あっさり砕けるんだね(笑)
帰る前に試していると、なんと、盾がでた。出せる位置は制限はないけど位置は腕輪の相対位置から指定するもので、盾は透明な水色をした六角形の薄い板といった具合だった。
「それはなんだい?」
依田だ。彼女は今日は一人だった。
「盾?」
「そうか」
おもむろに盾に掌底を叩き付ける。盾はガラスのように砕け散り、しかし落下せずに消滅した。
「あっさり砕けるんだね」
そうひらひらと手を振りながら言うが、盾に触れる前に引き寄せる能力を使っているのは分かった。腕ごと引き寄せられたのだ。掌底の跳ね返りも左腕に感じた。
盾は場所を固定できないのだろうか? 後で試してみるか。
「その腕輪……それがその盾の発生源か」
一瞬にして看破されてしまった。まあ、仕方無い。分からない方がおかしいのだ。0組だけこの腕輪をしているのだ、そのうちバレる。
「そうだ。ま、これでお前らと対等に戦おうって話なんだよ。まぁ、本当に対等じゃないけど、そこらは相性だろ」
うんうん、そうだね、私なんかだと無駄の極みだよね。なんて依田は頷いていた。依田の能力は遮る物も無駄だからなぁ。
「……そうだ。私達7組の対戦ノルマ半端ないんだ、聞く?」
「聞く」
「敗北点10以下」
「敗北点?」
「7組同士で1点、7と0以外で2点、0組だと5点」
「マジ?」
「大真面目の大マジさ。ふざけてるだろう? 勝利前提なのさ、どうしたって敗者は現れるのに」
「でも何らかの措置はあるだろ。無いと思って行動するべきだけど、こっちは4勝。対7組で勝てれば一発取得だって」
「そりゃ、楽そうな」
「確かに俺は多分平気だ。うちのクラス、ゼロクラスって言ってもなんか皆無能力者っぽくないし、多分皆平気だったりしそうだなぁとは、思うんだ」
根拠は、言えない。分からないから。
ただ、振る舞いが未覚醒能力者の感じじゃない。微弱能力の者かもしれないが、何かしらありそうな感じがする。
「ま、偶に恐ろしい位強い能力者がゼロクラスから出るらしいし、侮らないようにしなきゃ」
「そうしなよ。まぁお前なら平気だろうけどさ」
「識杏かな、あれは?」
「そ、う…だな!!」
一人女子生徒の後ろ姿を指差した依田。あれは間違いなく夕張さんだ。
「おーい、識杏」
依田は手を振りながら走っていく。
「はい、識杏さんですよ? あら? そっちの人は」
彼女は振り返った。色味の抜けた銀にも金にも似た背中の中程まである美しい髪が、ふわりと舞い、きらきらと夕日が跳ね返る様はもはや妖精のようだった。
「彼は結城止水だ、憶えてないかい? 小学校一緒だっただろう?」
彼女は笑って返事をする。その笑みはまるで女神のように見た者(俺)を魅了する。
「あぁ。憶えてます憶えてます、しーくんですか、憶えてますよ」
しーくん。
「おお、止水、ちゃんと憶えられてたって………おい」
しーくん。
儚げな彼女の口から出た言葉。反して子供っぽさを感じるその落差、ギャップ。
かわいい。
「"地に足着けたまま落ちろ"」
「ぐぺぁっ!!? ………なにするんだ依田ぁ!!!」
頭のてっぺんから加重を感じ、思考が逸れていて対処が間に合わずそして能力も間に合わず胸から着地する。
言語化しづらい悲鳴を上げ、俺は立ち上がり息を整えつつ抗議する。
今の攻撃は、普通の人が食らうと抵抗できず頭を打つ。地に足着けたまま、なんて言いつつ跳ねるように頭から落ちるのだ。重力割り増しで。
道場の能力組み手で馴れていたから何とかダメージを減らせたが、マジで死ぬかと思ったわ。
「おい止水、ちゃんと正気に戻ったかい?」
「俺はいつでも正気だ、なにしやがるっての」
依田、目がキレてる奴のする目だった。
「ふふっ、仲良かったよね、二人は昔から」
「そうでもないよ? ただ、まあ、長く一緒には居るからね。そうだ、昔みたいに一緒に帰らない?」
「良いの? 本当に?」
依田の提案に、実に嬉しそうに応える夕張。花が咲いたかのような笑顔である。
ヤバい、死にそう。識杏ニウム成分過剰摂取で死にそう。識杏成分過剰、死ぬ。
「懐かしい感じが、しない か い !?」
依田が半ば思考停止に陥った俺の頭をひっぱたきながらそう言った。夕張は柔和に笑いながら細めた目で俺達を見ていた。
「痛ってぇ……夕張、どうしたんだ?」
「いや、ちょっと懐かしいなぁって。香織の言うとおりかも」
「だろ? 久し振りに幼なじみ3人で帰ろっか」
割と力を込めていたのか叩かれた頭が痛む。痛みを逃がすように首を回しながら周りを見ていたら、嫌なものをみた。
「……うわ」
「どうした止水……あぁ」
「………っ」
「二人先行ってて?」
「わかった、問題起こすなよ?」
「気をつけるよ」
俺の視線の先には、俺を睨みながら近付いてくる王貴優成の姿があった。
人混みに紛れて先に依田と夕張を行かせる位の間はあった。あの男子生徒が二人に気付いているかは謎だが、それは関係のないことだ。追わせないように残るのだから。
幸い俺を目指してきていた。目的は俺だったのだ。
「どうもこんにちは? 何か用か?」
「お前、あの女と知り合いだったのか」
……どうやら、関係はあったようだ。見られていたから余計面倒になる。
「で、何か用か?」
俺から話したいことは何一つ無い。
「そうか僕の恋路を邪魔し、奪うつもりだったのか。そのつもりなら良いだろう」
待って話が勝手に進む。なにこいつ。
「何の用だって聞いてるんだけど」
「それは分かるだろう? ゼロクラスの結城止水?」
「いや、分かんないだろどう考えても。どういう思考回路してやがるんだお前」
「決闘だ。僕こそあの女に相応しい男だと言うことを見せてやる」
「KETTOU……?」
けっとう、ってあの決闘だよね? 血闘術とかそう言うけっとうじゃないよね?
「そうだ。僕がお前より強い。お前より相応しい。そう言うところを見せてやるよ無能力者?」
見下しの笑み。それが俺に突き刺さる。周りは面倒に巻き込まれまいと遠巻きに歩き去っていっているのが分かる。他の人が見ているのは俺か、それともこいつか。
「……で、何の用?」
「少しは僕の話を理解してくれないか?」
無理です。
「だが君には無理だろう、五組にこの男ありと謳われた王貴優成を倒すことなど!!! はーっはっはっは───」
馬鹿笑いしながらどっか行った。あと謳われるほど時間たってねぇじゃん、まだ実戦始まる前に有名になってたら、そらお前ただ行動がおかしいんだよ。
実戦の対戦相手指定優先権はクラスの低い俺にあるわけで、勿論俺があの王貴以外に申し込めばアイツと戦うことはない。それはそれで『ばーかバーーーッカ!!』と言える、大爆笑である。そも、あれの頭がおかしいことはたいていの人間は分かるんじゃないか。
多分逃げたところで他人が止めると、俺は思うんだ。
「面倒だよなぁ」
俺は端末から一年五組王貴優成に対戦を申し込んだ。
夕張識杏をあの男に渡す訳には行かない。それに、この状況で逃げたなんて、たとえ誰にでも思われたくはないのだ。