王を討つ 1
「僕に刃向かうと言うことがどういうことか分からせてやる」
木々草生い茂る訓練場。足元を草が覆い尽くしては居るがある程度木と木の間は開いている。急造のステージで有るはずだが、現実の森とかけ離れた木の配置ではないのだろう。相手の姿はしっかりと視認できる
「……歩きづらい……」
「無視とは良い根性だな」
見れば所々植物の禿げたところがあるのが分かる。恐らくは前の試合の影響だろう。だとすればもっと禿げててもおかしくないがきっと誤魔化してあるのだろう。
王貴優成との距離はざっと三十メートルはある。まだ開始の合図はなく、スタートの位置は自由。ただし攻撃行為はスタートの合図があるまでは禁止。行えば失格となる。
「良いか無能力者、君はこれからこの僕王貴優成に無様に負けるのだ。あのような美しい人は僕のような人に相応しい」
背後を見る。やはり要注意人物にでもされてしまったのか、真剣な眼差しでこちらを見ている教師が数人。おもしろ半分の生徒がそこそこいる。
注目されてる! やったー!
なんて思うわけがない。勿論当然当たり前だが負けるつもりなんてありはしない。見世物になるつもりも毛頭無い。
「どうした? 近付いてきても良いんだぞ?」
王貴は嫌な笑いを浮かべながら挑発的な態度を崩さない。何故王貴は自分が常に優位に立っていると思い続けられるのだろうか。道場ではそのような思い上がりをする人間は居なかった。強力な能力者の依田であれ、誰であれ思い上がれば足下を掬われることは理解していたからである。
王貴の立ち方、態度、思考を読む。油断まみれ、慢心、ただし思考は読める気がしない。少なくとも王貴の今の構えは油断であり散漫な警戒心の表れであろう。
「震えて言葉もでないのか!! はっ」
王貴は俺が観察していることに気付きもせず、それどころか的外れな言葉を吐きながら鼻で笑う。あの立ち振る舞いに感化されないように心を静めて腕輪に触れる。
漸く先生の声が聞こえる。
「試合────
─────始めっ!!」
────踏み出す。相手は魔弾使い。遮蔽物があるこのステージでなら最初から無闇に接近して未知の攻撃を食らうよりも木々を利用して回避に徹していた方がいい。
だとしてもあまりに王貴の初動が遅い。様子見をしながら接近するべく円周に添うように木々の陰を走る。対する王貴は不適に笑ったまま一歩も動かず、能力も発動した気配が──
「後ろだ」
ジリ、とした熱を首に感じた。目視もせずに左手を背後に回して盾を展開する。馴れてきたので強度に拘らなければ一瞬で展開できる。
ジッ、という何かが蒸発するような音。盾が消えたのは本能的に理解できたが何のせいか目視していないので分からない。熱と言うと炎だろうか、しかし、森だ。そう思うほど簡単に木は燃えないが、それでも躊躇うものだろう。
背後をちらとみれば炎の弾がふよふよとゆっくり近づいてきていた。これなら走って逃げられる。
「どうだ、燃えろ!! 熱いだろう!!」
当然ちっとも熱くない。しかし盾を蒸発させるほどの熱量を持った炎を打ち出せる魔弾使いとは、確かに油断はならないだろう。
物理衝撃を生む魔弾を使えるだけなら山のようにいるが、属性を付与出来る能力と言うのは一握りだ。そりゃ、つけあがる。
「そら、もっといくぞ! 無能力者!! 今なら無様に謝れば降参を認めてやらなくもない!!」
王貴は良いながら両手の十指から空へと魔弾を連射していく。
俺は手近に生えている木の、枝を片手で掴んで勢い良く幹を蹴り登る。
雨のように降ってくる魔弾を見ながらタイミングを計る。王貴は完全に俺が今居る一点をめがけて射撃したようだ。撃った後で修正が効くのかもしれないが、物理法則には魔弾は逆らえない。
足元の木にゆっくりと食らいつく炎の球体。自動追尾だったのだろう。
撃ち返したら王貴に向かってってくれない……よな。
上からのタイミングを計り、傾いだ木から跳んで逃げる。先程まで居た木は蜂の巣になって燃え上がった。
「っとお!!」
ものすごい勢いで魔弾が飛んでくるのが見えた。落下中で体が動かないのを狙ったのだろう。
しかし俺は盾を地面すれすれに作り上げていた。次の瞬間盾は地面に叩き付けられ、反動が俺の左腕に来る。もとからのねらい通りに俺は空中で跳ねた。
「なっ!!? 空中で跳んだ!?」
これには王貴も驚いたのだろう。隣の木に移った俺は用済みの盾を一度消す。
「そうだよ、羨ましいか」
左腕の腕輪からの相対位置で盾を作るのならば、足場に出来ないと思っていた。が、反動があるのだ、この盾は。
反動があるなら、宙にいながら地面をさわるのと違いない動きが出来るのではないか。そう思ったのだ。
「ぶっつけ本番、案外度胸で何とかなるもんだ」
ただ、左腕に変な体重の掛かり方をした。結構痛い。
「……その程度の曲芸で」
王貴は驚きはしたがやはり偉そうな態度を崩さない。俺は木の上から上から目線で思ったままの言葉を吐いた。
「あー、少し警戒してたんだけどさ。ほらお前は自信たっぷりだったし? でもさ、お前。その程度だと俺を無様に謝らせるとか到底出来ないぞ」
だが、俺は知らなかった。この高校は0クラス以外は推薦で入っている事を。尚且つ7クラスに入っていないからと言って、天才レベルの能力者ではないということの証明にはならないことを。
「その程度、か。いいだろう!! 言うのなら見せてやろう僕の奥の手!! "世界はすべて僕のもの"!!」
────次の瞬間、俺は訳も分からず木から叩き落とされていた。
「っ!!」
とっさに受け身を取りながら着地、それから転がりながら連続した攻撃を避けていく。
無能力者はそもそも能力者よりも弱いというのに、慢心していたのは、舐めていたのは俺だったのか。俺はこれでもかなり落ち着いて冷静にそれこそ明鏡止水な心持ちだったつもりなのだが。
考えていても仕方がない。兎に角走──
木の枝が鞭のようにしなり、俺を攻撃してきた。葉が散って目隠しでもするみたいに広がる。
鞭を避けて葉を剣で払う。幅広の剣はこういうときに便利だった。
「魔弾使いって、詐欺かよ……」
呟くが俺の記憶をしても王貴が魔弾能力者とは一言も口にしていない。だからと言って本来魔弾能力は魔弾を撃ち出すほかの能力など備えてはいない。魔弾は使った地点で能力が割れる、といって間違いない能力だったのだ。
だが何だこれは。
木々がうねり、俺を串刺しにしようと突いてくる。葉がぶわりと渦巻き俺の動きの邪魔をする。植物すべてが敵に回ったかのような感覚だ。
斬り、払い、殴り、避けて、盾で防ぎ。全力で凌ぎ続ける。
「どうだこれが僕の能力だ!! この世界が僕の味方だ!! 正しくこの世界は僕のためにある!!」
王貴優成が吠える。正に、彼の能力は世界を味方に付けたものだろうと俺は感じてしまったが、どうにも少し違和感がある。
と言うよりも、勘だ。比較しようがないから分からない、恐らくとしか言えない違和感だ。
「平伏せ僕の世界に」
「うるさいな、お前」
俺は喉を狙った木の枝を左手で掴む。速さは上等、見切るために感覚を早くする必要があったくらいには。
わさぁっ、と木が全身を使い攻撃をしかけてくるのを下に潜り込むように飛び込んで回避。枝々が地面に当たり折れ曲がるのを耳で感じながら剣を用いて渾身のスイングを幹に叩き込んだ。
───幹が砕ける。
「なっ」
「おー、いけるいける。じゃ次は──こっちだ」
もとより攻撃をしてきていた別の木に近付く。一本の木を易々砕いた事に動揺しながらも王貴は俺が近づいた遠心力を利用して叩きに来た。
「当たるかよっ、と」
飛び上がりながら避け、盾で幹をど突く。遠隔操作だからか咄嗟の動きと言うのが出来ないのだろうか。
着地と同時に伸び上がりながら襲い来る木。身を屈め、盾でど突いた当たりを剣でブン殴ると切断とは言えない程荒々しい亀裂を産みながら木の幹が砕ける。
「……ほんっと、見掛け倒しだなコレは」
簡単なことだ。植物は簡単には曲がらない。蔓とかの細いものならともかく、普通に木は戻ろうとする力が強く無理に曲げれば折れてしまう。
で、この能力、原理は分からないけれど、無理に曲げてます。
なら砕けるだろ。多分。
それに攻撃力も速度も言うほどありません、と言うのだから怖くもない。制御も大雑把と言うのだ。あの炎の方がよっぽど怖い。
ただ、この能力の本当に怖いところはこの見掛け倒しな攻撃ではなく、妨害の方だろうと俺は考え付く。
見掛けの派手さなら木を砕く俺の方も負けてないが、そう言うことじゃない。
「……こう言うのはどうだ!?」
王貴は立ち直ったようだ。新たに仕掛けてきた。倒れた木の幹が跳ねて上からのし掛かろうとしてくる。
跳ね上がったところできっと能力の制御を切っているのだろう。確かにこれなら壊して対処されることはない。
「いやだから何だし」
避けた、と言うよりは王貴に向かって走っただけ。ねらいが甘すぎる。それに木の全長を考えなしに攻撃とは。大体4メートル近くは有るというのに。
案の定枝が他の木に突っかかって落ちる。そもそもそれが無くても当たらなかっただろう。
「足止めをしろ!!!」
足元の草が足に纏わりつく。躓いて転び掛けたが踏みとどまった、しかし完全に足に組み付かれてしまった。拙い状況だろう。
「幻闘流武技が一つ───《接衝》!!」
草が弾け飛ぶ。無理な変形をした草花が組み付いた形から膨らんで散る。俺は足を大きくあげてその場から逃れる。
───触れた相手に離れることなく衝撃を打つ。拘束を衝撃で逃れるための一撃として幻闘流に存在する小技の一つ。練気は殆ど必要とせず、幻闘流の門下の者のほとんどが修得している。
ただ、触れられた瞬間即座にカウンターとして放てる程に俺はこの技の練度は高くない。依田なら出来るだろうが。
「で、この程度か? 王貴優成」
隠していた実力もあっさりと看破できた。少し焦りはしたが、使い手がその焦りにつけ込めなかったのが、俺にとって幸いだった。
王貴は近付かれたら勝てないことを薄らげに察して、しかし首を振って否定する。何故なら彼は最強であり、敗北などただの一度もあり得ないとまで思っているのだ。ましてやゼロクラスの無能力者になど、と。
俺から見ても王貴はまだ余裕はありそうだった。隠している手はこれだけではないのかもしれない。
「なぁ、結城止水って言ったな」
「言ったぞ?」
だから何だ?
彼我の距離がおよそ十五メートルを切る。余裕を崩さない王貴は、まだ口だけを動かしている。
「認めよう。僕には君に手加減をしては勝てないということを」
「俺からしても手加減されたらあんまし意味ないからな」
負け惜しみを言われても困る。だって俺には本気を出させずに倒すという選択肢が存在したのだから。開始前から追いかけ回して開始と同時に組み付いて一撃で気絶させれば。
言ってみれば簡単だし、最初の油断していた王貴相手なら恐らく出来た。だがそれはある意味ただの抵抗すら許さない完封試合だ。
僕は手を抜いていたんだ、なんて言われかねない。手札をすべて暴いて、その上で勝つ。時間切れでも良い。誰の目にも勝ったと見えれば、それで良い。
「これが本当の世界だ!!」
魔弾が視界いっぱいに広がっていく。魔弾の威力は未知数、数を優先するあまり疎かになっているだろう。が、数は一瞬で百を越える。そしてまだ増える。
「"終葬風魔───」
「《竜断》ッ!!」
「────大炎浄"」
瞬間、視界が爆ぜた。
プチ設定
詠唱
──能力起動が難しい一部の能力のルーティーンとして行われる。口に文言を出すことでイメージをし易くし、容易に大技を放てるようにしたり、小技の発動速度を短縮したりする能力者的には基本的な技術。
今回王貴がノリノリで宣言したのは要するに奥の手を使うスイッチを入れた、みたいな感覚である。特別彼が中二病だったからそう言った行動をした訳ではない、が大仰な態度は能力発動に関係はない。




