飯と思っていたが
「戻ったよ?」
「お帰り」
俺は、短くそう答えてベンチから立ち上がる。そう言えばもうじきお昼時だ。
「そろそろ昼だね」
「だね」
どこかでご飯でも食べるか。確かちゃんとそう言った施設があったはずだ。
「確か……」
「あっち、かな?」
ゆるゆると歩きながら頭の中で地図を広げる。一度見たものは早々忘れない自分の頭はこういうときに便利だな。
「そう、そっち」
間違いなく、識杏の指した方角にフードコートは存在していた。そもそも識杏には見えたのだろうから、俺が思い出す必要は無かったのだろうけれど。
「行くか」
「そうしよっか」
何となく気まずくて、俺は押し黙る。……言葉数が少ないのは、決してジェットコースターでのことが嫌だったからだとかそう言うわけではないと思いたい。
うわぁ、人がいっぱいだ。他のエリアに比べて段違いにいらっしゃる。
一度識杏の顔色をうかがう。どことなく識杏の気分が悪そうだ、人混みの情報量にやられたのだろうか。
取り敢えず安心できるか分からないが、識杏の手を取る。識杏は何も言わずに強く握り返してきた。拒否はされなかったことに俺は一安心。
「どうする?」
「目を瞑ってれば何とかなるから、気にしないで」
こうして手を握っていればはぐれないでしょ? と弱々しく笑う識杏。
「とにかく適当に買って、速攻で別の所に行こうか。この人混みじゃゆっくり出来ないし」
識杏は笑った。俺は彼女の手を強く引いて店に近付いた。とにかく別の所で食べて問題なさそうな──ハンバーガーだな。有名なチェーン店のがあった。
ちょっと列が長いが他は器を返却するものばかり。仕方なしにその列の最後尾に並んだ。
「──あれっ」
列の一つ前の女性が俺を見て驚きに目を見開く。それから何か不味いことでもあったのか天を仰いだ。
俺は一度識杏の手を引いてその女性の横に並ぶ。見覚えあるどころの話じゃない。だってこの女性は。
「藍逆さん? 奇遇だね。ひとりでここに来たの?」
「ソウダネ、キグーダネー」
藍逆は目を逸らしながら片言で答えた。
「……っとと。独りかどうかと言うと安心して! 遊園地に独りで来るような寂しい女性じゃないから!! ちゃんと連れが居るからね! ちょっとした女子会だからね」
一人で列に並んでいた藍逆だが、どうやらちゃんと連れが居たらしい。ちょこっと安心した。
因みにこの叫びはどこかの誰かが聞いて胸を抑えていたがそれはさておき。
「そう言う二人はデートですか?」
「ち、違うよ? たまたまチケットが手に入ったから勿体ないし……」
「ふーん? ほぉーん? へぇー?」
じろじろと疑いの目を口元をにやつかせて藍逆は識杏に向けていた。やっぱりデートではなかったのか。うん。まぁ、そりゃあそうだな……。
「まぁそれはともかくとして。けっこう夕張さんの顔色悪そうだけど大丈夫なの?」
箱を横に置くようなジェスチャーをしてから、識杏を近付いてねめまわすように見る。
「平気じゃないと思う、けど目を離すのはちょっと心配で」
「目を離したくないんだね、はい分かった。そうだ──……ちょっと向こうに私の連れが待ってるはずだからそこで待っててくれれば届けるよ? と言うわけでご注文をどうぞ」
藍逆は笑顔で言った。断ると言うには惜しい申し入れに俺と識杏はお言葉に甘えて注文を託し、言われたとおりの場所に向かうことにした。
「見てるんでしょ、逃げられないからね??」
「何の話?」
「気にしなくて良い話だよ? それじゃまたね」
藍逆は笑顔で俺たち二人を見送った。まるで面白いことになるぞ、と言わんばかりの笑顔に。
識杏は何やら気付いたようだが、俺にはさっぱり分からなかった。
「……バレるなよ?」
「そっちこそ」
言われたとおりの場所に向かうと女性が二人居た。ひとりは眼鏡を拭いていて、もう一人は携帯を弄っていた。一方が小学生くらいに見えるので親子だろうか? にしては親の方が若すぎる。親子はないな、姉妹かそんな感じだろう。
「こんにちは」
「……こんにちは」
識杏の挨拶に眼鏡の女性が一拍遅れて返事をした。拭いていた眼鏡を掛ける──よく見るとレンズの向こう側に歪みがない、度が入っていないのが分かる。伊達眼鏡と言うやつだろう。よく似合っている。
「さっき藍逆に会ってここで待っててくれ、て言って藍逆の連れ、と言うのはあなた達ですか?」
俺はそう聞いた。
「そうですよ、藍逆さんにはじゃんけんで勝負して負けたので買い物に行ってもらいました。彼女なら何だかんだ問題にならないだろうって思いますし」
「……実際問題になってるけどな」
小さな女の子の方がぼやく。
「いえ、なってませんよ? 良いじゃないですか、美人さんは目の保養になりますし」
「お、う」
ニコニコ顔で眼鏡女子は小さな女の子に向かって言った内容に同意できなかったのか小さな女の子は若干引いていた。俺はその発言に引っ掛かった。
「……」
「ふふっ」
無言で識杏と眼鏡の女子の間に入った俺を見て何がおかしいのか、眼鏡の女子は笑う。識杏は識杏で何とも言えない表情をしていた。
嬉しいような反応と何かおかしなものを見るような反応が混ざったような。
「仲がいいんですね。この遊園地はいろいろありますからね、お二人はデートですか? デートですね。ええ、私には分かります」
キラリと眼鏡を輝かせて言った。
「……そうですか」
識杏はほんの少し不満げに目を逸らした。眼鏡の女子は止まらない。
「当然邪魔をするつもりは無いですよ? ただちょっと藍逆さんに動かないように言われてしまって、この場を離れられないだけです」
……あれ、この二人もしかして藍逆に何かされたのか? 俺たちがここに向かう間に逃げ出さないように。あの発言はそういう……いや、なぜ逃げ出すかも分からないし、そんなこと気にしても仕方ないか。
「取り敢えず藍逆さんを待ちましょうか」
────俺は右手首の腕輪に左手を当てた。
「識杏、危ない!!」
それは突然だった。誰もが油断をしていて、何の前兆もなく識杏の真横に穴があいたのだ。
盾を作り出してその穴から出てきたイキモノにぶつける。そのイキモノの鼻先に勢いよく硬質な盾が当たり負けて砕け散る。相変わらず、レベルアップしたというのに脆い盾だと考えながら識杏を抱き寄せるように引く。
「魔獣……!?」
大型犬のようなイキモノが全身を穴から現した。あの穴は異世界に通じる穴だ。しかし、本来こういった穴が開くときは前日までに両世界どちらかで観測をして警報──魔獣警報と呼ばれている物が発令されるはずだった。
俺は警報があるなんて知らなかったし、この場に居る誰もが魔獣の登場に驚いていた。
咄嗟に全員が犬型魔獣から離れる。
「───」
犬型の魔獣はギラギラとした歯を見せつけるように大きく口を開く。ダラダラと涎を垂らし、威嚇しているつもりだろうか。
刹那の溜めの後、犬型魔獣は一直線に飛びかかってくる。彼我の中間辺りに盾を作り出した、それを犬型魔獣は上へと避けた。
俺はその着地を狙って飛びかかるように剣を抜き放ち振り下ろす。首元を狙って剣を突き刺す。剣に付随する葉刃がザクザクと犬の肉を裂いていく。
そして捻りながら引き抜くと、既に魔獣は絶命していた。
「一瞬で……」
小さな女の子が驚いたように呟く。それを上書きするように男の声が聞こえる。
「奇襲で奪えないとなるとやはり正攻法を取らざるを得ないか」
声の主は姿を現した。以前高校を襲った神官風の男であった。
「人材不足なのか? 邪神教徒っつーのは」
「そう思って貰えた方が都合がいいのだよ」
「そうか、じゃあ──」
剣を構えようとした、その横を走り抜けていく影が。
眼鏡の女子が神官風の男に殴りかかったのだ。ひらひらとした服装では動きづらいのだろうか、動きが鈍いがあれは何らかの武術を納めている人の動きだ。
それを飄々と杖のような棒切れで捌く神官風の男。大きく飛び退いて、相手を苛立たせるような声音で。
「……おや? 私一人に構っててよろしいですかな? 辺り一帯を魔獣が埋め尽くしますよ?」
突如として辺りにいくつもの小さい穴が開く。その中から大小様々な犬の魔獣が現れる。
「───は、だから何だって?」
「はぁ、あなたの相手は面倒ですよ」
眼鏡の女子は殺気を漲らせ神官風の男を吹き飛ばしてそれを追いかけるように飛んでいった。その挙動に見覚えがあるような気がするが、どうも思い出せなかった。
「ちょっと大丈夫ー!?」
「藍逆さん!」
「あれ? 一人いないけど」
「コスプレめいた神官の男を吹き飛ばして追っかけていったぞ」
小さい女の子がそう言った。
あの男がいる以上、作為的な異常事態である事は否定できない。今一番重要なことは。
「識杏、逃げるよ」
「うん、分かった」
「一応食べ物は買ってきたから、逃げながらでも食べてよ」
藍逆から俺に手渡された紙袋。中身は間違いなく頼んだものが入っていた。
「じゃ、また!!」
「またな!!」
そう言って、二人と別れた。




