前日譚2
──私立納詫高等学校。
……立地が田舎で中々に移動が面倒い、なんて俺は思った。しかし仕方のないことなのだ。
──対異世界軍(以下日本軍、もしくは軍と称する)に数々の能力者を輩出する高校であり、その者達は圧倒的な能力練度に加え戦闘経験が豊富であり優秀であると言う。銃を持っている弱能力の軍人程度であれば無手で無力化できる───
……はい、銃の種類とか書かれてないね。すっごい気になる。ちなみに母さんならたぶんロケラン持ってる奴相手でも無傷で勝つ。
──そんな能力者を輩出出来る秘訣は、広大な敷地と圧倒的な数の生徒、そして優秀な教師である───
「ほへー。なんてか、すげーんか」
パンフレットを静かに畳んでテーブルに置く。
「……君、それを見てそんな感想しか抱かないの?」
「別にどうでも良いしなぁ」
「君 が 通 う 高 校 だ よ !!?」
依田が悲鳴のような声を上げる。それは分かってるけど──
「大事なのはどこか、じゃなくて誰がいるかだと俺は思うんだよ」
「はいはいさすが識杏追っかけて成績トップ入学した奴は頭の中身から違うね」
識杏と言うのは体の弱い幼なじみの事だ。本名は夕張識杏。
で、目の前のこのボサボサ髪の地味眼鏡女が依田香織。他でもない俺を煽ってトップ入学者に仕立て上げた張本人である。頻繁に家に通って勉強を教えてくれてたのは有り難いが、受験無かったこいつは暇だったのか?
家が近いから、暇つぶし感覚で俺の勉強時間を増やすのを手伝ったのかもしれない。俺の記憶力には自信があることを知っているだろうに、ずーっと監視しにきて下さって、最後の方は最早延々と依田の話し聞いてるだけだったんだが。邪魔しに来てんのか、と。
今だってわざわざ俺の家まで押し掛けて来たわけだし。高校のパンフレットを携えて。
まあそのことは良い。
座りながらにして冷蔵庫の扉を開け中からお茶を取り出してコップも一緒に取りテーブルの上に置く。一見して独りでに冷蔵庫からお茶とコップが飛んできたようだが、それは目の前の依田の仕業だ。
「あの高校、結構良いところだよ? 例え無能力者の集まりのクラスゼロでも就職はかなり有利になる」
また手も触れずにお茶を注ぎ、コップを手に取り飲む依田。そうしながら俺の方のコップにまで注いでいく。
「就職ねぇ、何も考えてないけど」
「だろうから私が道を示して見せたんだ」
「誘導したのか?」
「……まあ、ね。中3で全く進路考えてなかった君なら案外あっさり引っかかってくれると思ってね。案の定」
最初妙に間があった。まさか、誘導した時の言葉に嘘があるのではないか? そう、思って。
「……お前。まさか」
「な、そんな顔しないでよ!? 私は嘘なんてついてないからね!? 識杏はちゃんと推薦枠で入学したのを確認してる! ……だからそんな睨まないでよ」
「そっか。……あれ俺睨んでた?」
「そりゃもう熊も逃げ出すくらいに」
「……すまん」
「いいよ、君のそれにはとっくに馴れてる。で、どうするの?」
「夕張の事か?」
「そうそう。ここ三年近く殆ど会ってないにも関わらず君が好きだと言ってるあの子に対して君、本当にアプローチ掛けるの?」
「いや、そう言われるとなんか頭おかしい奴に聞こえるんだが。殆ど会ってないとか言うけどこの間会ったし、普通に挨拶してくれたし」
「いやだってこう言わないと君、おかしな奴って自覚無いからさ。考えてみろよ、中学全く違うのにずっとそう言う感情を持ち続けてるのはさ」
「まぁ、おかしいわな」
おかしいことに、自覚的ではある。だが、そうであることを否定したり拒絶したりは俺はしない。依田も、しない。
「そう。そう言うこと。私としては君に普通になって貰いたくてね。そこで妙案を思い付いたんだ」
「言うだけならタダだ、言ってみろ」
「なんか偉そうだけど、じゃあ言うからね……『自主的に止水は識杏と会うな』っていうのは如何かと」
「ふざけろ、帰れ」
俺は椅子から立ち上がろうとしたが、額が若干押さえつけられているかのような感覚に襲われて立てない。
「言うと思った……まあ無かったことにしよう。それと立とうとしても無駄だよ、君無駄に姿勢がいいからそれだけで一度くらいは立ち上がれないはずだよ?」
「逃がさないつもりかよ」
「そのつもりだよ? いろいろ話をしたいからね。協力するのも吝かではない。ま、識杏は今フリーだけど相手が出来たとなれば流石に君のことを止めるよ」
「てっきり普通じゃないとか言って止めるのかと」
「そしたら何か私に得があるかい?」
止めないのは分かっていた。けれど理由というのは考えもしなかったな。俺は思いつきで発言した。
「邪魔され続ける俺を見て笑い転げるのかと」
「はぁ……」
やれやれと肩を竦める。
「これだけ君は私と一緒に過ごしてきて、まだ私のこと分かってくれてないんだね。そんな君に改めて宣言するよ。私はね他人の邪魔をして笑う人間かもしれないが、"友人"の邪魔をするような奴じゃない。ましてやあざ笑うなんざ、可笑しい話だよ」
「そう言うもんか?」
「そう言うもの。安心してくれて良いよ、全力で協力するから」
と言って依田が浮かべた笑いは、正直寒気のする笑いだった。俺は馴れているし、まあ依田は頭が良い。勉強出来るだけではないことを俺は知っているので、どうこう言うつもりは無かった。
被害が無ければ、だけど。
「そうか、ありがとうな」
「いやいや、礼には早すぎるよ。その言葉はちゃんと一緒になって仲人とかで呼んで欲しいな」
茶化し、だろうけどそれこそ気が早すぎないか??
そうして俺を椅子に能力で縛り付けたまま(押し付けたまま、とも言う)話し続けて日が暮れる前に依田が帰るという。
見送りに家の外まで行く。
「いや、一昔前のこの世界みたいに夜道危険だから送って行きな、的な事がないのは非常に残念だと思うよ?」
「そもそも暗くないしな」
「そうじゃなくて、手段としてそれを取れないのがもったいないって───ほら」
そう言って依田は自らの体を宙に浮かせる。
「能力がある以上、私達に危険があるかどうかなんて外見じゃ分からないからね」
「そうだな、俺が無能力者で依田は超能力者だしなぁ」
「いや君は無能力者と言うわけでもないでしょ」
「いや、こんなもんあってもなぁ」
「かもね。でも、高校に入ったらそんな能力でも使いまくるかもよ?」
「ってーと、どう言うことだ?」
「少しは高校について調べたら、ってことよー」
依田は飛んでいった。斜め上へとまるでトランポリンで跳んだかのように。
「引力と斥力、かぁ。良いなぁ、便利そうで」
依田香織。能力は引き寄せるも弾き飛ばすも自由自在、言ったとおり引力と斥力を操る能力だそうだ。本人曰く引き寄せる方が楽で自分以外の点を軸にするのは余り得意じゃないらしいが。
それがあれば動かないで物を取ったりとか出来る。すごい便利、毎回見てて思う。
「……こんなの、持たなかった以上あんま考えても仕方ない、か」
俺は玄関の戸締まりを確認して、高校の情報を調べるべくパソコンを開いた。
ログインできなくて全く調べられなかったんだが。なんだこれは、後で依田に聞こう。