第1話中編 おっさん河原に立つ
白い光の中、壊れた屋根の向こうに見たのは、人影だった気がする。
いや、アレは人なのか?
それは、人と言うにはあまりに巨大で。
明らかに人に害意があった。
いや、だからこそそれは人だといえるのかもしれない。
***
「う、……うん?」
おっさんはうっすらと目を開けた。
明るい。
少なくともあの事件以来この7年練れ親しんだ暗い室内とは全然違う。
っ!!
「ハルカちゃんは無事か!?」
おっさんは慌てて腕の中の柔らかいものを確認する。
「ハアッハアッハアッハアッハア……」
腕の中の子は、息づかいも荒い。
大丈夫か!?とまさぐる。
ふわふわふわふわ。
意外に毛深い。
ぺろぺろぺろぺろ。
顔を舐められた。
「い、いや、そういうのは良くない!」
腕の中の子は、おっさんに突き放されて、腕の中を抜け出す。
「わん!わん!!」
一糸まとわぬその子は、元気いっぱいにおっさんに吠えかかった!
その姿は……
「わん……くうん?」
首をかしげるその子は、体長40センチ弱。体重10キロ前後。
どう見ても犬。それも立派な柴犬だ。
「は、ハルカちゃんが、犬に!!??」
おっさんは動転した。
体の上にかかっていた白い布を払いのけて、おっさんは飛び起きる。
「い、いや、せんせー、そんなわけないでしょ。。。」
横を見ると、ハルカが呆れた顔をして座っていた。
服装は、見たこともない白い布。バスローブというには前があいてない。すっぽりと被るタイプの真っ白な服だ。
いわゆる幽霊ローブ。よく見ればフードも付いていて被れるようになっている。
しかし、そのハルカの頬はわずかに赤く、こちらを見ようとしない
「せ、センセー、それよりも、服、服」
言われて気がついたが、おっさんは裸だ。
体にかかっていた白い布はハルカと同じタイプの服らしい。
「そ、そうだよね。ははははは」
ぱっと見で自分に怪我が無いのを確認したおっさんは素早く頭からすっぽりと服を着た。
「ハルカちゃん、怪我とかは?」
「大丈夫。今は怪我は無いみたい」
おっさんはほっと安心する。生活の全般を助けてくれるこの子が怪我でもしたら、おっさんは生きていられない。
ひきこもりはか弱い生き物なのだ。
周りをキョロキョロとみる。
「ここは?」
おっさんは周りを見る。
そこは、おっさんの部屋……というわけではなかった。
爆発で吹っ飛ばされたのだからか家の跡地ということも考えたが、それにしては周囲に破片の一つもない。
というか、ここは……
「河原?」
まごう事なき河原だった。
それも、大きな石がゴロゴロした巨大な川の河原だ。
水量は多く、しかし青く透き通っている。巨大な清流、というなかなか見ない風景だ。
近くにやたらとげとげした山が見える。
おっさんは、こんな風景を知らない。
「わたしたち、なんか、ずいぶんと飛ばされたみたい」
ハルカはそう言うが、いや、そんな距離を飛んだり、あるいは逆に川が出来るほど周囲が吹き飛ばされたらこういう風景にはなってないだろう。
他にも謎はある。
この、白い服だ。
「この服は、誰が?」
おっさんは自分の着ている白いそれを指でつまみながらハルカに聞く。
「……よくわからないんですよね。さっき、センセーが寝てる間に変なオジサンが服を置いて行ったんだけど……」
どうやら、おっさんが寝ている間に誰か来たらしい。
「服と言えば、ええっと。聞きにくいんだけど、ハルカちゃんの服も……?」
「……(こくこく)」
ハルカは真っ赤な顔で頷く。
「あ、やっぱりハルカちゃんも裸で?い、いや、爆発で服が脱げるっていうのはよくあるし」
台詞途中でハルカににらみ返されておっさんはさらに余計な発言をする。
これだからおっさんはこの年で引きこもっているのだが。
ハルカの反応から見るに、どうも二人は素っ裸でここに倒れていたようだ、とおっさんは思った。
「は、裸って訳でも……せ先生の……枕にしているそれとかはあったし……」
「それ?」
とおっさんが見ると、そこにはラックトップが。
開いたまま点滅している表示には「シナリオスタートしました。QBを起動しますか?Y/N」とある。
あれだけの爆発で液晶が割れてないのは大したものだ。
「わんっわんっ!」
「あと、この犬か」
ボクを忘れてますよ!とばかりに犬が吠える。
立派なものが付いているので、この子は雄だ。
おっさんはちょっと悔しい。
「服をくれたオジサンのトモダチだって。シヴァって名前みたい」
と、ハルカの説明。
柴犬のシヴァ。あまりに安直だ。
それにしてもこの犬、妙に人なつっこい。柴犬はもう少し孤高の生き物だと思っていたのだけれども。
「よっこらしょ、っと」
おっさんはラックトップを閉じ、かけ声をかけて立ち上がる。
とりあえず、あの爆発の直後だ。何があってもおかしくは無い。
***
「服は……白ローブのようです。一般的な服にも見えますが、黒髪にやや黄色い肌が確認できました」
「おお。預言の残りカスですかな。これはついてますな。面倒な渡し守の男も去りましたし」
「……ゴブリン退治の補給切れタイミングで異邦人たちを見かけるとはな。ついているのかついてないのか」
リーダー格の騎士が肩の金モールを指でいじりながら苦笑する。
河原を見渡せる丘の上、剣のように鋭い無数の岩に隠れるようにして、三人の武装した者たちが居た。
「異邦人は味方に出来れば貴重な戦力ですからね。敵対するなら早めに処置しなければいけませんが」
「いや、異邦人でも戦力にならない者もいるぞ」
「ああ、あの方のことか。違いない。くっくっく」
部下二人の雑談に、リーダー格の騎士は眉を潜める。
育ちの違いはどうしてもこういう場面に出てしまうものだな、と口の中で呟く。
「フム……」
金モールをいじるのを止めて、部下に問う。
「残存ゴブリンはどちらにトレインしている?」
「はっ!現在、カンが王国側に誘導しています。間もなく渡河地点かと」
「ここは中立地帯が近い。ゴブリンどもを異邦人たちとなるべく接触させないようにしろ。
……念のため、私はワークボディの整備をする。万一ゴブリンが異邦人に接触したら知らせろ」
金モールの騎士は、素早く丘を下りてゆく。
「……接触したら、ねえ。どう思うよ、トン」
「まあ、カンに知らせろって命令は受けてないしねえ。チンの思うとおりになるかもね」
「手柄は大切。カンも喜ぶだろうさ」
二人の従士は姿勢だけは正して見せたまま、小さく笑い合う。
従士たちは不従順というわけでも無能というわけでも無い。
単に、つまらない雑魚退治にかられる日々を嫌がり、出世の機会をうかがっているだけだ。
出世の機会にだけは事欠かない若い騎士には、自分の言葉が逆に捉えられる危険性など思いつきもしなかった。
投稿遅れました。なかなか慣れないのでしばらくペースが乱れますが、お付き合いください。