世界が明日滅ぶなら
「ねえ、明日世界が滅びるとしたら、貴方は何をする?」
彼女は突然、そんなことを私に尋ねる。
それは突拍子もないこと、のはずだった。つい先日までなら。
――明日世界が滅ぶ。
それが決定事項となっているこの世界でなら、本来突拍子もないはずの質問も、この上なくこの場に適した質問に変わる。
どうして世界が滅ぶのか。何が理由で、どのようにして――それは誰も知らない。
けれどすでに世界中の人間が、明日世界が滅ぶことを確信してしまっている。
それは私もそうだ。何の根拠もないはずなのに、気付いたときには、心の中で世界が滅ぶということを確信してしまっていた。
「世界が滅びるとしたら、という質問はおかしいよね。だって、絶対に滅ぶんだから」
絶対に世界は滅びる。理由はない。根拠もない。それなのに私は、私たちはそう信じてしまっている。
それはもうどうすることも出来ないことなのだと思う。きっと私たちの手の届かないところで、それこそ認識すら出来ない場所で、決まってしまったことなのだろう。
もちろんそれにも根拠はない。何となく、そう思うというだけだった。
「まあそうね。で、貴方は何をするの?」
彼女にとってそれは、そんなに知りたいことなのだろうか。どうせ明日には消えてなくなる記憶なのに。
「別に、何もしないよ」
だって、どうせ消えてなくなるなら、何をしたって意味はないじゃないか。
そんなことを思いながら、だから私は投げやりに言った。
「何もしない、ね。貴方らしいわね」
彼女はそんなことを言って笑う。別に褒めていないのは分かった。
彼女は続ける。
「それなら、明日は私に付き合ってくれない?」
「いいよ、別に」
何に付き合うのかまでは、聞かなかった。別に聞く意味もないのだから。
「それじゃあ、また明日ね」
彼女はそういって私と別れた。
そして翌日。彼女は普段どおりの生活を送った。
「ねえ」
「ん、何かしら?」
「そろそろ世界が滅びると思うんだけど、結局私は何に付き合えばいいの?」
「あら、貴方はすでに付き合ってくれてるじゃない」
「え?」
「私は貴方と、いつも通りの変わり映えしない一日を過ごしたかっただけよ」
そう言われただけで長い付き合いの私は、彼女が何を求めていたのかを理解した。
彼女にとっては、そんな何の変哲もない一日だって、特別なものだった。
だからこそ、世界が滅びるその瞬間まで、いつも通りに過ごしたかったのだ。
「……そっか」
今日、世界は滅びる。
世界中には、最後の一日を惜しんで何か特別なことをしようとしている人がたくさんいた。
けれど、私たちは違った。
こんな風に毎日当たり前のように過ごしてきた日々だって、きっと特別なものだから。
だからこそ、最後のその瞬間まで、私たちは――。
※本作品はとある企画のために即興で書いたものです。執筆時間15分。