狐ぼんじゅーる編42完
僕はふてくされて玄関で丸まってりっちゃんを待っていた。
和室に戻ってから雪門のあまりの笑いように、僕は雪門の手を「笑っちゃだめだよっ!」と言ってカミカミと甘噛みすると、雪門はもう片方の手で目尻に浮かぶ涙を拭いながら「ごめん。ふふっ、ごめんね」と笑いが収まらない様子で謝罪した。余程、雪門の笑いのツボだったらしい。
なので僕はふてくされてこうして一匹玄関でりっちゃんの帰りを待つことにしたのだ。
和室から出る前に遺憾の意を込めてペシペシと雪門の背中を尻尾で叩いてきた。
別に雪門の笑っているところは好きだけど、恥ずかしいじゃん。
もともと僕はプライドの高い種族である妖狐。妖狐の中でもプライドが圧倒的に低い僕でも、一抹のプライドはある。
廊下ですれ違い「モフフさん?どうしたの?」と心配そうに尋ねてきたお母さんに僕は雪門のことは言わずに「少し玄関でりっちゃんを待ってみます」と話して玄関に行った。
そうしてりっちゃんを待ち始めてからあまり時間の経ってない、玄関の磨り硝子越しから見える空が暗くなってきたころ。また玄関に誰かが近寄る足音が聞こえた。
今度はきちんと気配を探ると、余程りっちゃんにそっくりな宅配業者でない限り気配はりっちゃんらしい。
やっと、りっちゃんに会える。
ふてくされていたせいで緊張していたことを忘れていたけど、改めて思い出す。
まさか、顔を合わせて早々に怒られはしないだろうか。りっちゃんに嫌な顔をされないだろうか。
不安になるけど、僕は首を横にふった。
…もう怒られても嫌われてもいいや。甘んじて受けよう。
扉がガラガラと音を立てて遠慮なく開く。
扉の先には余所行きの格好をしたりっちゃんが立っていた。女の格好ではない。
青いシャツに黒のズボンの姿は都会から見たら地味だろうけど田舎の割にはお洒落だ。まあ相変わらずイケメンなりっちゃんはどんな服装でも似合っている。
りっちゃんはたぶん『ただいま』と言おうとしたのだろう。
口を開いてそのまま僕を視て、まるで幽霊でも視たかのように目を見開き固まった。まあ、僕は似たような者ですけど。
「やあ、おかえり。りっちゃん元気にしていた?僕は元気だったよ」
僕は元気にりっちゃんへ話しかける。内心は冷や汗だらだらだけどね。
そのせいで英語の和訳のような挨拶になってしまった。
りっちゃんから返事がないので、僕はそのまま言葉を続けた。
「僕またりっちゃんの家でお世話になることにしたから、りっちゃん止めても無駄だからね。ちゃんと雪門お兄さんとお母さんの許可は貰ったから。二対一で僕の勝ちだよ。あれ、僕も入れたら三対一か。僕が圧勝だ」
「モフフ」
「な、何?」
突然真面目な顔したりっちゃんから名前を呼ばれて、僕は体全体でビクリと反応してしまった。
ちゃんと他の家族からは許可貰っているんだから、追い出そうとしても無駄なんだからね。
警戒した僕だけど、りっちゃんの言葉は予想とは違った。
「前はありがとう。それと、酷いこと言ってごめん」
お礼と謝罪をしてりっちゃんは、僕に深く頭を下げた。りっちゃんの頭のてっぺんが見える。
それに僕は慌てる。
まさか早々に謝罪されるとは思っていなかったもの。
「え?べ、別に謝らなくていいよ。僕こそごめんなさい。図々しかったり、いきなりあの後消えたし。いつもいろいろふざけたり悪ふざけしたりしてるし。りっちゃんの言うこと聞かないし、わがままも言ってるし」
「ずいぶんと多いな」
僕の言葉に頭を上げたりっちゃんは苦笑して言う。
「うん、僕も自分で言ってそう思った。ごめんなさい」
りっちゃんに迷惑をかけていたと知ってはいたけど、言葉にすると結構迷惑かけてたね。
僕が迷惑をかけてきたことに照らし合わせると、りっちゃんに謝られるほどのことなんてないもの。
だから僕もりっちゃんに改めて謝った。
するとりっちゃんは首を横に振る。
「……。それでも悪かった。俺は自分の弱さのせいでモフフに当たっていた。お前に酷いことも言ったし。なのに戻ってきて助けてくれて。あの時は俺だけだと危なかった。ありがとう」
「いいよ、全然構わないし!僕はりっちゃんのこと大好きだから。あの本心を言ったのだってそれってりっちゃんの場合は僕に気を許してるってことでしょ。僕はりっちゃんが素のままでいてくれた方が嬉しいし」
「モフフ」
「あのね。りっちゃんは悪くない。僕は自分の勝手でここに居着いて、勝手にりっちゃんが嫌がっても帰らなかった。だから、その、素直に今までの僕のわがまま怒ってくれてもいいよ。できれば受け入れて欲しいけど僕は、妖怪だし。得体も知れないし。できたらここに居させてもらいたいけど。えっと、言うこと素直に聞く気はないけど何でも嫌なら嫌って言ってくれてもいいから」
僕は困惑して支離滅裂になりながらりっちゃんに言った。混乱した。
「モフフ」
するとりっちゃんは真剣な顔で僕を視下ろして、僕の言葉を止めるように僕の名前を呼んだ。
そして僕と目線を近づけるように雪門がよくするようにその場にしゃがむ。
りっちゃんの琥珀色の瞳に僕が映る。
「俺が、言っていたことは全部が本心じゃない」
「えっ?」
「俺は別にお前のことが嫌いではなかったよ。むしろ好意を持ちそうでそれが怖かった。俺はお前を信用して騙されるわけにはいかないって思っていた」
りっちゃんは僕のこと嫌って、なかった?
僕は黙ってりっちゃんを見つめる。
「俺はお前に帰れって言って本当にお前がいなくなって、後悔した。俺は甘えていたんだな。まさか本当にいなくなるとは思わなかったから。いなくなって、悲しくなるとは思っていなかったから。俺がお前のことが嫌いじゃなかったことに、気づかされた」
りっちゃんは泣きそうな顔で僕へ笑いかけた。
「酷いことを言ってごめん。戻ってきてくれてありがとう。助けてくれて、ありがとう。モフフ、お前に伝えられてよかった。それに、お前は三対一だと言ったけど。違う。四対零だ」
「…りっちゃん」
「この家に迎え入れられているお前を、俺も信用する」
視つめてそう言ってくれるりっちゃんに、僕は嬉しくて顔が緩んでしまう。
思わず泣きそうになった。
りっちゃんはここにいることを認めてくれたのだ。
僕はふさふさの尻尾をぱたぱたと揺らす。
「ありがとう、りっちゃん。大好きだよ」
僕の言葉に、りっちゃんは物語の中の王子様のように優しく微笑んだ。
こうして、僕は正式に竜泉院家に住まわせてもらうこととなったのだった。




