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前編・私は男を見る目が無いらしい。

珍しく前後編の作品。

またもふとした思い付き。

前後編だから1話が長めです。

その場面を見た時、前世を思い出した。


全くもって同じ光景を見た事があった。いや人間も場所も違うけどシチュエーションが同じだったのだ。立場も若干違ったか。

前世では私は結婚していて夫とは2年の交際を経てプロポーズされそれから12年。息子は9歳で娘が年子で8歳だった。本当に偶々だった。少年野球をしている息子の試合の応援に行っていて娘も連れて行っていたが娘が体調を崩してしまった。同じ応援組のママ達が息子の事は任せて欲しいと言ったので慌てて家に帰る。

夫は休日で疲れているから寝ていたいと言うので起こさないで病院に連れて行こうと静かに帰ったら玄関に私の物ではない女性用の靴が見えた。


は?


頭が真っ白になり具合の悪そうな娘を抱っこしながらおそるおそる居間のドアを開けた。夫が知らない女の肩を組んでキスをし……肩を組んでいないもう片方の手はスカートの中に侵入していた。そこで娘が食べた物を吐く音がした。


「うわぁあああん」


戻した音と泣き声に夫と女がこちらを見る。


「えっ? めぐみ? なんで? 今日は遅くなるって」


家で浮気とは随分妻を蔑ろにするな。とは思ったがとにかく戻した娘……芽美を病院に連れて行かねばならない。混乱している夫と女は放っておこう。いや芽美の戻した物を始末くらいさせておくか。急いで病院に行く必要があるから保険証といつも行く小児科の診察券を持つ。


「芽美が吐いた物を片付けておいて」


「は? なんで俺が」


「ああ、夫だけじゃなく父親も止めるなら構わないわ。私の親戚には弁護士がいる事を忘れている時点でどうしようもないわね。離婚と慰謝料と養育費たっぷりふんだくってあげるからとっととこの家から出て行ってくれる? ああそちらのあなた、名前と連絡先を紙に書いて置いていって。この男と話し合うつもりもないからあなたの連絡先が無いと困るのよね。連絡先も名前も教えたくないとか言うなら探偵に頼むからいいわよ? その探偵に支払うお金もあなたからの慰謝料に上乗せ出来るし。さ、この男を連れて出て行って頂戴」


「あ、あの奥様!」


「瑞穂! 待て! 話せばわかる!」


「分からないわ。そして聞こえなかった? 出て行けって言ったのよ。うちの両親とあなたの両親にはきっちり説明しておくからホテルでもその女の家でもどこにでも行けば? 私は芽美を病院へ連れて行かないといけないの。吐いたのを見れば具合が悪いって分かるでしょ? あんた達のくだらない話を聞く暇なんてどこにもない」


夫だった男と名前と連絡先を書いた女がフラフラと芽美が戻した所を避けて出て行った。








……その場面と全く同じ光景なのだ。今私の目の前にある光景は。


瑞穂だった日本人女性の私は生まれ変わってどこの国の人間なんだか外国人である。名前はディータナ。地位は公爵令嬢で王太子殿下の婚約者である。……異世界とやらかもしれないけど詳しくない私には分からない。

とにかく私の婚約者が私の同じ両親から生まれた妹とキスして押し倒しているのだ。ご丁寧に私の家で。前世は居間だったが今世は妹の部屋のベッドだ。

私に会いに来たはずの婚約者が何故妹の部屋のベッドなのか。

完全な浮気である。

だがまぁいい。妹を側室には迎えられないが愛妾ならば構わないだろう。


「失礼」


私はドアを開けてその光景をバッチリ見ていたし、妹専属の侍女に私専属の侍女と王太子殿下の護衛も開いたドアから見ていた。そしてその開けたドアに気づいた2人がこちらに視線を向けていた。そこまで一瞬で確認して私はドアを閉めた。


「あなた達、今の見た?」


確認すれば恐る恐ると3人が頷く。


「そうよね。私からは婚約破棄が出来ない。かといってもう王太子妃教育が始まっている私を王家は逃がさないから妹が王太子妃になる事は無い。でも我が家から王太子妃と側室の2人だと権力が偏り過ぎる。妹は愛妾として迎えるしかないわね」


私が淡々と言っている事に3人が目を丸くしていた。


「お嬢様何故そんなに冷静なのでしょう?」


私は私付きの侍女・カラの質問に直ぐに答えずこの場からサロンへ向かう。妹であるドルテア付き侍女・サラと殿下の護衛騎士・ゲイアーにも付いて来るよう命じた。妹の部屋の前にいつまでも居たら殿下が直ぐに出て来るだろうから。さすがに今は話し合う気持ちにもなれないので時間稼ぎだ。サロンに着くまでにカラの質問に答えた。


「先程のカラの質問ね。王太子妃教育で最初に教わる事の一つがたとえ殿下若しくは陛下が側室や愛妾と閨事の真っ最中の部屋を訪れても王太子妃ゆくゆくは王妃は取り乱してはいけないという事」


私の言葉に背後の3人が息を呑む気配が伝わってくる。


「まぁ普通は真っ最中に部屋に入らないわ。でも謀反だとか内乱だとか他国との戦争だとか。いつ何が起こるか分からない。閨事の真っ最中だから戦争を待って下さいなんて有り得ないでしょう? だから王太子妃及び王妃は夫と他の女性とのそういう行為にも取り乱してはいけないと教わるのよ」


とはいえ、いくらなんでも私だって本当は動揺している。前世の記憶が蘇ったから其方の方でも動揺していて結果落ち着いてしまっただけだ。


「お嬢様はそんな教育までされるのですか……」


カラの声にチラリと視線を向ければサラとゲイアー含め3人が項垂れている。


「まさか王太子妃教育って楽しそうって思っていたの?」


「いえ、そういうわけでは有りませんが未婚の淑女にそのような事まで……と」


ゲイアーが言う。


「何を言っているの。聞いていた? 私は王太子妃教育の最初って言ったのよ? 淑女とも呼ばれないくらいの年齢に決まっているでしょう。私が何歳から王太子妃教育を受けていると思っているの」


殿下との婚約は5歳で内定し、隣国を含めた他国や国内の貴族などの様子を見て7歳で確定したのだ。王太子妃教育は8歳から始まった。だから8歳で言われたのである。もっともその当時は理解出来なかったが。

私の言葉にまた3人が息を呑む気配がした。そうしているうちにサロンに着いたのでソファーに腰掛けて3人を等分に見る。


「さて。サラとゲイアーに聞くわ。あの2人の関係はいつからなの」


何しろ今日も王太子妃教育に登城したら王家の執事が「ディータナ様体調は大丈夫なのですか?」と言って来たからだ。聞けば私の体調が悪いと連絡があったから殿下が我が家に行ったと答えるではないか。そんな連絡を私は殿下にしていない。そもそも私からの連絡が王家の執事を経由せずに殿下に行くわけがない。つまり()()()調()()()()()()()()()()()()()()()という事になるわけだ。


サラとゲイアーは互いを見てから頷いた。


「ドルテア様と殿下は半年前に交際を始めて逢瀬は3回目でございます。過去2回は王城でした」


サラが言えばゲイアーが続ける。


「その殿下はディータナ様が許しているから……と。ディータナ様との婚約が変わらない以上愛する女性と結婚前に思い出を作りたい、と」


「そう。私は何も知らなかったけれどね。サラ。ドルテアは今日が所謂“初夜”で良いのかしら?」


まぁ朝っぱらから関係に持ち込んでいる所から違うだろうが。


「いえ。逢瀬というのは……閨事の意味で観劇や下町のお忍びはもっと前からで」


「分かったわ。お父様もご存知なのね?」


まさかお父様も知らない事は無いだろう。半年も経つと言うのに。……あ、いや。仕事は出来るが愛妻家で娘ラブのお父様では目が曇っているか?


「いいえ。旦那様はご存知有りません……」


サラが肩を竦める。


「お母様は?」


現在次期領主になる弟のために領地へ行っているお母様だがそれも3ヶ月前からである。


「いいえ。奥様にも……」


「では、ゲイアー。国王陛下はご存知なの?」


「国王陛下にも王妃殿下にも報告しておりません……」


「そう。ではゲイアーは王家にこの一件を報告。サラはお父様に連絡しなさい」


2人が何故? という表情をする。


「あなた達莫迦なの? 私が帰宅するなりこの家の長女で殿下の婚約者である私を遮ったのよ?」


そう帰って来るなり「ドルテア様の部屋へは行かないで下さい」と2人が止めてきた。身分から考えたら王妃の次に女性の中で地位の高い私に、だ。私が無視してドルテアの部屋を訪れて先程の状況だったのだが。


「私を遮る。つまり私を裏切ったの。たとえサラがドルテア付きでも……我が家の侍女が、主人の娘に。そして殿下の護衛騎士であっても王妃の次に地位が高い王太子殿下の婚約者に」


私の言葉に不敬だと気付いたのか2人が顔色を変えた。


「2人はある意味では主人に忠実だけどある意味では愚か。2人を諫めねばならない立場なのに放棄したの。つまりあなた達への罰よ。私の罰はそれだけ。お父様と国王陛下からの罰は報告後でしょうけどね」


サラとゲイアーは身震いした。だが今更反省しても仕方ない。本来行うべきことをやらなかった報いだ。


「カラ。そろそろ殿下とドルテアが来るでしょう」


「会われるのですか?」


「いいえ。私は自室に戻ります。サラとゲイアーは直ちに向かいなさい。あとゲイアーはあなたの代わりの護衛を寄越して。カラはお母様が領地を発った連絡をもらっている所から察するに今日か明日には帰っていらっしゃるから帰ったら報告しておいて。私はお母様が帰るまで誰にも会いません」


「かしこまりました」


サラとゲイアーは共に城へ向かう。お父様は財務大臣なので城勤めをしているからだ。さて。私は自室に戻ろう。カラが後からついて来る。自室に入って鍵をかけた途端にサロンの方が騒がしくなった。やはり殿下とドルテアがサロンに行ったのだろう。おそらくあの2人は一度私の部屋に来て返事が無いからサロンに行ったはず。あの2人に会わないように部屋に戻って来たのは正解だった。


「カラ」


「はい」


「いくら王太子妃教育を受けていても私とて17歳の淑女よ……。他の誰の前でも公爵家の令嬢として王太子殿下の婚約者として微笑みの仮面をつけていなくてはいけない。でも。でもこの部屋だけは私をディータナにしてくれる。許されるかしら」


「……もちろんでございます」


その返事にやっと私は声を震わせて泣いた。これでも殿下をお慕いしていたのだからショックだった。前世の私も芽美を病院に連れて行って帰って来てから1人泣いていた。芽美は熱を出していて寝ていたから知らないだろうけど。落ち着いた所へ息子の大翔が帰って来たっけ。

今はカラが居る。見ないフリをしてくれているけど。

王太子妃及び王妃は決して怒りや嘆きを表情に出してはならない。喜びも。全ての感情は微笑みの下に隠さなくてはいけない、と教え込まれてきた。でも今だけは感情を露わにしたかった。


どうせ私は王家の秘密や闇を知ってしまっているから殿下と結婚する以外に生きる術がない。婚約が無くなろうものなら領地にある公爵家の屋敷で一生幽閉か表向き病死という名の暗殺でしかない。だったらこの想いはここで殺そう。王太子妃になっても子は産まない。ドルテアに産ませれば良い。処女でないドルテアが殿下以外の男の元に嫁げるわけがない。かと言ってあの子に王太子妃など務まらない。

隣国を含めた他国の言語も話せず政も分からず王国の歴史も頭に入っているか怪しいドルテアが王太子妃などなれやしない。今から教育を受けるにしても嫌な事はしたくない甘えた精神のあの子が1日中ずっと教育を受けられるわけがない。

だからドルテアを愛妾に迎えて殿下の子を産んで殿下と子どもと幸せな結婚生活とやらを送っていれば良い。殿下もドルテアを愛している、という話だし。相思相愛で良かったですわ。


私は殿下以外の男を愛することも許されないから。閨を辞退して公務と外交と執務を遂行しよう。国民のために生きたい。国の平和に貢献したい。何よりまだ死にたくない。


「カラ」


「はい」


「決めたわ。私は公務と外交と執務だけを行う王妃を目指す。というか殿下と結婚して王太子妃ゆくゆくは王妃にならなければいけない。まだ死にたくないもの」


「お嬢様。死ぬだなんて……」


「私は既に王家の秘密や機密に闇も知っているのよ? 殿下との結婚以外助かる道なんて無いわ。婚約を破棄してご覧なさい。我が家の領地で一生幽閉か表向き病死扱いで殺されるだけよ。だったら生きて民のために全力を注ぐわよ」


カラは漸く事態の重さに気付いたようで顔を真っ青にしていた。


「お嬢様……」


「カラ。あなたも覚悟なさい。サラとの別れを選ぶのかサラと共にこの家を出て行くか。あなたが居ない事は私も辛い。でもあなたが望むならこの家を出て行って構わない。サラはこの家から追放される事だけは避けられない。双子の妹でしょう」


私の言葉にカラは唇を噛んで考えているようだ。サラが我が家で侍女を続ける事だけは無理だろう。お父様は愛妻家。たとえ娘と言えど不貞は許さない。殿下に責任を取らせるだろうがドルテアの事も許しはしないだろう。となればドルテア付きの専属侍女・サラの未来も自ずと知れる。


「私は……私はディータナお嬢様の専属侍女でございます。お嬢様が望まれる限りお仕え致します」


「カラ……。ありがとう。あなたのその忠義を嬉しく思うわ。サラとのお別れする時間くらいは何とかしてあげられると思う。それくらいしかしてあげられなくてごめんなさい」


「いいえ。寧ろ専属侍女の意味が分からなかったサラが悪いのです」


「そうね。サラの責任はもちろんだけど最も悪いのは殿下とドルテアよ。其処は間違えないで」


私は俯くカラの元へ行きその手を握って微笑んだ。その瞬間カラが嗚咽を漏らした。サラの事を思っているのは分かったから何も言わない。


「カラ。私が王家に嫁ぐ時は一緒に来てね」


「もちろんで……ございます」


一頻り泣いた事で落ち着いたのだろう。カラが私の言葉に微笑んだ。その時だった。ドアが激しくノックされたのは。カラがドアへ鋭く視線を向けて私はベッドで横になる。それを見届けたカラはドア越しに誰何の声を上げていた。


「ディータナ。私だ! ビクスタだ! 開けろ!」


「大変申し訳ないのですがお嬢様はあまりの衝撃を受けたようで泣き伏しております。本来ならたとえ殿下といえど先触れもなくお嬢様を訪ねていらっしゃるのは礼を失する事。なれど殿下であらせられるからお嬢様は()()()()()()()()()()()()()()殿下が会いに来て下さったなら……と慌てて帰っていらっしゃったのです。お嬢様は登城されていたというのにお嬢様に会いに公爵家へいらっしゃった殿下の矛盾には気付かれても何も言わなかったお嬢様へあまりの仕打ちではございませんか。故に泣き伏していらっしゃるお嬢様のために開ける事は致しません。お引き取りを」


あらあらまぁまぁ。カラってば滔々と皮肉を混ぜながら帰れ、とはさすがね。


「お前! 不敬な!」


「私はディータナお嬢様の専属侍女でございます。何より優先するのは国王陛下でも王妃殿下でもましてや王太子殿下でもなく、お嬢様でございますので」


……いえ、国王陛下は優先して頂戴。でもその忠義は本当に嬉しいわ。ありがとう。


「お姉様! 開けて下さいませ! 私とビクスタ様が会いに来ているのですから!」


「ドルテア様。お嬢様の婚約者であらせられる殿下をたとえ殿下が許しても簡単にお嬢様の前で名前を呼んでいる時点でお嬢様を刺激されております。泣き伏していらっしゃるお嬢様の心を更に傷つけられるのであればドルテア様であっても排除させて頂きます」


「カラ! あなた無礼よ! 主人に向かって……!」


「私を雇っていらっしゃるのは旦那様で私の主人はディータナお嬢様でございます。ドルテア様ではございません」


キンキン響くドルテアの声がドア越しだというのに良く聞こえるのは勘弁して欲しい。そうこうしているうちに殿下とドルテアが我が家の他の使用人達に宥められている声が聞こえてきた。さて、あの2人は自らが不貞を行っている事を見せている事に気付いているかしらね。我が家とはいえ使用人ですよ? 第三者の目です。それを2人でドア越しに叫んで私が泣き伏している事を再三口にしているカラの言葉を聞けば聡い者は事情を把握しますよ? あ。声が遠ざかったわね。


「カラ。ありがとう」


万一無理やり開けられていたら……とベッドに入っていたが心配しなくても良かったらしい。


「それにしてもドルテアが名前を呼ぶ事を許されているなら私と殿下の結婚が済み次第直ぐにドルテアを愛妾として迎えないといけないわね」


私がベッドから上半身を起こしながら言えばカラが顔を顰める。


「あのような場面を見たとはいえドルテア様と殿下が相思相愛だとは思っていなかったものですから名をお呼びすることを許されたなら本当に相思相愛なのでしょうね」


「そうね」


カラとサラも貴族令嬢である。我が公爵家の親戚筋の男爵家の娘。その気になればカラなど縁談も引く手数多なので貴族社会の事も当然良く知っている。

王族の名前を呼ぶのは婚約者でも勝手には無理だ。王族の名前は尊き身分である事からその方自らが呼んで良い、と言うまで名前を呼ぶ事はない。古い慣習だが貴族ならば誰もが知っている常識で私は殿下から許されていない。故に婚約してそろそろ10年目を迎えようとするのに未だに“殿下”としかお呼び出来ない。それを簡単に呼んでいるドルテアは殿下と相思相愛だと見做されるのは当然だった。

まぁ今となってはどうでもいい。


その日の夕方お母様とお父様が別々なのに同じ時間で帰って来てまぁ仲良し、と思いながら私は漸く自室から出る事にした。我が家の使用人達は事態を重くみたのか私がドルテアを呼ぶまでドルテアを部屋から出さない事にしてくれたらしい。お陰で先ずは私がお父様とお母様に事情を話す事が出来た。サロンでゆっくりしてもらいたいがそういうわけにもいかず話の内容も使用人達に想像がついているとはいえ聞かれたくないものなので、お父様の執務室で話したのだが。


「ディータナ。それは本当の事か? サラから聞かされても信じられなかったが」


先ずはお父様が半信半疑の顔をする。私が信じられないというより娘達を同じように育てて来たつもりの父からすればドルテアがそんな醜聞を起こすとは思えないのだろう。愛妻家で娘達ラブな人だ。弟? 弟も可愛がっているが弟から見れば私とドルテアよりは可愛がられていないらしい。だから多分普通なのだろう。


「カラ・サラ。そして殿下付きの護衛であるゲイアーも殿下とドルテアがドルテアの部屋のベッドの上でキスをしていたのは見ましたわ」


淡々と告げたらお母様の目が段々と吊り上がった。お父様は不貞を嫌う。お母様は家の為に男児が産めない妻の代わりに愛人が産むのは仕方ない、という貴族的な考え方は認めている。だがそれはあくまでも跡取りを妻が産めなかった場合で今回は私が跡取りを産めないどころか私と殿下が結婚してもいない状況でのドルテアとの浮気だ。

お母様はこういうのをとても嫌う。

婚約者を蔑ろにした男だけでなく浮気した女も同罪だと思う人だ。ーーそれが実の娘であっても。

両親がこういうまともな感覚で良かったと思う。浮気されても仕方ないわ。殿下に見初められたなんて名誉だ。とか言い出す両親だったら全面的にドルテアの味方だっただろう。


「ディー。殿下との婚約は解消、いえ破棄するわよっ!」


「無理ですお母様」


「なんで⁉︎ あなたこんな目に遭ってもまだ殿下が好きだと?」


お母様には私の気持ちは話してあった。だからそう聞かれるとは思っていたけれどそういう事じゃない。


「違います。殿下への想いは既に捨てました。いえまだ残骸くらいは有りますが。それも直に消えます。そうではなく私はもう既に王太子妃教育で王家の秘密・機密・闇も抱えています。その私が殿下と結婚しなければ良くて領地で幽閉で一生を終え、悪ければ表向き病死扱いで暗殺される事でしょう。私はこの年齢で死にたくないですし幽閉で一生を終わりたくないです」


私の言葉にお父様とお母様がハッとする。さすが公爵家当主夫妻兼財務大臣夫妻。王家の裏にもそれなりに見て関わって来ているのだろうから私の言葉を理解出来たのだろう。


「すまん。すまん、ディータナ。ドルテアを甘やかし過ぎた!」


お父様が泣いて謝るがもう今更だ。


「もう今更なのです、お父様。謝って頂くより先を見ましょう。残念ながら国王陛下には王女は沢山居ても王子は王太子殿下とお身体の弱い第二王子のみ。余程の事が無い限り王太子の位が第一王子から第二王子に変わる事はありません。そして今回の件は余程の事では無いため殿下が王太子のままでしょう。私は公務・執務・外交のみを請け負う王妃として輿入れします。跡継ぎや殿下ゆくゆくは陛下のお心を安らかにする家族はドルテアに担ってもらいましょう」


私の提案にお父様は首を振る。


「それでは我が家に権力が集中し過ぎる。それにまだ未遂だったのだろう? ドルテアに即刻婚約者を充てがう。こんな事ならディータナが早くに王太子殿下の婚約者と決まったから寂しいから、とドルテアの婚約者はまだ決めなくて良いなどとバカな事を言わずに婚約者を決めておけば良かった。まだ決定的では無いのだから大丈夫だ、ディータナ」


お父様……。ドルテアを信じたい気持ちも私を幸せにしたい気持ちも分かりますが。サラから詳しく聞かなかったのかしら。


「サラが詳しく話さなかったのですか? ドルテアと殿下は既に一線を超えているそうです。サラが今日で3回目だと言っておりました。ちなみにドルテアと殿下が結ばれた証となるシーツはサラが保存しているそうですわ」


「あのバカ殿下にバカ娘っ!」


あ。お母様が怒ってしまわれましたわ。お父様が真っ白になってしまってます。信じていたかったのですわね。


「お父様。私は純潔ですわ、ご安心を」


「ディ、ディータナ」


私の言葉にお父様が自分の教育は間違っていなかった……と呟く。いえ多少間違っていたから今回の件が起きたのでは? とは言えなかった。それから私がドルテアと殿下の関係を知る事になった今日の出来事を細かく話せば、お二人は頭痛を堪えるような顔を見せた。


「本当に……2人揃ってバカね」


お母様が疲れたような声で呟いた。


「ですからお父様。お願いがございます」


「なんだ? 何でも言うといい。叶えてやろう」


「ありがとうございます。付きましては王太子妃として私が殿下に嫁ぐのと同時にドルテアを愛妾として王太子殿下宮へ送り込んで下さい。私は殿下と生涯閨を共にしません。その契約書を作成して国王陛下並びに王妃殿下と王太子殿下にサインをさせて王家と我が家と私達が結婚式を挙げる教会とお父様が信頼出来る方にそれをお渡し下さい。3枚の行方は明確にして最後の1枚の行方は国王陛下にもお話ししないで下さいな。万が一その契約書を燃やすなり破られたりして契約が破棄されたら私が困りますわ」


「分かった。しかし結婚式当日にドルテアを愛妾とするのは構わないのか?」


「私が殿下の子を産む気は無い以上ドルテアに担ってもらわねばなりません。初夜もそれ以降も放棄しますわ。過去には初夜以降の閨事を放棄した王妃もいますから問題無く認められましょう。ドルテアは愛妾の地位ですが既に殿下の尊きお名前を呼べるようです」


「そこまでか!」


お父様がギョッとして首を振った。


「ディー。あなたは許されなかったのに……」


「構いません。これから先は呼ばなくて済むならそれで良いですわ。私は王妃として国を繁栄させ民を富ませる必要があります。それとお父様もう一つ。万が一ドルテアが王妃になりたいと言った場合、却下して下さい。殿下が言っても同じです。我が国以外の言語に不自由なドルテアでは王妃など務まりませんわ」


これにはお父様もお母様も反対しなかった。こうして諸々の決め事が終わった後、私は自室に戻り交代でドルテアがお父様とお母様と話し合ったらしい。カラが使用人経由で聞いた所によれば「私こそ王妃に相応しいのです!」とドルテアは息巻いていたようだが、私の諸々の条件と「自国の言語以外喋れないくせに王妃になどなれるか馬鹿者!」というお父様の常に無いお怒り具合に肩を震わせてドルテアは殿下の愛妾になる事を受け入れた、との事だった。

この後は王太子視点。

相思相愛の女性と家庭を作れるんだから幸せでしょ。(byディータナ)


夕方6時に後編の予約投稿をしています。

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