っていることにしましょう。ククク……ハッハッハッ!!」


何処吹く風と言わんばかりに、レライドは高笑いをしながら去っていった。

ザカンの言葉も負け惜しみにしか聞こえていないようだ。

相手は貴族、平民の立場ではどうすることも出来ない。

二人は手錠に繋がれたまま、牢獄の中で項垂れるしかなかった。


それから数日後のこと。

最早望みは絶たれたと思われたオスカーに、面会をしたいという者が現れた。

犯罪者として吊るし上げられた男に会いたい者などいるのかと思ったが、拒否する理由もない。

彼はその面会に応じ、牢屋の鉄格子を挟んで会話をする事を了承した。

現れたのは見覚えのある中年男性。

トラスト領土の辺境にある村の村長、アルサフだった。

彼はオスカー達の現状に驚きを隠せないようだった。


「一体、これはどういう事ですか!? 詐欺の容疑で投獄など……!」

「村長さん……どうやら領主様は、俺のような最弱職の存在を認めたくないようです」

「そんな……私は貴方に助けられた。紛れもない事実だと言うのに……」

「申し訳ないです。ですが、遥々ここまでいらっしゃるなんて、何か御用でも?」


わざわざここまで来るという事は、余程な出来事があったに違いない。

尋ねるとアルサフは言い難そうにしながらも、ゆっくりと話し始める。


「実は村の事で相談が」

「何かあったんですか?」

「近頃、魔族の影を見たという村人が頻発しているのです。大柄な体格からして、魔族のトロールだと思われるのですが……冒険者に頼んでも、少し見回っただけで、そんな魔族はいないと断言するばかりで……」

「トロール……仮に群れているとしたら厄介ですね」

「そうなのです! トロールに並の攻撃は効きません! もし群れて私達の村を襲ってきたらと思うと、居ても立っても居られず……どうかここを出て、村の様子を見て回ってほしいのです!」

「何も俺である必要は……」

「他の冒険者は頼りになりません! 私は貴方の力をこの目で見ました! 貴方は、かの勇者に匹敵する! だからこそ、私は貴方に助けを求めたい!」


その意思は固かった。

トロールが並の兵士では太刀打ちできないことは周知の事実だ。

本当に群れていたとなれば、かなり危険な状況だ。

だが今の状況では、ここから動くことも出来ない。

オスカーは悔しそうに自分の両手を見下ろし、手錠が繋がっている事実を視界に入れる。


「生憎、自分は投獄されている身です。自分の判断では動けない。力添えできなくて、申し訳ありません」

「ッ……! ならば、領主様に掛け合ってみます! 貴方の罪は冤罪であると、私が証言してみせましょう!」

「村長さん……しかし、それは……」

「命を救われた身です。必ず貴方を解放してみせます!」


アルサフは勢いのまま、座っていた椅子から立ち上がる。

トロールの群れから村を救えるのはオスカー以外にはいないのだと、信じているようだ。

村長という身でありながら、領主に直談判に行くと明言する。

オスカーが呼び止めるよりも先に、彼はその場から立ち去っていく。

その後ろ姿を見て、ザカンが微かに笑った。


「良かったな。お前をちゃんと見ている人がいて」

「うん……でも、少し不安だ」

「不安?」

「冤罪を簡単にしてくる領主の事だ。何をしてくるか……」


喜ばしいのは事実だ。

でも相手は貴族のレライド領主。

オスカーを捕えるために、父であるザカンを人質に取った位だ。

弱みを握って良からぬことを企みかねない。

立ち去ったアルサフ村長に、オスカーは不安を感じるしかなかった。


それから時間を置かず、村長は領主の元へと辿り着いた。

豪華な椅子に座ったまま踏ん反り返る彼に、オスカーの解放を求める。

しかし幾ら言った所で、余裕の笑みを崩さない。

必死の言葉に対しても、決して首を縦に振ろうとはしなかった。


「アルサフ村長。幾ら貴方の申し出でも、これは受け入れられませんな。奴が詐欺を行っている事実は、他の冒険者達が証言しているのです」

「ですが、私のように命を救われた者もいます! 彼の実力は、冒険者のレベルを超えている! デマを流したなど、全くの出鱈目です!」

「詐欺師と言うのは、嘘と真実を混ぜ合わせるもの。貴方は不幸にも、その嘘に惑わされたのですよ」

「命を救った事実を……詐欺師の嘘と言うのですか? 彼の力が偽物だと、実際に確かめたと仰るのですか……?」

「力など、見る必要はありませんよ。奴を表に出すという事は、冒険者達の、我が領土の治安を乱すことに等しい。それが第一なのです。領主として、貴族として、決して許せませんな」


オスカーを解放することは、自身の矜持に賭けて有り得ないと断言する。

幾ら正論を語った所で、貴族という立場を利用してねじ伏せる。

アルサフも流石にそんな暴論を振り回されるとは思っておらず、言葉を失う。

そんな様子を見て、レライドは値踏みするような視線を向けた。


「安心なさい。トロールとやらについては、他の冒険者達から話は聞いています。私が兵を見繕いましょう。どうせ杞憂でしょうが、これで満足ですかな?」

「ッ……!」


折衷案せっちゅうあんとでも言いたげに、兵を村に向かわせることを約束する。

そう言われては、アルサフも何も言えなくなる。

これを断れば、きっとレライドはこれっきりと切り捨ててくる。

それはトロールに怯える村人達を、更に危険にさせることになってしまうからだ。

頭を下げる以外にない。

悔しそうに首を垂れるアルサフに、レライドは満足そうな笑みを浮かべるのだった。


「申し訳ない……領主様を説得し切れませんでした……」

「いえ……それよりも村が心配です。兵を出してくれると言うなら、それで構いませんが……」

「領主様は四、五十人程度の兵を出してくれるそうです。少し心許ないですが、調査はその方たちにお任せします」

「四、五十人ですか?」

「はい……それでは私は一旦、村に戻ります。お世話になりました……」


オスカー達に事後報告を終えたアルサフは、申し訳なさそうな様子のまま牢屋を立ち去る。

やはりと言うべきか、釈放は叶わなかった。

二人を解放することは、自分達が間違っていたと知らしめることになる。

領主がそんな事をする筈がないだろう。

村長が姿を消し、父のザカンが悔しそうに拳を握りしめる。


「クソッ! 俺達が動けるなら、一緒に村まで行けるってのに……!」


拘束されていなければ、彼と共に直ぐにでもトロールの調査に向かえる。

しかし、それを言った所で仕方がない。

それ以上にオスカーは、村長が口にしていた兵の数を心配していた。


「トロール相手に一般兵を四、五十人……か」


トロールは巨体で動きが鈍い代わりに、驚異的な耐久力を誇る。

市販の武器を用いて攻撃しても、そう簡単には倒れない。

しかもそれが群れているとなれば、相応の準備が必要なはずだ。

それなのに用意されたのは四、五十人の兵士だけ。

本当に大丈夫なのだろうか。

トロールを軽視している対策に、オスカーは嫌な予感を抱いた。


そして、その予感は的中する。

アルサフ村長が立ち去ってから一週間後の事だった。

投獄されていたオスカー達には直ぐには分からなかったが、周囲の看守達が俄かに騒ぎ出したのだ。

対策、襲撃、という嫌なワードが飛び交う。

只ならぬ気配を感じたオスカーは、何とかして情報を聞き出そうとした。

看守は始めは非常に渋っていたが、度重なる押し問答の末にやっとの事で語り出す。

既に周知の事実のため、言った所で変わらないと思ったのかもしれない。


「村が攻め落とされただって!?」


それは件の村がトロールによって壊滅したという話だった。

アルサフ村長の危惧した通り、トロールの群れは周辺に潜んでいたのだ。

予測したように、魔族達は村を滅ぼすために攻め入ったのだろう。

当然だが、あの兵力で打倒できるとは思えない。

住人の避難を最優先にして、全員を生き延びさせるので精一杯だろう。

だが問題は勝ち負けではない。

一番の汚点を看守から聞いた瞬間、オスカーは思わず声を荒げた。


「トロールの群れが現れただけじゃなく……派遣していた兵士が敵前逃亡するなんて! そんな事をしたら、幾らトロールの動きが鈍くても、村の人達だって逃げ切れない!」


そう。

兵士達は勝ち目のない戦いを迫られ、トロールから一目散に逃げだしたのだ。

村人の避難が終わっていない状況下だというのに、である。

元々、レライド領主は魔族が潜んでいる事すら軽視していた節がある。

士気が著しく低かったのだろう。

そこに現れた強大な魔族の群れとなれば、パニックになるのは分からなく事もない。

しかし、逃亡するという自分勝手な判断が許される筈もない。

父のザカンすら、居ても立ってもいられず、その場から立ち上がった。


「群れてる可能性もあるって言っただろう!? 息子や村長の言い分も無視しやがって! あの領主の責任だ! どうしてくれる!?」

「う……」

「てか、例のトロールはどうしたんだ!? 攻め落とされたって事は、まだ村に居座ってんのか!?」

「そ、それが……実は……」


所変わって、レライド領主の屋敷。

当然、トロールの襲撃については報告を受けていた。

自信満々だった彼の表情は青ざめたものへと変わっている。

更に追撃するように別の情報が舞い込んでくる。

慌てた様子の従者から事の次第を聞き、レライドは驚きの声を上げた。


「トロールの群れが、私の屋敷に真っ直ぐ向かっているだと!?」

「は、はい! 数にして百超! 三日と経たずに、この館に辿り着く推定です!」

「え、ええい! 何をしている! 兵士や冒険者達を片っ端から集めて対処に当たれッ! 絶対に、此処まで辿り着かせてはならん!」

「は、はっ!」


トロール達は村を攻めるだけでは飽き足らず、領主の住まう都市に直行しているのだ。

速度自体はそれ程ではないが、ゆっくりと確実に距離を縮めている。

焦ったレライドは人員を集め、より強固な武力を用いて鎮圧を図った。

今ならまだ間に合う。

そんな希望的観測が彼の頭を支配していたのだろう。

だが二日後、レライドの耳に届いたのは更なる状況の悪化だった。


「領主様! 部隊は敗走! トロールの侵攻を食い止め切れません!」

「何ということだ……やはりトロールの群れなど、王都から騎士団でも要請しなければ抑えきれん……! しかし、今から救護要請を出しても間に合う訳が……!」


始めから要請をしていれば良かったのだが、彼には面子があった。

他者に助けを求めれば、村を見捨てて逃亡した件について露見してしまう。

だからこそ、自身の領土内でどうにか鎮圧を図ろうとしたのだ。

しかし、トロールの群れ相手にその判断は間違っていた。

ロクに数を減らすことも出来ず、後一日も経たずにこの屋敷に攻め入って来る。

最早どうすることも出来ない。

ようやく失策だったことに気付いたレライドは頭を抱える。


「このままでは私の領地は蹂躙される……お終いだ……! だ、誰か……誰かトロールの群れに対処できる者はいないのか……!? 何とかしてくれッ……!」

「一人だけ……一人だけ、心当たりの人物がいます」

「何!? 一体誰だ!?」


ポツリと従者が口にしたので、藁にも縋る思いで問い詰める。

そして言い難そうな従者の答えを聞き、断腸の思いで彼は最善を思われる策を取る。

一時間も経たず、オスカーの元に面会客がやって来た。

相手は他でもないレライド領主だ。

冷たい視線を向けるオスカーに対し、彼は引き攣った笑みを浮かべながら言う。


「オスカー君……あのトロールの群れを相手に出来るのは、君しかいないらしい」

「……」

「どうか……どうか、私の領地を救ってくれ……!」

「俺は詐欺と横領の容疑で、身動きが取れない筈では?」

「あ、あれは何かの間違いだったのだ。い、今、この時を以って君達を釈放しよう……勿論、魔族を討伐すれば報酬を出す。望む額を、用意しよう」


今までの態度は何処へやら。

掌を返したように、二人を釈放すると宣言する。

それはレライドがオスカーの力を認めたという意味だ。

トロールが迫る中、最早私情を挟んでいられないのだろう。

今までのお詫びとばかりに、報酬の話すら持ち出してくる。

だが、オスカーは首を横に振った。


「そんなモノ、受け取れませんね」

「あぁ。息子を散々馬鹿にした挙句、掌返して助けを求めるなんて、図々しすぎやしないか?」


今までの仕打ちを全てナシにしようなんて虫が良すぎる。

ザカンも同調する。

まさか拒絶されるとは思っていなかったのだろう。

レライドは呆気に取られたような表情をする。

だが二人の態度が変わる所がないと悟り、俄かに焦り出す。

酷く顔を歪めたまま、重い沈黙だけが流れていく。

すると彼は遂に、観念したように頭を下げた。

プライドの高いあの領主が一市民に対して頭を下げた事に、看守達がどよめく。


「お、お願いだ! どうか……どうか、頼む!」


情けない姿を見て、オスカーは小さく溜息をつく。

分かっている。

ここで拒否をすれば、被害は増える一方だ。

色々と言いたいこともあるが、今は呑み込んでおく。

兵士や冒険者達が当てにならないのであれば、自分が出向くしかないだろう。

少しの間の後で、オスカーがようやく口を開いた。


「頭を下げる相手が違いますよ。領主様」


訳が分からない、と言うようにレライドが顔を上げる。

そう、謝る相手は他にいる。

彼の横暴さに振り回されたのは自分だけではないのだ。

それを自覚させるため、彼は一つの条件を課した。


「今回の件で住む村を、家を失くした人達に土下座して謝罪して下さい。それを約束するなら、貴方の依頼に応じます」

「う……くッ……わ、分かった……」


本来なら呑む筈のない条件でも、この有様で逆らえる筈もない。

悔しそうに顔を歪めながら、レライドは了承する。

領主がそう言った以上、最早ここに留まる必要はない。

戸惑う看守に手錠を外すよう指示し、こうしてオスカー達は釈放された。


トロールの群れは、既に領主の屋敷がある都市のすぐ近くまで迫っているらしい。

冒険者達が懸命に食い止めているが、突破されるのも時間の問題だろう。

オスカーは奪われていた長剣を看守から取り戻し、その場に駆け付ける。

当然だが、ザカンは戦闘経験がないため連れて行けない。

行って来いと送り出す父を置いて、彼は監獄から飛び出した。

監禁されていたため今まで分からなかったが、都市内部の時点で人々は騒然としていた。

魔族の怯える者や、武器を持ち臨戦態勢になっている者すらいる。

ここまで状況が悪化しているとは。

彼らの姿を尻目に、都市の外壁を抜けて現場に駆け付ける。

するとトロールの群れが見えると同時に、見覚えのある冒険者達が戦っている姿も見えて来た。


「クソッ! 何としてでも、トロールの侵攻を食い止め……!? お、お前は、オスカーかっ!?」

「お久しぶりです、リーダー」

「馬鹿な! お前がどうしてここに!?」

「見ての通り、釈放されたんですよ。領主様は、貴方達だけでは手に負えないと判断して、俺に全てを託したんです」

「何だと!? お前如きに……そんな真似が……!」


以前、冒険者ギルドで同じチームだったリーダー。

態度は相変わらずである。

今までもオスカーを弱小と揶揄し、様々な行動に圧を掛けて来た。

だが、この場において気にする必要はない。

驚く他の冒険者達を差し置いて、彼は前に進み出る。


「俺一人で対処する。皆、下がって」

「オスカーッ! 現場の指揮は俺にある! 勝手な真似は許さんぞ!」

「俺は冒険者を外れた身。貴方の指示に従う気はありません。それにコレは、領主様の指示でもあります。俺を止めるという事は、貴方の親しい領主様の意に反するという事。この意味は、お分かりですよね?」

「ぐ……!」

「これ以上、邪魔をしないで下さい」


そう言うだけで、リーダーは何も言えなくなる。

権力を盾にしていた彼は、権力の前には無力だった。

余計な手出しはされないと理解したオスカーは、ようやく目先の敵を見据える。

見上げる程に巨大なトロールは数十体。

全員が巨大な棍棒を手に、こちらを見下ろしている。

圧倒的な戦力差を前に、それでもオスカーに動揺は一切ない。

剣をゆっくりと抜き、一振り空を切る。


「不動剣」


素振りと同じ、たったそれだけの動き。

瞬間、今までどうあっても止められなかったトロールの侵攻が一斉に止まった。


「何だ!? トロール達の動きが止まった!?」


冒険者達が信じられないというような顔をする。

かねてより、オスカーのデバフはインチキだという認識が広まっていた。

姑息な手段で誤魔化しているだけの卑怯者と、見下され続けていた。

だがこうして実際の力を目の当たりにすれば、非難する者など出る筈がない。

不動剣、対象の動きを全て封じる、デバフにとって最上位の拘束技。

何百人の戦力が必要と言われるトロール達を、たった一撃で行動不能にさせる。

これこそ、最弱と呼ばれたデバフを限界まで高めた者が至る域だった。


「悪いな、トロール。アンタ達に恨みはないが、ここで終わりだ」


動けない魔族など、一般兵でも時間を掛ければ倒せる。

勝敗は決した。

オスカーは鋭い視線のまま、動けない魔族達に向けて一閃を放った。







それから数十分経ち、全てのトロールが討伐された。

名目上は冒険者達の決死の覚悟によるもの、らしい。

領土ごと蹂躙されると思っていた人々の胸中に安堵が押し寄せる。

だが、実際に戦場にいた冒険者達は知っている。

この勝利は自分達のモノではなく、助太刀に来た一人の青年なのだと。

自分達がインチキと呼び、冤罪を掛けて追放させた男なのだと分かっていた。

だからこそ、彼らの表情は曇ったままだった。

勿論、曇る理由はそれだけではない。

本来ならば初動対応できる筈だった、辺境村での敵前逃亡。

あの過ちで立場が悪くなることは想像に難くない。

村を見捨て、魔族の追撃を押し留めることも出来なかった失態。

彼らの矜持は既にボロボロの状態だった。


戦いから数日後、オスカーとザカンは襲撃された村を訪れていた。

未だ魔族が潜んでいるかもしれないという、念のための探査故だった。

トロールによって破壊された村には、何も残っていない。

一体どれだけの事があったのかも、想像する事しか出来ない。

それでも懸命に村を立て直そうとする村の人々と、その中に彼らを指示するアルサフ村長を見た。

思わず近づくと、彼はオスカー達を見て何度も頭を下げた。


「今回の件、私達も全力で皆を避難させました。殆どの者は逃げ切れましたが……それでも……」

「村長さん……」

「貴方に非はありません。これは私の責任でもあります。途中で考えを変えず、貴方を頼っていればこんな事には……そう思わずにはいられません」


どちらにせよ、村長に非はない。

彼が何をしようとも、領主の妨害によってオスカーは解放されなかった。

せめて領主がトロールの噂を真剣に捉えてさえいれば、被害は最小限に抑えられただろう。

しかし自身の矜持と傲慢によって、それをあっさり捨て去った。

最早、弁明の余地などない。


村の跡地には、張本人であるレライド領主も赴いていた。

実際はオスカーが無理矢理連れて来たと言った方が正しい。

表情は曇ったまま、十数人の兵士に身辺警護をさせているが、その保身振りが逆に村人達を逆撫でさせる。

人々は一斉に彼を責め立てた。


「レライド! こうなったのはお前のせいだ! どうしてくれるんだ!?」

「あんな役立たずの兵を寄越しやがって! この人でなし!」

「私達の村を! 家を返して!」


レライド領主は視線を逸らしたまま、何も言わない。

いや、言えないのだろう。

何かしら反論しようとしても、結局は自分に返ってくるので、何も言葉が浮かんでこないのだ。

だからこそ、オスカーは彼に言う。

この場に連れて来たのは、釈放の際に交わした約束を果たすためでもあったからだ。


「約束した筈です。土下座して下さい。これは事態を軽視した、貴方の責任でもあるんです」

「ッ……!」

「貴族は領民を守るもの! 貴方に貴族としての矜持があるなら、ここで謝罪するべきです! さぁ、やって下さい! 今、直ぐに!」


ここまで来て、オスカーの追及を無視する真似は出来ない。

困惑する兵士、鋭い視線を向ける村人達。

両方のせめぎ合いに遭い、レライドは遂に屈した。

しかし、彼にとってそれは酷く屈辱的なものだったのだろう。


「う……ぐぐぐぐぐッッッ!!!」


今までこんな経験をした事などなかったのだ。

直ぐにでも張り裂けてしまいそうな呻き声を上げる。

全身を震わせながら両膝を地に着き、十数秒かけてようやく両手も地に伏した。

レライドの荒々しい呼吸が、嫌でも聞こえてくる。

そうして何度か上下に揺れた後、全ての生気を放出する勢いで、人々に頭を垂れた。


「もうし、わけ……! 申し訳……!! ありませんでしたァァッッ!!」


悲痛な声が響く。

勿論これで許されるわけではない。

だが、今まで威張り散らしていたレライドの頭を下げさせたのだ。

幾つかの溜飲は下がった。

皆がその哀れな光景を見つめていると、割って入るように見知らぬ男性が現れる。

高貴な身なりからして、一般人ではない。

隣領地の貴族かと思ったが、どうやら違うようだ。

誰だろうと皆が疑問に思う中、男性は辺りを見回した後、人混みの中心にいたオスカーを見た。


「君がオスカー・ヒルベルトだね?」

「そうですが……貴方は?」

「私は王都で冒険者ギルドを統括しているギルドマスターだ。今回の一件を聞いて、ここまでやって来た」


ギルドマスターという名を聞いて、オスカーだけでなく、皆が驚きの声を上げる。

それもその筈で、クビになる前に冒険者として活動していたオスカーからすれば、目の前の男性は全冒険者を統括するおさと同じなのだ。

国内のあらゆるギルドに対して全権を振える人物。

しかも目立つことを嫌い、殆ど顔を見せない事で有名だ。

オスカー自身、ギルドマスターの素顔を見るのは始めてだった。

そして重大な事がもう一つ。

今まで黙っていた父のザカンが、息子の傍に近寄って耳打ちする。


「ギルドマスターは王族の一人、超のつく有名人だぞ……!」


そう、目の前の男性は貴族より位の高い王族だった。

領地を治める領主ですら、王族相手には従う他ない。

平民からすれば尚更な絶対的存在だ。

ギルドマスターは緊張するオスカーにゆっくりと近づいた。


「トロールの群れを単独で撃破するとは、見事としか言いようがない。君がいなければ、魔族の手によって、複数の地が攻め落とされていただろう。感謝する」

「い、いえ……自分に出来る事を尽くした。それだけの事です」

「それだけの事、ではないだろう。この付近のギルドでは、君に対する冷遇が日常化していたと聞く。君が投獄された原因も、周囲からその力を認められなかったからではないのか?」

「それは……」

「結果としてトロール侵攻が耳に入る事も遅れ、こちらが動いた時には既に事は終わっていた。ギルドマスターとして、そのような事態は看過できない。直ぐにでも、ギルド内の再編を行うつもりだ。無論、新しい領主の選定もな」


辺境の地だからこそ今まで耳に入らなかったのだろうが、既に彼はオスカーの事情を把握していた。

無能であるという先入観で全てを決めつける腐敗具合。

それらの放置は、冒険者や人々の士気に関わると判断したようだ。

悪しき習慣を持つギルドの再編と、新しい領主の選定を約束する。

そしてそれが何を意味するのか、分からない訳ではない。

我に返ったレライドは、ギルドマスターに縋り付く。


「お、お待ちください! せ、選定とはどういう事ですか!?」

「そのままの意味だ。貴方はギルド内の腐敗を知った上で見過ごし、いたずらに被害を増やした。領主とは、貴族とは、領民の安寧を守るもの。保身ばかりを考える者を領主にする意味はない」

「そんな! お、お願いします! どうか、それだけはッ……!!」

「君は冤罪で一人の青年を牢に入れ、それでいて彼に助けを求めて釈放した。周辺の貴族にも当然この話は伝わっている。君の貴族としての信用、そして立場は、既に失われたようなものだと思うがね」

「あ……あぁ……」


仮にギルドマスターが手を下さなくても、既にレライドは詰んでいた。

トロール襲撃の一件は、他貴族にも知られている。

自分の身の保守だけのために、自身の土地を危険に晒す行為が認められる筈もない。

行くも地獄、帰るも地獄。

彼は全てを失ったような顔をして項垂れた。

あまりに無様な姿だったが、誰も同情はしない。

全ては自分が招いた結末なのだ。

その様子を見届けたギルドマスターは、もう一度オスカーに向き直る。


「さて、王族としての役目はここまでだ。次は私個人の役目を果たそう」

「……役目?」

「君を王都に招き入れたい」


王都は王国の最重要都市。

王国民ならば誰もが憧れる、繁栄の中心部だ。

聞き間違えかと思ったオスカーは困惑するだけだったが、更に彼は続ける。


「君の力には可能性がある。かの魔王を倒し得るだけの可能性が。それを試してみたくはないか?」

「この力が……? で、でも自分にはこれしか……」

「過去や経歴、身分など関係ない。周りの声は私が抑え込む。来なさい。最弱職として燻ぶっている気がないのなら」


ギルドマスターは手を差し伸べる。

それはオスカーからすれば、天から差し伸べられた救いのようにも見えた。

だが、その手を取って良いのだろうか。

彼には自信がなかった。

例えトロールの群れを鎮圧した実力があっても、今まで無能と呼ばれ続けてきた過去がある。

行った所で、扱いも待遇も変わらない。

今までと同じ事が繰り返されるだけなのではないか。

意欲を削ぎ、気力を削り続けたかつての待遇が、手を取ることを躊躇わせる。

すると唐突に父のザカンが横から現れ、ギルドマスターに頭を下げた。


「マスター! どうか息子をお願いします!」

「父さん!?」

「この方が言った通りだ。お前の力は、もっと多くの人を救うためにあるモノだ。今はまだ自信が持てないかもしれねぇが、切っ掛けは必要だ。そしてそれが今、この時なんだ」


ザカンは息子が受け続けていた冷遇を思い悩んでいた。

所詮、平民である自分に出来る事など限られている。

ギルド内へ息子の待遇を改善するよう直談判を何回も行ったが、権力の前にねじ伏せられてきた。

そしてこれは、大切な家族を助けられる唯一の子孝行。

笑顔で送り出すことが、父親として出来る事だと思ったのだ。

そんな父の思いを知ったオスカーは、少しの間の後、決意を固めた様子でギルドマスターを見上げた。


「分かりました。よろしくお願いします。ですが少しの期間、待って頂いてもよろしいですか?」

「何か懸念があるのかね?」

「役目を最後まで果たすだけです。トロールによって半壊したこの村を、復興させなければ」

「……確かにその通りだ。私も村の復興に協力する。王都から専門の者達を呼び寄せよう」


ギルドマスターは彼らに協力することを約束する。

王族である彼の招集があれば、直ぐにでも有数の実力者達が集まるだろう。

そこでようやくオスカーはギルドマスターの手を取る。

誰かに頼られ、共に協力することは本当に久しぶりだった。

忘れかけていた、人との繋がりを感じられた気がして少し嬉しく思う。

これが本来あるべき、自分の姿なのかもしれない。

そうしてオスカーは村の復興のため、魔族の防衛を始めとする自分に出来る事を果たし続けるのだった。







村が復興し、領主とギルド内の入れ替えが敢行されてから数か月後。

オスカーは王都に赴き、とある場所へと足を運んでいた。

持ち物はいつもの長剣と、父から渡された複数のポーションの入った小袋だけだ。

これから必要のない物は全て宿に置いてきた。

往来する人々、そして乱立する建物に圧倒され、強い日差しを受けながらも、目を細めて前に立ちはだかるソレを見つめる。


「勇者選定のための闘技場、か」


ギルドマスターの案内通り、巨大な闘技場へと進み出る。

大勢の観客が入ることの出来るそこは、今は王国で選出する勇者を決める場となっていた。

脅威となっている魔王を打倒できる逸材の発掘。

既に何十人もの戦士や魔導使いがその場に待機していた。

皆が勇者選定に選ばれる程の実力者なのだろう。

そしてオスカーの存在を知っているようで、彼を見た瞬間にヒソヒソと話し始める。


「おい、見ろよ」

「あぁ、アイツがギルマスから推薦を受けた……」

「あの方が推薦を出すことなんて一度もなかったのに……最弱職のクセに、一体どんな手を使ったんだ?」


あまり良い印象は持たれていないようだ。

平民でありながら、王族であるギルドマスターが直々に推薦を出した有望な青年というのが、癪に障るのかもしれない。

それでもオスカーは気にしない事にした。

今は大局に集中しなければならない。

自分が何のために此処までやって来たのか、その理由をもう一度考える。

そして自分に言い聞かせるように意気込んだ。


「よし、やってみよう! 俺の最弱が、どこまで通用するのか!」


自分にしか出来ない技で力を示す。

自分自身が無価値ではないと表すため、苦労させてきた父に楽をさせるため。

最弱で至った最強の域を以って、立ちはだかる者を倒す。

それが無能と呼ばれ続けた彼が唯一、誇りを持って振える力だからだ。


(オスカー、周りの事は気にするな! 父さんがついている! ドーンと、かましてこい!)


出発する時に激励した父の言葉が思い返される。

そう、気にせずドーンとブチかませばいい。

自分で自分を認められるように。

築き上げてきた力を勇気に代え、腰に提げていた長剣の鞘を握りしめ、オスカーは挑戦者達が待つ戦場へと進んでいった。


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