鬼ぼんじゅーる編5
それからの時間はチーと一緒に授業を聞いた。現文の女の先生の他の教室にまで届きそうな……いや届いているだろう教鞭を執る大きな声が木霊していたり、生物の先生が持ってきて生徒に回した紙にデカデカと蚤の写真が印刷されていて女の子たちが悲鳴を上げていたり、英語の授業で男の先生が留学をしたときに学校でなんか輪になって踊っている人がいるなと思ったら薬をやっているって説明されたとびっくり体験の話していたりして楽しかった。
うん、無駄なことばかり覚えているね。
ちゃんと授業は聞いていたよ。でもさすがに一ヶ月聞いていなかったから少しついていけない。そうでなくとも僕は今までちゃんと学校で教わっていなかった訳だしね。後でりっちゃんに教科書借りよう。
「お疲れ様です、モフフ様!」
「うん、お疲れ様」
やっと午前の授業が終わって昼休みになると一緒に隣同士で勉強をしていたチーが僕に話しかけてきた。
くたくたな僕に比べてチーは相変わらず元気だ。
「チーは今日の授業で何が一番楽しかった?」
チーはどんなことを覚えているのかと気になって僕がチーに尋ねると、チーは目を瞬いて「そうですね」と迷う素振りをしてから口を開いた。
「チーは蚤はネズミを媒介して人を殺すこともあるっていうのがびっくりしました。怖いですね。チーも蚤に気をつけます」
「そうだね」
蚤の写真を見せた先生は蚤についていろいろな説明をした。昔はよくネズミの蚤を媒介にペストが流行ったと言ったときはチーは飛び上がって驚いていたし。僕も聞いていて痒くなった。
そしてチーも僕と同じく授業内容に関係がない。
生きた蚤なら僕らには関係ないけど、異形には虫もいるしそれらは生きている虫より危険なものもいる。
特にこの世には異形で強い虫は少ないけど、あの世には巨大だったり危険な虫も多くいるし。
「蚤の異形ってチーは見たことある?」
「いいえ。チーはたぶんありません」
「そっか。僕もだよ。いろいろな虫、巨大なクワガタとかカナブンとかムカデとかみたいなのならあの世でよく見るけど。チーはあの世にいたことある?」
「ちゅう。すいません、覚えていません」
「うん。少し予想はしてたからいいよ」
おそらくはチーもあの世にいたことがあるのだろうけど。
よくチーは消えずにいることができたよね。いや、それは僕にも言えることか。あの世はこっちより危険でそれだけ消えずにいることが難しいから。
「チー。僕ちょっと遥香って子に会ってくるね。午後の授業には帰ってくるからここで一緒に受けよう」
「はい、分かりました。お待ちしています」
「うん、またね」
僕が遥香に視えるようにして教室に行くと遥香は机をくっつけて友達二人と昼ご飯を食べていた。遥香のご飯はお弁当だ。
遥香はすぐに教室に入ってきた僕に気が付き小さく微笑んだ。
僕は「こんにちは、遥香」と言って遥香の友達の机の上に乗る。もちろん友達は僕が視えないので、それまで話していた話を続けている。
遥香のお弁当を見ると小さなハンバーグと卵焼き、ほうれん草とベーコンの野菜炒めだった。どれも手作りだ。美味しそう。
僕は黙って遥香たちの会話を聞きながら食事を見守っていると、食事を早めに終えた遥香が友達に「ちょっと図書室に行ってくるね」と席を立ったので、僕は遥香の後を付いて行った。
公立高校とはいえ、この学校の図書室は広かった。
遥香は人気のないジャンルの本棚の後ろにまで行くと下の本を見るふりをしてしゃがみ「久しぶり、モフフ」と小さく声をかけてくれた。
「久しぶり、遥香。前はいきなり家に行ってごめんね。妹さんのことも」
「ううん。うちこそ、妹が泣いちゃってごめんね」
「いや、視えるならそれが普通だと思うよ。けど、妹が霊感があるとは思わなかった。遥香は僕が視えるようにしているから視えるけど、妹にはそれをしていなかったし」
「そうだったんだ。私も妹に霊感があるのははじめて知った。でも、確かにたまに夜に私のところまで来て怖いから一緒に寝たいって言ってくるけど。視えていたからなのかな」
「うん、そうかもね。子どものうちは霊感がある子は多いし」
子供の時に僕らを視ることができる子は結構多い。大人になると視えなくなるから忘れるけど。
「残念だけど、僕は遥香の家には行かないようにするよ。また妹を泣かせるのは申し訳ないし」
「ごめんね。モフフ。あの、モフフはなんでしばらくいなかったの?」
「あれ。りっちゃんから聞いていない?」
「うん。帰ってきたってことだけ」
遥香は知らなかったのか。少しだけりっちゃんが遥香に伝えているんじゃないかって思っていたけど。
「僕は怪我をして実家に帰っていたんだよ」
「実家?山のこと?」
「ううん。あの世にある昔住んでいた場所」
山は今は誰もいないから帰っても寂しいし。
久しぶりにあの世の実家に帰っていた。…実家と言う言い方であっているのか疑わしくはあるけど。
「そっか。怪我は大丈夫だったの?」
「うん。もう元気だよ。怪我と言っても妖怪は丈夫だし」
本当は消えるかもしれないってくらいしんどかったけど、心配させるのは悪いから言わない。
妖怪が丈夫なのは嘘じゃないしね。もし僕が生き物だったら確実に死んでいたもの。
「それなら良かった」
遥香は優しく笑いそう言ってくれて、僕も遥香に笑い返した。相変わらず遥香はとても良い子だ。
それから僕らは昼休みの時間いっぱいまでお話をして、教室に戻り午後の授業をチーと一緒に受けた。
久しぶりの学校は疲れたけど、やっぱり楽しかった。




