表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

第1話前編 おっさん河原に立つ

試しに投稿してみます。


2/19 北の描写を大人の事情で現実とはちょっと離れる方向に修正(^^;

 おっさんは引きこもりだった。

 いや、今もなお薄暗い部屋の中にいるから過去形では無く現在進行形かも知れない。


「ではセーブ、と……」

『お疲れ様です。それでは戦闘行動プログラムはこれでよろしいですか?』

「よしよしアイリスちゃんはいいこだね。コンパイル開始、と」

『了解しました。Qアセンブルスタートします』


 AIの安っぽい女性合成音声に対し、暗闇で一人呟く。

 あー、ちなみに音声入力をしているわけでは無い。

 おっさんはモニタに返事をしている。

 かなり致命的である。


 最近はテレビを見てもラジオを聞いてもおっさんと同じくらいの年代の人たちの活躍ばかり聞こえてくるので、おっせんはいつしかテレビもラジオもスイッチを付けることは無くなった。

 そうなるとネットだけがおっさんにとっては世界との繋がりであったが、最近、面白いオフラインゲーム・・・古いPC向けのこれまた古いロボットソフトをPCストレージの隅っこで発見してからは、ネットで年下たちと交流(くちげんか)するのもおっくうになっていた。ニュースと好きな専門書程度は目を通すが、いわゆるROM(よみせんもん)である。


 おっさんがはまったゲームは「QBークオンタムボディー」というオープニング画面の対戦型のゲームなのだが、ロボットを作って自動で戦わせるタイプのオフラインゲームなので対戦相手には事欠かない。アーカイブの都合上、対戦相手はすこしばかり前の人間ばかりであったが。

 ……おっさんの父親の名前を対戦機種製作者に発見した時には、思わずげんなりしたものだ。

 ……思えばおっさんは父親とはここ数ヶ月顔を合わせていないような気がする。まだ現役を気取る老父とおっさんは名目上同居しているはずなのだが。ネットショッピング万歳である。ちなみにおっさんの母親は、とうの昔に蒸発して消えている。


 さて、最初は全くこのゲームで勝てないおっさんであったが、持ち前の知識と好きなことにだけは働く根性でようやく練習モードでなら勝てる機体を作り上げられるようになっていた。

 演習モードで再設計を繰り返し、ストレージライブラリ上の最強敵機「オールドニック」……ちなみにロボット作者はおっさんの父親……を危うげ無く倒す機体とAIを作り上げたのだ。

 演習モードならばほぼ無敗。そして今日はいよいよ満を持して本番(シナリオ)モードをプレイするのである。


『アセンブル終了しました。次に、アイテムを選択してください』

「アイテムっていってもなあ、練習モードからアイテムは持ち込めないし」


 アイテムといわれても思いつくものが無いおっさんは、そのまま「NEXT」ボタンを押す。

 こういうときにマニュアルが無いのは不便だ。


『RUN指示で、演習を終了して戦闘を開始します。繰り返します。ここから先は演習ではありません。これは演習ではありません』


 脅かすような、おっさんの相棒AI「アイリス」の合成音。いつもと変わらぬその安っぽい声から緊張感のようなものまで感じてしまう。


「よし。ではスタート、と」


 おっさんは汗ばむ手でRUNボタンを押す。簡単極まりない説明テキストによると本番(シナリオ)モードでは、戦闘で完全破壊された場合、失われた機体データやAIデータは帰ってこない。ブロックチェーン技術でも使っているのか、データはソフト内に一つしか保持できず、特にAIデータはバックアップもコピーも出来ないのだ。折角手間暇をかけて作り上げたこの機体が一瞬で消えてしまうかも、と思うと、たかがゲームといえども緊張しないわけには行かない。

 たかがひきこもりの時間を数万時間かけたところでなんの価値が?などと言ってはいけない。理不尽なことに、おっさんの寿命はひきこもりのその間も外で幸福を闊歩しているリア充と同じ速度で減っているのだ。いわばこの機体は、ここ数年のおっさんの磨り減らした寿命そのものなのだ。これに価値がなければおっさんにとって何に価値があるというのか!?いや、ここ7年ほどのおっさんの人生そのものに価値がない、というつっこみは無しにして。


 さて、ポチッとボタンを押した後は、けたたましい戦闘開始のサイレン音と共に「Now Loading...」その後「接続待機中」の点滅文字。オフラインなのに偉そうに接続待ちである。

 練習モードでも存在していた対戦相手参加待機表示はシナリオモードでも消えないらしい。

 練習モードの場合にはここで敵機を選択するのだが、シナリオモードでは接続待機のカウントダウン180秒のあいだ、このサイレンが鳴り響くわけだ。



 そして、おっさんは引きこもっていたので、その事態に気がつくのが大きく遅れた。



 おっさんが異変に気がついたのは、けたたましいサイレンの音の中、腹の虫がグーと鳴り、そういえば「出前野郎」といういつものサイトで注文した昼飯……たぶん昼飯、が、まだ届いていないのを思い出したのがきっかけだった。おっさんは「出前野郎」のお一人様ハードメニュー「お一人様野郎」が大のお気に入りだったのだ。

「……出前、届いてないな」

 と喋ろうとして、声がしわがれていてほとんど音が出ないことに気がついた。いくらなんでもゲームに夢中になりすぎだ。とてつもなく凝ったゲームで、曲がりなりにも工業系大学を院まで出たおっさんでも充分楽しめるだけのロボットの作り込みが出来るソフトなのだ。

 どれだけ時間が経ったんだろうと部屋の時計を見るが、注文した時とほとんど変わっていない。

「11時45分。おー。まだ注文してから15分しか経ってない。……ってそんなわけねえよな」

 見回せば、部屋も真っ暗だ。時計だけでなく部屋の全ての電気が消えているらしい。おっさんのPCは丸一日持つ巨大バッテリー搭載の超旧型ラックトップPCだけに、停電でも気にせず動作していたようだ。薄型で鞄に入るノートPCでは無い。昔はデスクトップPCにそのままバッテリーをくっつけたラックトップという機種が、主に工業開発用途向けとして出回っていたのである。折りたたんで、そのまま大きめのブリーフケースの形になる。昔のスパイ映画によく出てくるので今の若い子も知っているかも知れない。


「……停電?……バッテリー持つかな」


 停電に気がついてもおっさんはゲーム進行の心配をして居る。筋金入りだ。


「うーむ。しかしまあ、サイレンの音がやたらとうるさいな」


 暗闇だけにサイレンと赤い点滅が非常に目立つ。カーテンを閉めておいて良かった。さもないと近所の……


 ドンドンドンドン!!ガチャ!ドスドスドスドス!!!

 賑やかに玄関のドアをノックする音、そして断りも無く上がり込み、階段を勢いよく駆け上がってくる足音。


「……」


 どんどんどんがちゃ!!

 そして一応ノックらしきものと連続してドアが大きく開き、その向こうには長い黒髪を振り乱した制服姿の人影が。


「センセー!なにやってんの!?」


 ……近所の賑やかな娘さんが、こうしてクレームを入れに来てしまうでは無いか。


 おっさんは、赤い点滅とサイレンの中、ロボットのようにぎくしゃくとドアの方を振り返った。


「は、ハルカちゃん、今日はまたずいぶんと忙しい登場だね?ど、ドアノックはした後でちゃんと2つ数えてから……」

 おっさんはなるべく優しく聞こえるようにそう言った。日頃なにかと世話をして貰って居る手前、おっさんはこの子には逆らえない。ひきこもりの肩身は狭いのだ。

 しかし、何事かに怒っているハルカちゃんー御影遙香みかげはるかーは、その言葉でますますヒートアップしたようだ。

 

「せ、センセーこそ、なんでこんなところにのんびりしてるんですか!?」

「な、なんでって?」


 センセーと呼ばれたおっさんは、ハルカちゃんの疑問に疑問で返す。大人失格である。

 しかしまあ、なんでも何も、ここはおっさんの家である。いや、名義上は父親の持ち物かも知れないが、ほとんど帰ってこないからほぼおっさんのものと言って良いだろう。

 おっさんの疑問も当然と言える。


「シェルターに居ないからどうしたのかと思いましたよ!早く避難しないと!!」

「ひ、避難?」

「北が攻撃を仕掛けてきたの!!警報鳴ってるでしょ!?」


 言われてみれば、おっさんのラックトップPCだけじゃなく、外からもサイレンが聞こえているようだった。

「北が?あー、あのヒトラーもどきの?道理でうるさくて真っ暗だと思った」

 おっさん、サイレンのやかましさと停電に大いに納得する。

「センセー!納得してる暇無いって!逃げないと!!」


 ハルカは勝手知ったる押し入れをあけると、手早くおっさんの着替えなどを鞄に詰め込んでゆく。


 と、ラックトップのカウントダウンが終わりに近づき、サイレンの合間に合成音声が流れる。


『あと10秒で転送スタートします。アイテムが未選択です。シナリオ本編にはアイテムを一つだけ持ち込めます』


 空気を一切読まないAI(アイリス)の声に、おっさんは思わずラックトップを背中に隠す。


「……せんせー。。。なんでこんな時にゲームやってんの?」


 あきれ顔でいうハルカの手には、おっさんのパンツが握りしめられている。


「あ、いや、まあ、その」


 おっさんはどう返事をしようか迷った。

 言い訳をすべきなのか、それともハルカがハートマークのおっさんのお宝を握りしめていることを指摘するべきなのか。


 気まずい空気が流れ始めた、その瞬間。

 と、ラックトップPCのカウントダウンがゼロになった。


 世界はーすくなくともおっさんとハルカの認知する世界はー光に包まれた。


「!!!」


 辛うじて学生時代の動きを思い出したおっさんは、まばゆい光の中、見当を付けてハルカを押し倒す。


「キャッ!!」


 柔らかいものを抱きかかえると同時に床に転がる。



「!!!っ!!!!耳をふさいで口を開いてっ!!!!!」


 この柔らかさをまもらなければいけない!!!


 おっさんは開いたままのラップトップを頭の上に被る。

 次の瞬間、無数のガラスの破片が舞い、爆風が部屋を満たした。


『アイテムが選択されました。未完成アイテムと判定。シナリオスタート後に完成品として提供されます』





続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ