素人との差
──依田香織は夢を見ていた。
「しーくんはいつも私を助けてくれるね」
「"──のおうじさま"なんだから当たり前だよ」
───分かり易くこれは夢だ。主観視点でただ依田香織は結城止水を見ている。幼い顔の結城止水は私を見ながら。
──ちがう。この場所は夕張識杏の立ち位置で私はここじゃない。
「でも能力はとっても弱いじゃない?」
「確かに──が"視て"くれた能力すっごく弱いけど、それでも助けないりゆうにはならないじゃんか」
──崩れていく。多分夢から覚めるのだ。依田香織は自覚的だった。
「──三十秒もあれば充分でしょ?」
──目が覚めた。
「………とてもやな夢だ」
思わず依田香織は溜め息を吐いてしまう。これで無駄に寝起きはすっきりしているのだから、気持ち悪くて吐き気がしてくる。
ただ真っ直ぐに依田香織は学校から配布された端末を起動する。変な夢を見たせいで無性に気になった。
かち、かちと電源ボタンを押すが、起動しない。
充電はしっかりしてあるというのに。試しに長押しすると起動した。完全に電源が落ちていたのだ。消した記憶はない。嫌な仕様だな、と依田香織は呟いた。
そしてこの端末の嫌な仕様はこれだけではない。
「うわ、繋がってないね。学内専用と言うわけかい」
確認のため、だったんだが。この際本人に確認した方がいいか。
依田香織は普段より20分ほど早く家を出た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「だって仕方ないじゃん逃げたって思われるのは」
「だって、って………君なぁ………」
ほんのちょっと焦った風の依田に登校の途中、出会った。
「決闘? 決闘って言ったんだ?」
「言ってることはとにかく意味不明だったけどそれくらいは俺にも理解できたから申し込んである」
「君から申し込んだんじゃ、殆ど誰も割り込めないじゃないか……」
0組は実戦の申請優先度が一番高い。0組同士で戦い、最低限に勝利数を稼ぐためにあるものだろう。
依田は子供に言い聞かせるみたいに言う。
「君は何をしたか分かっているかい?」
「何って、決闘に乗っただけじゃん」
「それが問題だ。良いかい? 私達は、いや普通の生徒は殴り合いもしくは能力の叩き込み合いに馴れているわけがないんだ。そんな人たちがいきなり降参ありの戦いに投げ込まれたらどうなると思う?」
攻撃そのものに馴れていない同士。決まっている、痛いのは嫌なのだから。
「そう。いくら大怪我したって治るなんて言ったって普通は防げない攻撃で威圧して降参させる、能力のチキンレースだ。この例えが合ってるかは分からないが、まあ、そう遠くないだろう?」
「……でもあの男は私怨混じりだろ? しかも俺は0組だし」
「ゼロクラス相手に負けるなんて認めない。それに拳を突きつけた程度で止まってはくれない。まぁ、魔弾系相手に君が負けるなんて思ってないが、あんまり手加減すると痛い目を見る」
「……殺す気でやるから問題ないな」
「おい。……殺すなよ?」
「無能力者程度の攻撃で死ぬとでも?」
「いや、十分死ぬだろう……人なんだから……君は充分に素人じゃないんだぞ」
「分かってるって、それくらい」
依田は心配そうに念を押してくる。
「あんまり、あんまり考えちゃいないが! ほっんとーっに考えてはいないが!! 負けるんじゃないぞ?」
「うるさいな、分かってるよ」
そもそも別に直ぐに戦うわけでもない。来週からだし。
ちょっと焦ってる依田は珍しいが、そう深く考えるものではないと俺は思うんだ。うん。
腕輪の性能によるな。頑張ってくれよ0組特権。無能力者の星よ。
「腕輪を右手で触れろ」
実戦は来週から、と言うことで今度は屋内訓練場に集まっていた。恐らく腕輪の中身をバレないようにする最低限の配慮、だろう。
言われたとおりに腕輪に触れると、その場所から、みょいんと棒が出て来た。黒く透き通った棒で他の人とは色が違う。
どうやらそれぞれ色違いのようで全く同じ色はないようだ。共通点と言えば仄かに光っていることか。
「それは剣の柄だ、引き抜け」
引き抜く。
刃渡り50センチ程、幅は大元になる部分が10センチくらい。剣の刃のあるべきところに広葉樹の葉のような形の刃がほんの僅かに隙間を開けて並んでいる。
奇妙な形の剣だった。
葉の様な刃は少しばかり剣に埋まっていると言うのに上下に揺れた。強度を確かめるために試しに毟り取ってみようと弱そうな根本を摘まんで引っ張ったけれどそう簡単に取れそうになかった。
「それぞれ別の武器が出ただろう。それが今日から三年間の君たちの能力だ。大事に使え」
左手に持って軽く振る。重くはない。
「ほう、それが止水の武器か! ひょろいな!!」
「やかまし──うぇ、なんだそりゃ!?」
相楽が喧しい声を上げてやってきたのだが、その武器が何というか凄まじかった。
鬼の金棒、とでも言えばイメージできるか。トゲトゲの六角棍だ。当たったら痛そうとかそういう次元じゃない。死ぬだろ多分。
そりゃあ、大男と言って過剰ではない相楽の身長ほどの大武器に比べればひょろいなんてもんじゃない、だいたいの物が棒切れになる。
というか
「それ、掴めるの?」
「おうさ、案外手に馴染む!」
ぶおん、と金棒じみたそれを握り締め振り回す。軽々と、木の枝を振り回すくらいの軽さで。掴むところですら指が離れているくらいには大きい。
「重くないの?」
「軽くはないな、だが、それで良い!!」
筋力に物を言わせた動きだな。俺には出来ない。できるのは五月雨くらいだ。あの高笑いを浮かべながら──あれはバスターブレードって言うんだったか、片刃の大剣をぶんぶん振り回していた。なんだあの鉄塊。ガッツかよ。
他の人はどうだろう。
「霧の剣に三叉の槍、それから鎖鎌……? なんというか滅茶苦茶だな」
「霧の剣を出した人困ってたぜ」
「藍逆さんか。まぁあれは……」
どういう性能してるんだろうか全く想像が付かない。いや、強く考えればいいのかそれとも弱く考えて良いのかが、全く。
「で、田倉、それは?」
「ナイフ。やー、無理でしょこれ1本は」
へらへらしながら田倉はナイフを指先で振り回す。
「魔弾が有るだろ。まだ」
「多分ロクなリスクじゃないと思うぜ?」
「そりゃ、まぁ。燃費悪いとかあるだろうなぁ。本職より出来るようになったらそれ能力者である意味が分からないしなぁ」
使い込めば強くなる、なんて話は───
「これらの能力は初めは弱いが段階的に強くなる。使い込めば、それこそ能力者を越えることも出来るだろうが、それは本人の適性だ。成長できない奴もいる」
───おお。
「田倉、元気出せよ。案外化けるかもしれないぞ?」
「そーだな」
投げやりな返答だ。まぁ、分からなくもない。
「止水はなんかやってたって言うけどその木みたいな剣?」
「剣だろ多分」
「それの扱いとかどうなのさ?」
「分かんないな。どっちかって言うと無手寄りだっただけだから木刀とかは使えるけど」
この剣幅が葉刃含めると20センチ越えてて幅広く見えるので、間合いの把握がまだ出来てなかったりする。
「試しに斬り合ってみるか?」
田倉がそう言った。
「いや、多分これ」
俺は言いながら刃を手の甲に擦り当てる。
「切れ味悪いけど普通に斬れるぞ」
血が滲む。スパッと言う感じではなく、ザリザリッと擦れている感じだ。はっきり言って刃と言うには粗末だ。
「うわ」
田倉も試そうか悩んだのかナイフを見るが、止めたようだ。俺の武器より数段斬れやすそうだったし、賢明かもしれない。
「まだこうして盾を構えて殴ってた方が良いだろ」
右手に剣を持ち替えて盾を腕輪に接するように出した。
「突いてこい、っ」
カン、とナイフの突きが盾に当たる。弾いた。まあおっかなびっくり、という具合なのであろう。
「構えて」
田倉に盾を構えさせる。俺は脇の下から振り上げるように盾を斬りつける。
「おわぁっ!?」
田倉が驚いて尻餅を着く。ガラスが砕けるような音をたてて砕け散った盾を見る。まあ、普及点。
「いや凄いな一撃じゃん」
「盾が脆いだけだよ、ほい」
俺が差し伸べた手を、自らのサングラスの具合を確かめてから取る田倉。
「脆い? それが?」
「ああ、砕けるまでやってみるか?」
田倉は頷くと盾に対して突きを続ける。その音はあまり心地よくは無いが、強度確認のために叩き続ける。
「十回以上掛かったんだけど!?」
あるぇ………?
「何回か逸らされた気がするしな」
「それは、やったかもしれないや」
「おい」
いやでも多分悪いのはナイフっていう武器だと俺は思うのだが、強いて言えば体の使い方か。
なるほど。