第2話 前編
ちょっと、女装潜入が魔人退治で遅れていました。
巨体が河原に膝をつく。
傷の多いアルミスーツケースというか、鉄道コンテナのような縞模様の凹凸のある角張った外見がくずおれると、それだけで地響きが上がる。
「せ、センセー!?大丈夫なの?その鉄の塊は何!?」
ハルカのその声に、気を失いかけたおっさんは何とか意識を保つ。
覚醒しかかったところを、指先の痛みが支える。
今も、あのときも、そしてたぶん未来も。
いつだって彼を正気に返らせるのはハルカの役割だ。
「……お、おう、だいじょうぶだぞ。ちょっと離れててくれ」
言って、頭を振る。
……と、格好付けては見るものの、おっさんは乗り込んだロボットの体をどう操作したのか覚えていない。
そもそもこのロボットがどうやって現れたのかすらわからない。
最低限の装備として、装甲板の代わりに安っぽいコンテナ箱をくっつけた状態とはいえ、そこは身長十数メートルの巨大ロボット。意識を失いかけた時に変な声が60トン以上あると言い張っていた記憶がある。
ロボットは、膝と片手をついたまま河原から動けない。
さっきはとっさに動かしてみたが、あっという間に「何か」を吸い上げられて、何かが枯渇してしまった。まるで存在自体が丸ごと吸い取られかけたような。
「……これは、まさか、本当に「アイリス」?」
『いえす、マスター。私はそのサポート役です』
その声と共に、コックピットに光が灯る。
全天周、とは言わないまでも、視界のほとんどがモニタに覆われ、外の風景が見えるようになっていた。
おっさんは、自分が散々ひきこもり中にいじったロボットを思い出す。
まさか、とは思うが、そうなのだろうか?
とはいえ、動かし方はどうなっているのだ??
いや、動かす以前にどこから降りるのか???
というか、そもそもどうやって乗ったのだろう????
「……また、僕が強く念じれば動くのかな?」
『ちょっっwっwまったまった!』
おっさんの独り言に電子音声風の声でつっこみが入った。
『えー、こほん。マスター。いくら何でも手足を動かすのをさっきみたいに直接魔力で制御するのは無理があるかと……?
さっきみたいな緊急起動はともかく、通常起動は操縦桿などで物理制御することをお勧めします。
ってか、緊急でもなんであれだけ動いちゃったのか不思議でたまらないんですけどね!!どんだけマスターの魔力は無尽蔵なんですか!?』
背後からの声に振り返るが、でっかい絆創膏を貼ったドアがあり、その上にスピーカーがある。声はスピーカーから聞こえてきているようだ。
「まりょく?」
『ええ、正面右下に大体のマスターの魔力残量を示しておきますね』
聞き慣れない言葉に改めて周囲を見渡すと、おっさんはどうやら飛行機のエコノミークラスのような座席に座っている。
正面右下のモニタに映るメーターは、ほんの10%くらいしか残ってないが、じりじりと回復をして行っている感じだ。
左下には全身図が。
国鉄コンテナを組み合わせたようなダサいボディは、初期型装備だろう。
左右の肘掛けにはレバーが付いていて、足の間に操縦桿。さらに、足の下にはいくつものペダルがある。
遊園地のパイロットシミュレーターを安っぽくしたような感じだ。
「これが操縦桿か」
『ですです。すこしだけ、やさしーくやさしーーく動かしてみてくださいね。
……はじめてですから☆きゃっ☆☆☆』
その言い回しに眉をひそめるおっさん。
さすがに童貞では無いが、だからといってそういうくだらない台詞を喜ぶ年でも無い。
ため息をつきつつ、少し動かしてみると、ぐわんとボディが動いた。
プシュ---!!
動きに合わせ、激しい音を立てて「アイリス」の両脇のスリットが開き、廃熱が始まる。。
「!!」
巻き起こった猛烈な風圧に、20メートルほど離れたハルカが、ローブと髪の毛を押さえる。
どうやら左右のレバーが手を、フットペダルで足を、操縦桿で全体の機動を操作する仕組みらしい。
「ハルカちゃん、もう少し離れて!
それにしても、……初めて見たのに、なぜか触ったことがある気がするな。
なんとなく操作方法がわかるぞ」
『そりゃそうですよー!どんだけ長いつきあいだと思ってるんですか!!ぷんぷん!!』
怒る音声。
「……アイリスなのか?」
『だからそう言ってんでしょう!!ほら、なんか近づいてるんですから!!さっさと立つ!!』
「……そうはいってもなあ」
こういうコックピットなどのインターフェイス配置は確かに設定した覚えがあるが、プレイ中はテキストで流れるだけで、あまり触れる部分では無い。
おっさんの年齢もあり、ぶっちゃけ結構忘れてる。
『まあ、最初は大体動かしてくれたら、あとは私がサポートしますから』
「わかった。……よいしょっと!」
コックピット内部はずいぶん昔に設定したのだが、なんとなく思い出してきた。
フットペダルを踏んで立ち上がる。
ズグーーーッ!!!
凄まじい質量の移動があって、その反動を抑えきれずに後によろける。
フットレバーで何とかたたらを踏ませ、左右のレバーでバランスを取ろうとするが、河原の石に再びよろける。
「っと!!これでどうだ!」
よろけ、つまずき、何とか、立ち上がった。
河原に立つだけで、おっさんは7年振りくらいの疲れを感じていた。
何しろひきこもりなのである。
と、視界の片隅に土煙が上がる。
「せんせー!!何か向こうから来てます!!」
「わんわんわんわんわんわん!!!」
足元からハルカが必死に森の彼方を指さす。
シヴァも一緒だ。
ちなみにハルカの声はちゃんと川の方向から聞こえてくる。周囲の音を拾う仕組みが付いているらしい。
『こほん。マスター、右前方、アショカ帝国側から未確認大型金属体接近中。
戦闘準備を勧告します』
アイリスが真面目そうな声を出す。
「ハルカちゃん、わるいけどちょっと避難していてくれ。
……シェルターは、ここには無さそうだな。20メートルくらい川の方に下がっててくれ」
ゲンヤはアイリスの方向をよろよろと森に向けた。
のんびり続きます。