十年後 覇道の始まり
「マルクス少佐…‥マルクス少佐」
耳元で名前を呼ばれている事に気が付いて、私はまどろみから目を覚ました。
「もうすぐ宮廷です。お目覚めになっておいた方がよろしいかと」
ハンドルを握ったまま運転席のグラム大尉は、横目でチラリと私を見た。帝国陸軍で共に死線を潜り抜けてきた彼は、私にとって誰より信頼の置ける部下だった。
「少佐じゃない。これからは公爵と呼べ、大尉」
「はっ。……しかし、珍しいですね。公爵が昼寝をされるなんて。どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。…‥雪が降ると、つい昔の事を思い出してしまうのさ」
帝国首都の小奇麗なメインストリートを眺めながら、私は自嘲気味に呟く。
「公爵は雪がお嫌いですか? 私は懐かしいです、出身が帝国領の北方ですから」
「そうか。…‥あそこは内乱が長く続いていた植民エリアだろう。キミも苦労しているな」
「ええ、まあ。…‥帝都の繁栄は、植民地からの搾取で成り立っています。私からすれば、この帝都の華やかさの方がよほど許せない」
自動車を丁寧に運転しながら、グラム大尉は顔色一つ変えずそんなことを言う。過酷な搾取を受ける植民エリア出身者が腹の底で貴族達にどんな感情を抱いているか。それは想像に難くない。
車は市街地を過ぎ、道にはライフルを持った憲兵の数が増えていた。彼らに聞こえないくらいのボリュームでグラムは私に耳打ちをする。
「マルクス公爵。お気持ちにお変わりはありませんね」
私は即座に首肯した。彼と私がやろうとしている事。それは、帝国の歴史を考えればあまりに無謀で、しかしこの国の内情を鑑みれば必要な事であった。
「ああ。この国の皇帝制は、私が潰す。その為にあの血生臭い戦場から戻ってきたのだから」