第1話
短編ですので、5話で完結です。
ネット小説大賞短編部門の応募作品です。
よろしくお願いいたします。
暗い街道を二つの小さな影が走る。雲間から月が覗き、二人を照らし出す。十歳くらいの少年と少女だ。少女は息を切らせながら、少年の後を追っている。
「ピア、早く!」
「待って! ルー」
ルーと呼ばれた少年は、少女ピアの手をぎゅっと握りしめ、必死に走る。少し後ろには十人くらいの男たちが二人に迫ってきていた。追いつかれるのは時間の問題だろう。
「このままだと捕まる。ピア、魔神の領域に入ろう」
「それは……ダメ。あの地に入った者は二度と戻れないという言い伝えがあるのよ」
「捕まれば君も俺も処刑される。それにあれは伝説だ。行こう!」
ピアは躊躇ったが、ルーの言葉に頷く。迷っている暇はない。男たちに捕まれば、待っているのは死への旅路だ。
「分かったわ。行きましょう、ルー」
眼前に迫る禁断の領域へと足を踏み入れる。霧に閉ざされた魔神の領域と呼ばれる地へ。
◇◇◇
ルーとピアを追ってきた男たちは禁断の領域の前に辿り着く。だが、先ほどまで小さくではあるが、見えていた二人の姿は、忽然と消えてしまったのだ。
「王太子殿下と神女はどこに行った?」
「まさか、魔神の領域では?」
魔神の領域と呼ばれる禁断の地を男たちは眺める。霧に閉ざされた先には、魔神が住むと言い伝えられている領域があるのだ。この国の人間は立ち入ることを禁止されている。
「隊長、進みますか?」
隊長と呼ばれた男は、しばらく思案した後、決意したように拳を握る。だが、不安が隠せないのか、その手は少し震えていた。
「進むしかあるまい。必ず二人を捕らえよとの国王陛下のご命令だ」
男たちは覚悟を決めると、禁断の領域へと踏み込んだ。これが破滅への道となることも知らずに……。
◇◇◇
霧に閉ざされたその地に足を踏み入れたルーとピアは、目に飛び込んできた光景に驚愕する。
一寸先も見えない道が続くのだと思っていた。ところが、最初に目にしたのは、豊かな緑だったのだ。
今まで二人がいた地は、わずかな月明りしかない夜だった。だが、こちらは昼のようで暖かい日が差し、木々は風でさわさわと揺れ、小鳥たちが歌うようにさえずっている。
「どういうことだ? ここは全く違う世界のようだ」
「ルー、見て! お城が見えるわ」
ピアが指差した場所には、崖の上に城がそびえていた。しかし、城がある崖の上は暗雲が立ち込め、カラスたちが鳴きながら城の周りを飛んでいる。崖下の和やかな雰囲気とはアンマッチな光景だ。
「まさか、あの城に魔神がいるのか?」
「残念ですが、あの城は見せかけです」
突如、二人の後ろから玲瓏な声が響く。ルーとピアが振り返ると白いフードを被った女性がそこに佇んでいた。フードからは黄金色の髪が覗き、二人を見つめる温かい眼差しをした瞳は紫水晶のように美しい。
ピアの大きな紫の瞳には女性の姿が写っている。女性の顔を見たピアは何かに気づいたようにはっとした。
「貴女は! 初代神女シルヴィアナ・ラージェリン様!?」
ルーの蒼い瞳もまた驚愕で見開かれたままだ。
「確かに絵姿どおりだ。だが、初代神女は五百年前の人間のはず。生きているわけがない!」
女性は微笑むと二人の肩に手をかける。
「詳しい話は後にしましょう。招かれざる客人が来たようです」
◇◇◇
カタラーナ王国騎士団第十師団の小隊長であるガイルは、霧の向こう側に入った途端、目にした光景を信じられないといった様子で見ている。想像していた地とは違っていたからだ。部下たちも同様のようで茫然と立ち尽くしていた。
ガイルは、ばしっと自分の両頬を叩く。
「進むぞ!」
いつまでも立っているわけにはいかない。自らにも叱咤するように号令をかける。
緑溢れる森を抜けると湖が目に入る。透明度の高い美しい水が張られた湖は、日に反射してきらきらと輝いていた。湖の周りには色とりどりの花が咲き、蝶がたわむれている。
「これが魔神の領域なのでしょうか? 隊長」
「分からんな。だが、別世界ではあるのかもしれない」
部下の問いかけにガイルは正確な答えを出すことができない。魔神の領域がどのような地なのか、ガイル自身も知らないからだ。
「隊長! あそこを!」
部下が指差した先には、王太子ルーシェルと神女であるピアージュが白いフードの人物と一緒に歩いていた。自分たちが追っていた二人が見つかったのだ。これで任務を果たすことができるとガイルは気合いを入れる。
「追いかけるぞ! 必ず捕らえろ!」
ガイルが走り出そうとした瞬間、彼らの前に黒い影が立ちはだかる。
「ここから先へ踏み込むことは許さぬ。今すぐ立ち去れ。人間ども」
青みがかった黒い髪に金色の瞳をした二十代後半くらいの男だ。
ガイルたちの前に立つ男からは異様な威圧感があり、ガイルは唾を飲み込む。
「……貴様は……誰だ?」
そう言葉を発するのがやっとだった。
男はガイルたちを見渡すと、ふんと鼻を鳴らす。ガイルたちは男の射貫くような視線に体をびくっと震わせた。
「お前たち人間が魔神と呼ぶ存在だ」
魔神の金色の瞳が妖しく光る。
第2話~第5話の更新は以下のとおりです。
2話:12/19・7時
3話:12/19・22時
4,5話:12/20・7時
最後までお読みいただけると嬉しいです。




