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第1話後編 おっさん河原に立つ

需要がないジャンルだと思ったら、案外見ている人がいて驚いています。

今回もお付き合いください。


2/19 脳の強制利用のシーンに入れ忘れていた青い花の描写を追加しました。

ブックマークお願いします~!


「とりあえず、急いでここがどこか確認しないとな。まだ攻撃があるかも知れないし。

長瀞に似てるけどあのあたりの荒川はこんなにでかい川じゃ無い……かな?」

「……名栗川ともだいぶ違うかも。キャンプ場も見えないし」


 この緊急事態だというのに、生粋の埼玉県民のおっさんとハルカはそんな暢気なことを言い合う。

 周囲を見渡せば、果てしなく巨大な川と、広大な河原。

 どこをどう見ても慣れ親しんだ埼玉県には見えない。

 あの爆発で飛ばされてきたにしても、あまりに変だ。

 知らないおじさんに貰ったという服装も、どう見ても一般的な日本のものとは思えない。

 足元は草履とサンダルのあいのこのようなものが用意されていた。

 石だらけの河原を歩くにはかなり不安だ。


「そういえば、ハルカちゃん、この服をくれた人と会ったんだよね?」


 おっさんは服をつまみながら問う。

 ひょっとしたら、ハルカはここがどこかとか聞いてるかも知れない。

 ハルカはそれに頷く。

 生来得意な体育とおっさんに教わって得意になった数学以外の勉強はあまり好きでは無い彼女だが、決してバカでは無いのだ。


「それが、そのオジサンが妙なことを言うからそこの地面にメモを取ったんです」


 ハルカは困ったような顔で、地面に書いた文字を読む。

 なにやら長々書かれているのがおっさんの嫌な予感を誘う。


「ええと……自称渡し守の人がいうには

……ミドルシェード大陸、ラーム王国とアショカ帝国の国境線、スティックス川のほとりだ、と」


「……は?」


 おっさんの間の抜けた声に、柴犬のシヴァが首をかしげた。


「で、その渡し守さんーコロさん、と名乗ってましたーは、

……ちょっと小鬼(ゴブリン)が暴れているから見てくる、と言ってその子(シヴァさん)を置いて森に立ち去りました」


 説明をしているハルカの困り顔がますます悪化する。

 黒髪長髪の和風美人が台無しである。

 説明している本人がそうなのだから、聞いているおっさんはなお辛い。

 そりゃ、名栗川がどうしたなどと言いたくなるわけである。


「…………。」


 からかっているのか、ハルカが?それともそのオジサンが?

 緊急事態だというのに一体これをどう捉えたら良いのか。


「ワン!ワンワンワンワン!!!」

 突如、シヴァが激しく吠え立てる!


 悩むおっさんの耳に、地の底からか響く地響きと共に「ヒャッハー-!!!」とか「ギヒャハハハハハ!」といった不快な叫び声が聞こえてきたのは、ちょうどそのタイミングだった。



          ***



「どけ、民間人!!!」



 森を割り、凄まじい足音と共に突っ込んできたのは、巨大な鉄の鎧。

 全長10メートルの西洋騎士だ。

 大質量と共に二人の50メートルほど先を通過してゆく。

 その距離でも、立っているのが辛いほどの地響きがある。


「ええい!ゴブリンをトレインしている!!!とっとと逃げろ!!!」


「!!???」

「な、なに!?なんなの!?巨人!!??」


 その騎士は、待避を叫ぶが、おっさんとハルカには意味がわからない。

 そもそも、そんな巨大な人影を人生で初めてみる迫力に、二人とも身動きが取れない。


「群れの正面か……面倒な!!川で振り切らねばならんのに!!」

 騎士は叫び、足を止め、森を振り返る。

 森からは、嗤い、よだれを垂らし、股間をおっ立てる、無数の緑色の人影があふれ出していた。


 アショカ帝国従士カンがWB(ワーキングボディ)を用いて誘導してきた小鬼(ゴブリン)の一個大隊。

 二人はそれに遭遇してしまったのである。


 先にも書いたが、決してカンは無能では無い。

 慈愛に溢れる人物とは言い難いが人並みに良心もある。

 今回とて、帝国辺境の村近辺を軍隊アリのごとく破壊しつつ移動していた魔物の群れの主力であるオークジェネラルやオーガーを上司や同僚と共に撃破し、WBで潰すには小さすぎるゴブリンたち残存兵をこうしてスティックス川まで誘導してきたのは、大した手腕であるとすら言える。

 そもそも、WBは人間という矮小な存在が大型の魔物を相手にするための兵器であって、人よりも小さなゴブリンやオーク一般兵は、対象外だ。そういう小型生物は歩兵や冒険者の担当と言える。

 敵対国である王国付近の川で振り切るはずだったゴブリンの群れをおっさんやハルカになすりつける形になってしまったのは、単に随伴歩兵の無い急襲作戦で運が悪かったのと、なによりも同僚のトンやチンによる連絡不行き届きによるものだ。

 しかし、そんなカンをもってしても、やはり巨大なWB一体で無数の小型生物を相手にするのは無理があった。


 カンの横をすり抜けたゴブリンたちが、おっさんやシヴァ、そして特にハルカの元へと殺到する。

 ゴブリンはメスがいない種族であり、他種族の女をさらって子を産ませるのだ。

 巨大な鉄の騎士やおっさんや柴犬よりも、美しいハルカが狙われるのは、ごく自然なことであった。


 あっという間にゴブリンたちは迫る。

 ゴブリンたちは容赦なく剣を抜く。


「あ、悪魔!?鬼!?」


 明らかに自分を目標とした集団に、混乱するハルカ。

 繁殖目的の他種族の女を、とりあえず剣で傷付けて無抵抗にしようというとんでもない交際申し込みだ。

 シヴァは激しく吠え立て、必死に二人を庇おうとするが、柴犬のサイズでは限度がある。

 あっというまに二人と一匹は緑色の凶悪な小人たちに囲まれる。


「あぶないっ!!」


 ハルカに襲いかかった錆だらけの剣を、おっさんは辛うじて手に持った鞄状の物体で受け止める。


『ぎにゃ!!』


 その物体……ラックトップPCが変な音を立てる。

 おっさんは内心ラックトップに謝りつつ、そのままラックトップで受け止めた剣をひねって、なんとか地面に叩き落とした。

 続けて、戸惑うゴブリンをラックトップで殴り飛ばす。

 ちょうど角が頭に当たる。

 脳漿が飛び出し、ゴブリンは激しくけいれんした。


「折角爆発から助かったかと思ったのに、次はこれか!?」


 いかにも弱そうなおっさんの思わぬ反撃に、ゴブリンたちは数メートルの距離を開ける。

 突くような腰の退けた攻撃になりつつあるのを、おっさんは何とかラックトップPCで逸らし、防ぐ。

 そのたびにラックトップPCが『ぎにゃ!』とか『ちょっ!』とか、とてもPCとは思えないまずい音を立てるが、何とか壊れずに持ってくれているようだ。

 しかし、おっさんは次第に劣勢に追い込まれてゆく。

 何しろ知的労働者をやった挙げ句の長年のひきこもりである。

 唐突な肉体労働にはまるで向いていない。

 況してや今やらねばならないのは小さいとは言え人間に似た知的生命体相手の戦闘、ぶっちゃけ人殺しだ。

 横でシヴァも吠え立て、噛みついて頑張っては居るが、時間の問題と言える。

 100メートルほど先で戦う謎の鉄巨人ーカンの乗るWBーも、まだまだ制圧に時間はかかりそうだし、そもそもおっさんやハルカたち生身の人間の近くでは危険すぎて運用が出来ない。


「あ、アトラクション、というわけではっ……無さそうだ!!」

 それでもおっさんは必死にハルカを庇う。

 イカ臭いにおいをさせた人型の生き物たちは頭があまり良くないらしい。

 軽く当たっても肌に傷もつかないような切れ味の悪い剣で一直線にハルカを狙ってくるので、いまのところおっさんでも何とか庇えている。

 しかし、数が数。時間の問題だ。


 唐突な絶体絶命という事態に、ハルカの顔色が悪くなる。

 いくら突然異常事態に放り込まれた現代日本人でも、自分が狙われていることくらいは肌で感じられる。


「……は裏切らない……。……は、……を裏切らないっ……」

 ラックトップを振りかざして必死に守るおっさんの後で、ハルカが何か口の中で呟く。


「くっ!」

『ぎ、ぎにゃ!!』

 斬れない剣による腰が退けた剣撃でも、剣は剣。

 うけとめ損なったラックトップの表面を剣が滑り、おっさんの腕のかすり傷が、また一つ増える。


 そして、彼女は覚悟を固めた。

 怯えが氷が溶けるように消え……

 澄み渡ったような顔でおっさんの顔を見つめる。


「……せんせい。いえ、旭玄弥(あさひげんや)さん。」


 ハルカは、ローブの裾をたくし上げ、だぶだぶのズボンのようにして手早く腰のあたりで縛り付けた。

 和装の時に袴無しで動く時にする尻端折りという手法だ。

 もちろん女性がするべきモノではない。

 美しい生足がおっさんの目に痛い。


「ぐげぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!」

「ヒャッハッハッハッハッハハ!!」


 ゴブリンたちがひときわ興奮する。


「あなただけでも逃げてください。貴方の人生を台無しにしたわたしには、あなたを守る責任があります」


 ハルカは、何かを決意した目をしていた。


「そんなことはない!僕は、君にどれだけ救われたか!!」


 そう言うが、おっさんはだんだんゴブリンの剣を受けきれなくなりつつある。

 切れ味の悪い剣でも体のあちこちに切り傷が出来ていた。

 ラックトップも、もう限界、という音を出している。いささかも壊れてないのが本当に不思議だ。


 思えば確かに、ハルカはおっさんの引きこもりの原因となった事件に少々関わっていた。

 しかし、ハルカ自身に問題があったわけでは無くむしろ彼女はおっさんの味方だった。

 それが当時たかが10歳の子に、そんな決断をさせてしまっていたのだ。

 それだけでもおっさんは辛い。

 それから7年。

 ハルカには普通の青春すら過ごさせずに、こんなおっさんの相手をさせてしまっていた。

 こんな美しく聡明な少女にそんなくらい人生を歩ませてしまった。

 おっさんは、旭玄弥は、それが一番悔しい。

 ましてやこんな、日本とはとても思えないような状況だ。

 ハルカが責任を感じるようなことなど何も無い。


 しかし。

 今回とて、結局、ハルカを庇って、おっさんは、ゲンヤは傷付きつつある。

 それは彼女にとって世界で一番……たとえ異世界であっても一番に、許せることでは無かった。


「……時間を稼ぎます。隙を見て逃げてください」


 静かにそう言い放つと、ハルカは軽やかにおっさんを追い越し、ゴブリンたちの群れに身を投じた。



          ***



 幸いにして、あるいは一部の読者には不幸なことにして、おっさんが想像していたような即これなんのエロゲ的展開にはならなかった。


 ハルカは石の多い河原の地形を利用して、軽やかに舞い、そして蹴り、拳を刺す。

 男を知らない白い足が扇情的に舞い、飢えたゴブリンたちの目を惹き付ける。

 もはや、だれもおっさんのことなど気にしない。


 ゴブリンたちはハルカを傷つけるつもりはあっても貴重な苗床として殺すつもりはない。

 殺意のない鈍い動きの錆びた剣先を、ハルカは軽やかに躱す。

 見とれたゴブリンの顎を狙い澄ました拳で砕き、生足に興奮しておっ立てた貧相なものをサンダルの足で次々と蹴り潰す。

 最低限の動作で最大限の成果を上げるその動きは、対人戦闘が初めてとは到底思えない。


 ハルカはスポーツ万能……というかおっさんが引きこもった事件の反省から武術を始め、おっさんの世話の合間に、剣道剣術を中心にいくつかの流儀の門弟をやっていたのだ。


 とはいえその身はただの17歳の現代日本の女子高生。

 武術とて精々護身になればいいや程度で本気で鍛えたわけでも無い。

 蹴りや拳で人型の生き物を殺せるはずも無く、ただ自分がターゲットである事を自覚し、そこから出来るだけ長い時間ゴブリンたちを惹き付けておっさんを逃がそう、というだけの動きでしか無かった。

 ……予想外にも、何体かのゴブリンはアゴを砕かれ、あるいは股間を潰されてけいれんをしていたが、それだけだ。

 大勢を変えるものではない。


「ワンワンワンワン!」


 そこに、少しだけ本気を出したシヴァが介入する。

 実は柴犬とは、世界で最もオオカミに近い犬種の一つだ。遠吠えの習性も残っているし、なによりも勇猛果敢で、数頭の群れで自重の10倍の熊ですら倒すことがある。

 ましてやゴブリンが居るような世界での柴犬だ。

 軽く飛び跳ねてゴブリンののど笛を食いちぎり、後ろ足で引っかけて後ろからやってきたオークの目を潰す。

 たとえ出会ったばかりの人々を守るためでも、シヴァはそれなりの力を発揮した。


 ハルカとシヴァの頑張りで、緑色の肌をした小柄な鬼そのもののゴブリンたちはいくらか数を減らし、現地でオークと呼ばれる豚鼻の大型亜人が追いついてきたのだ。

 小学生程度の体格のゴブリンたちはともかく、オークとなれば成人日本人男性よりも戦闘能力が高い。

 いくらスポーツ万能のハルカでも、それこそ魔術でも使わない限り一撃で戦闘不能にするのは無理だ。

 シヴァはそれでも安定して一撃死を与え続けていたが、数百の群れを相手に、犬一匹の体格で出来ることには限界がある。

 100メートル先のカンの操る鋼鉄の騎士WBもおおむね制圧を完了しつつあったが、なにしろ敵の数が多い。

 こちらを助けに来るまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 そもそも、WBは寸法からいってこういう多数相手の戦闘に全く向いてない。

 だからこそ、敵国に近い河原を利用して、そこに放置しようという行動に出ていたわけである。

 さすがにゴブリンやオーク程度にやられることは無いが、素早い制圧を期待するのが間違っている。


 ハルカの美しい舞もやがては小さくなり、服が破け、やがて、完全に囲まれる。


「た、丹田で呼吸をして……!い、意識を保って!!」


 べっとりと汗と血で汚れた黒髪は、蒼白となったハルカの体にまとわりつく。

 しかし、彼女の舞の観客は無粋だ。

 もはや剣は無用と気がついた緑のゴブリンの手が、オークの薄汚れた手が、ハルカの服に掴みかかり、破き去ろうとした。

 ハルカは最後の力を振り絞り、舌を突き出し、精一杯のあかんべーをした。

 そしてそのまま出ている舌を噛み切ろうとする。

 自分が犠牲になれば、その間にゲンヤは逃げられるだろう。

 ただ、ゲンヤの目の前で生きている自分がそういう目に遭うのだけは、それだけはハルカにとって出来ない相談だった。

 だが、今こそ彼女の犠牲は必要だろう。

 なら、せめて、自分の死後にそういう事態に遭うのであれば。

 悲しい決意であった。


 しかし、ハルカの決意は無情にも、舌を噛み切ろうとした口に乱暴に手を突っ込まれることで果たされずに終わる。


「!!」

 自分はこのまま舌すら噛み切れないのか!

 突っ込まれた指を食いちぎろうと歯を食いしばりながらハルカは必死に振り返る。

 暖かい血の味が口に満ち……なぜかハルカはそれを懐かしいと感じてしまう。


 その味の持ち主は悪鬼などでは無く……


「駄目だ!!」


 そこには、逃げたはずのおっさんが居た。



          ***



 ゲンヤ(おっさん)はなんとかハルカに追いつき、ハルカを抱きしめる。

 二人とも満身創痍。

 深い傷こそないものの、細かい傷は数え切れない。

 なぜかおっさんが左手で振るラックトップだけは新品のようにピカピカだったが、それを振るう手はもはや力がない。


「く、くそ!!」

「な、なんで、逃げな、かったの」


 ハルカの言葉をおっさんは聞かない。


「っつ!」


 ついにはコントロールが狂い、やけに丈夫なラックトップPCがおっさんの手から離れかける。

 空中で必死で掴み直したが、ラックトップのロックが外れ蓋が開いてしまう。

 丈夫なラックトップPCであったが、いくら何でも脆弱な液晶モニタでゴブリンやオークの剣を受けることは出来ないだろう。

 もはや抵抗は出来なくなった、その瞬間であった。


「ワンワンワンワン!」


 二人を庇おうと割り込んできたシヴァのお陰でわずかに亜人たちとの距離が開く。

 ならばせめて、とおっさんはハルカに覆い被さり、開いたラックトップをさらに被る。


 その瞬間、おっさんは気がついた。


『シナリオスタートしました。QBを起動しますか?Y/N』


 その、ラックトップ画面の表示に気がついたのだ。


 それが意味がない行動である事はわかっていた。

 こんな緊急事態になにをしているのだ、という自問自答もあった。

 だが、どこか、なぜか期待してしまう部分もあった。


 深く歯形が……ハルカの決意の痕がついた指で、おっさんは、旭玄弥は「Yes」と選択した。


 その瞬間、ラックトップPCから、青い光があふれ出す。

 おっさんを中心として複雑な魔方陣が描き出され、そこから凄まじい圧力が発生した。

 自由を与えられたラックトップPCが、高らかに宣言した。


『QB-1 アイリス、起動シークエンスに入ります!』



          ***



 めまぐるしい光の変化の中、音声が鳴り響く。


『起動シーケンスにトラブル発生。必要パーツが大幅に足りません』


 何かが、おっさんから抜け出す感覚がある。

 何かとても大切なものが抜けてゆく。


『不足パーツはマナから強制量子プリント。不足しているパーツを補完します。

演算能力が足りません。マスターの演算補助が必要です。パーツ素材が足りません。マスターのマナ補助が必要です

マナ補助を行いますか?これは推奨外です』


 しかし、おっさんは直感していた。

 いや、確信していた。

 自分たちが助かる道はこれしかないと。

 そう、おっさんは知っていたのだ。

 血が滴る指で「Yes」を押す。

 自分から何かが抜け出す感覚が強まる。

 いや、強まるなんてものじゃない。このままでは消える。自分が消えてしまう。

 同時に強烈な頭痛。強制的に計算をさせられている。

 無理矢理に過去の記憶が掘り起こされる。

 幼い頃、大学の頃、初めて論文が掲載された頃。

 父との思い出、沖縄での思い。そして、あの7年前の苦しみ。

 あの女の醜い笑顔。少女の泣き顔。美しい青い花。

 その後の鬱屈した思い。PCの中の無数のロボットたち。


「ぐ、ぐわあああああああああ!!!!!!!!」


『マスターの脳の発熱と急速なマナの低下を確認。

マスターの生命維持活動が危険領域まで低下。

起動シーケンス中断を強く推奨します。中断しますか?』


 しかし、おっさんは知っていたのだ。

 このシーケンス進行を知っていた。

 それが実際にこんな苦しむものとは知らなかったが、この展開は何度も見ていた。

 これがまさか現実にあるとは思いもしなかったが。

 しかし、あるのならば、自分の苦しみなどは関係無い。


「Noだ!!シーケンス実行!!!」


 その瞬間おっさんの全てがラックトップに吸われる。


「せ、先生!ゲンヤさん!!!」


 ハルカのその叫びで、おっさんはこの世に踏みとどまる。

 守るべきがあるのならば、おっさんはここを去るわけには行かない。


 当初の驚きから冷めたゴブリンやオークが攻撃を再開しようとするが、的確にシヴァがのど笛をかみ切る。


「どうしたの?この光は一体何??」


 ハルカの言葉がおっさんを救う。

 そうだ、さっきハルカが言っていたように、丹田で呼吸をして。外の気配を取り込んで。

 とりあえず、この世界に満ちた外氣を取り込むことでおっさんの存在は辛うじて保たれた。

 しかし、それだけだ。全然全くこれっぽっちも足りてない。


「大丈夫!?姿が、透き通ってる!!??

 消える……消える!?

 駄目、消えちゃ駄目!!???」


 ハルカがおっさんを、ゲンヤを抱きしめた。

 その瞬間、おっさんに大量の何かが流れ込んだ。

 奇跡が起こる。




『……量子プリント完了。不足していた99.994%をマナにより強制補完しました。。』


 一瞬言いよどんだかのようなラックトップPCの宣言。


『QB-1アイリス、起動します』


 再び体内からごっそり何かが抜け落ちた。

 一瞬意識を失いかける。

 が、ハルカの顔を見て、意識が覚醒する。


 そう、おっさんはこのシーケンスを知っていた。

 これが、あのゲームの演習と同じなら!


 ハルカをそっと後に突き放すようにして、青く光り輝くおっさんは、ゲンヤはゴブリンの群れに飛び込んだ。


「げ、ゲンヤさん!!」


 瞬間。


 おっさんの体は青い光と共に宙に浮かび上がる。

 着ていたローブが分解され、一瞬裸になって見える。

 光が収縮すると共に全身は巨大な金属の鎧に包まれた。


 そこに現れたのは、無骨な金属の塊。

 コンテナを組み合わせたかのような角張った手足と、ボディ。

 それに、ドラム缶のような頭部が乗っかっていた。

 ドラム缶に切れ目が入っており、そこから二つの光が見えるのは、目の代わりだろうか。


 物理法則を無視して突如現れた大質量に、空間が歪む。

 その質量に押しのけられた空気は文字通り爆発した。

 大地に立ち上がるようにして登場した金属塊だが、今のおっさんの能力ではその体を支えきれずに倒れ込む。


 ズドーーーーーン!!!

 再び凄まじい爆発。


 おっさんの後方にいたハルカは、シヴァに庇われる形で二度の爆発にギリギリ耐えられたが、周囲は悲惨なことになっていた。

 大きめの岩まで全て吹き飛ばされ、そこに残るのはただロボットとハルカ、そしてシヴァのみ。

 おっさんが心血を注いで仮想世界に構築したロボ。「QB1アイリス」は、ただそこに現れただけで、ゴブリンの大半を殺戮していたのだ。


「こ、このボディは、初期型(テストベッド)かっ」


 おっさんを中心に展開された「アイリス」は、全く不完全なものであった。

 しかし、それはあまりに圧倒的な存在であった。


 危機を感じ、カンと戦っていたはずの残存兵たちがアイリスに襲いかかる。


「くっ!!」


 おっさんの指示でアイリスは何とか膝立ちに立ち上がり、軽く腕を振る。

 それだけで、残ったゴブリンが全てなぎ倒された。


 しかし、ただ腕を振るだけでコックピットのおっさんは存在を揺るがされる。

 強烈な目眩がする。

 よろけて手をつく。

 手をついた先にオークよりもさらに一回り大きいオークリーダーがいた。


「ぐ、ぐげ?」

 ぷち。

 オークリーダーはいとも簡単に手のひらの染みになる。


 これは到底戦闘とは言えない。

 おっさんはただ、立ち上がろうとしているだけだ。

 それだけで、周囲の全てが駆逐されてゆく。

 あまりに圧倒的な力であった。


 もはや周囲にほとんど亜人たちは居ない。

 慣れてきたのか、わずかにおっさんは楽になった。


「くっ。な、何とか立てるか?」


 おっさんは、アイリスを何とか立ち上がらせる。

 と、その正面には、アイリスよりも二回り小さい、鉄の騎士がいた。



          ***



「……てめえ。王国の新兵器か!?」


 河原を慎重に歩いてくる鉄の騎士を操るのは、カンだ。

 おっさんは、アイリスの片手を振って、ハルカとシヴァを遙か後方に誘導する。

 茫然としていたハルカだったが、シヴァを連れて距離をあけてくれたようだ。


「……お、王国?な何を言ってるんだ!?」


 おっさんは、カンに答えようとするが、カンの言葉が理解できない。

 しかし、その言葉はカンの警戒心を危険領域に放り込むには充分であった。


「韜晦するか!?問答無用!!!」


 カンはWBの鋼鉄の剣を瞬間で振る。

 剣の切っ先が音速を超え、どん!!という衝撃波が走る。


「くうっ!!突然、何をする!!」


 しかし、その必殺の一撃は、おっさんの操るアイリスの無骨な左手によって簡単に受け止められていた。

 おっさんは迷わず、空いた右手で殴り飛ばす。


「す、素手でだと!?」


 カンの驚きも瞬間。

 がらくたのような出来の右手の一撃で、カンの操るWBの装甲板は吹っ飛ぶ。


 どん、どん、どん!!


「く、わあああああああああ!!!」


 カンのWBは、ゆっくりと2回転3回転しながら、スティックス川を水切りの要領で飛んで行く。

 3回目の着水で、カンのWBはスティックス川に完全に水没した。


 あまりに圧倒的な「アイリス」の力であった。


 しかし、それが限界だった。

 無理矢理に顕現させた巨大なロボットの体は、ただ存在しているだけで膨大なマナを消費する。

 まして、それが動くとなれば、ほんのわずか体を動かすだけでも普通の人間なら存在が根源から消滅するくらいのエネルギーを消費する。

 有り体に言って、おっさんは、ゲンヤは急速に意識を失いつつあった。

 げほっ!

 むせ出すように血を吐く。

 そこに「アイリス」AIからインフォメーションが入った。

 おっさんは、半ば無意識で「通話」ボタンを押す。


『あ、繋がった!!やっと話を聞く気になりましたかマスター!?バカなんですかマスター死ぬ気ですかマスター?パーツの99.994%が不足しているのになんで起動したんですか?デザイン無視してまともな装甲無しのイージースタイルでも60トン以上のパーツが必要なのに4キログラムしかパーツ無かったんですよ?ほぼ60トン丸ごとマナで補完ってあなたどうなってんですか?私止めましたからねほんっとうに止めましたからね普通の人間には絶対に起動できないマナ量ですからねっていうか物理的に質量足りないのになんで起動できてるんですか?そもそもなんで私で敵をぶん殴るんですか?見た目でわかるでしょパソコンですよパソコン!そんなんで相手が死ぬくらい殴ったら普通壊れちゃいますよ!!おかしいですよぜったいやっぱバカなんですねっていうか人間なんですかマスター?でもこんな超演算こなしちゃうしやっぱりにんげんじゃないんじゃないかなとああもうっていうか私と同寸くらいの金属移動体迫ってきてますからね気絶しないでくださいね!!って、ちょっと、マジ頼みますよ!!お~~い!!!マスター!!目を覚まして!!!』


 ……気を失う寸前、おかしなノイズが聞こえてきた気がする。


というわけで、やっと主人公の本名判明。

ロボットはまだまだ仮です。コンテナをつなぎ合わせたような形状です。

本番はこれからだ!!

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