その壁を越えるために
最初は確か、憧れだった。
武術と言うものに強く憧憬を抱いていたのだ。見せる武術、実用的な武術。それがどんなものか中身に関わらずどんなものもその芯にある強さは変わらない。その強さに惹かれたのだ。
私は、何でも試した。でも、向いてなかった。小さい頃の私は愚かにも即座に自分が憧れた側に立つことを諦めたのだ。私は、見ているだけでいいなどと嘯いて。
どういう運命か、今私は軍に関わりの深い高校に在学している。でも相変わらず憧れた強さには到達できるとは思えない。一度、諦めてしまっているから。その道は閉ざしてしまっていたから。
運動神経が壊滅的だった。能力が強くても、それじゃあどうしようもない。
でも、それでも。
諦めてしまっていたら、何も出来ないことを私は身を以て知っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
目前に壁がある。何故かこの壁を作った人は私に見向きもしない。槍を空へと還し、別の槍を作り上げる。
「壊して、向こう側へ」
私は跡見さんの実力を知らない。強いとも弱いとも戦えるとも聞いていない。知ろうとしなかった私を、彼女はただ単身で戦わせようとした事から強くないとは思っているし、クラス的には戦闘できないだろうとも思っているけれど、不思議と私に自信をつけさせるためなのだという説明は腑に落ちたというか、違和感がなかった。
二対一だろうか。どのような実力であろうと窮地である。相手二人は生半な実力ではないのだから。
「……早く行かなきゃ」
手を空に掲げると槍が一つ、降ってくる。壁をぶっ壊すための槍が。
槍を構える。破壊を求めて作りだした一本の槍だ。細くて堅い、ただの棒に見える槍を、腰溜めに。
目前の壁に真っ直ぐ──ッ!!!
「 どぉぉぉおりゃぁあ!!!! 」
肺腑から有らん限りの息を吐き出すように力の限り叫び槍を突き込む。
まるで砂山に刺すみたいにあっさりと刺さった槍。壁に埋まった穂先が四つに割れると同時に手元から切り離される。
巻き込まれないように全力疾走で後退。頭を抱えるように飛ぶと背後からの爆風をひしひしと感じながら地面に頬ずり。
あの槍の穂先は四又に分かれた後爆発しながら壁を掘り進んだ。私は伏せていて見れなかったけれど×印のように爆炎が見えただろう。
「どうだ、これが私の能力だよ、師匠」
振り返りながら立ち上がる。目の前には瓦礫と共に落ちてきた紫野茉美。
綺麗に着地すると、私を見ながら話し始める。無警戒と言うわけではなかったようだ。余裕そうである。
「……ふっ、やはり私が相手するよりもふさわしい相手が居るようだな、助手一号?」
「……そーかもね。と言うか何? もしかして葉野ちゃん無視してたのこれが狙い? 寧ろ紫野ちゃん達が劣勢になったのは私の気のせいかな?」
「何、気紛れで追いやられたように見えるかもしれんがこの程度。膠着状態に戻るだけよ。行けよ、助手二号。あの小娘は弟子なのだろう?」
紫野は余裕綽々な様子で自己回復をしている跡見さんに話し掛ける。ついでに師匠にも。私と1対1の状況を作り上げてくれるのかもしれない。でも……。
「小娘って……」
私より小さいのに何を言ってるんだろうこの子は……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あの小娘は弟子なのだろう?」
そう聞かれて。俺は剣を地面に突いて答えた。
「らしいね。だから、今から稽古をつけてやりに行くの。良いよね?」
「当然だ、無様を見せるんじゃないぞ?」
俺は腕輪から剣を引き抜き、そう言った紫野に背後を任せるようにすれ違い、葉野へと歩み寄る。
「準備は良いか?」
「はい!!」
元気な返事だ。葉野はまだ大して動きもしていないのだろう。息は整っているし、傷も負っていない。
対して俺はどうだろうか。久々に体術のみで俺の動きを上回る敵を相手にし、動きが普段よりも鈍いと自覚できるほど腕が重い。
まあ、だから、多少容赦をなくすかもしれないが。
「行くぞ!!」
それで良いのかもしれない。
「いつでもどうぞ!!!」
葉野の手には槍は無く、諸手を空へと突き上げていた。
葉野は槍を介して様々な能力を扱う能力者だ、というのに槍を再召喚する様子もない。
手の先に黒く脈動する極小の球体が───
「!?」
あれはまさかそんなはずはない、嘘だろう!?
目にしたものが信じられず否定の言葉が頭を過ぎていく中、混雑した頭で出した結論は紫野へと叫ぶことだった。
「紫野!! 俺を葉野の真上までぶっ飛ばせ!!」
目だけで探すと見つけたが、いた場所は何故か空。紫野は飛んでいた。
飛んでいた紫野はその言葉を聞いて、「意味不明だ!!」と叫びながらも、心なしか雑にと感じられる程度の能力を発動してくれた。
足下が連続して爆ぜる。丁度、葉野の真上に落ちるような弾道になるように空中を飛行する間も断続して爆発する。
「が、ぐぅ……!!」
結構痛い。だが、これで良い。
俺がやっていることの意味が分からずに、葉野は、何をしているんだという目で俺を見る。
想定が正しければ、ただ武器を投げただけではその攻撃は阻止できない。真上に回り込んで、それで受けるべきなのだと俺は経験から考えた。
葉野からは奇妙に映るだろうが、
「……《私に近付かないで》」
その攻撃をやめることはなかった。
彼女を中心に吹き荒れる風──否、圧力。不可視、抵抗のできない……そして俺のよく知る力────。
俺が吹き飛ばされたのは遙か上空。
「……それは、依田の!! だろ!!」
葉野が出した黒球から全方位に放たれたのは不可視の力。依田の能力に酷く似ている力を使ったことに俺は動揺しつつも、一つの結論に辿り着く。
葉野は槍を持っていない。それでも能力を使ったという事は実は持っているという状態になっているわけだ。槍は一つの能力を持って彼女の手に渡る訳で、彼女は能力を槍を介して使っている。
ならば槍に、依田の能力に酷似したものを宿すのも可能だろう。
そしてそれが出来ているのなら、葉野は遠ざける力を乱発してくるに違いない。それはまずい。
「刺されよ……!!」
葉刃を飛ばす。俺が落ちきるよりも早く。
降ってくる葉刃を、葉野はそれよりも早く落ちてきた傘のような槍を盾にしてその中へと籠もる。傘の部分が伸びテントのようになり、隙間は消える。
……?
まあ良い。俺がその槍の頂点目掛けて剣を突き込む。違わず先端にぶつかった剣は重力に耐えきれず傘槍共々砕け散り、破片が飛び散る。
飛び散った破片で体の所を切り裂かれるが、着地の邪魔になるわけではなかった。砕け散った傘の下で葉野が槍を空から落とすときの構えをして待っていた。
「百連槍」
「《接衝》」
降り注ぐ無数の槍が肌を掠めていく。が、決定的に狙いが甘い。発動も遅かった。
掌打が、葉野の鳩尾を捉えた。




