狐ぼんじゅーる編38
りっちゃんの家まで僕は全速力で駆けた。速く走るために妖力も使っているので苦しい。けれど急がないといけない。
竜泉院家が見えるところまで来ると、家の庭にある散っているはずの桜が今は満開に咲いていた。
強い妖怪は時に時間を狂わせる。
特に桜は影響を受けやすい。
間違いなく、いる。
「ぢーぢーぢー」
家の開けた庭に三匹の、僕と同じ二メートル級の巨大な真っ黒な凶悪な顔つきの旧鼠がいた。
旧鼠とは猫を殺すと言われている鼠だ。鼠妖怪の中でも上位である。
旧鼠は可愛さの欠片もない低くかすれた鳴き声をあげてりっちゃんを取り囲んでいた。
りっちゃんは白い札で守りながら他にも札をいくつか使って対抗しているけど、左腕を負傷しているようで、着ていた制服の白いシャツが赤く染まり、三匹の旧鼠にうまく対応できずにいる。
僕は容赦なく三匹の旧鼠のうちの一匹へと体当たりした。
「ぢっ!?」
「鼠、何をしている!」
「モフフ!?」
僕はりっちゃんを庇うように前に力強く立ち、毛を逆立て唸りながら三匹の旧鼠を威嚇し怒鳴って聞いた。
突然現れた僕にりっちゃんは僕の名前を呼ぶけど僕は答えずに旧鼠を睨む。
僕に体当たりされ一瞬怯んだ旧鼠は、けれどすぐに僕へと警戒態勢を取り、僕を囲むようにじりじりと移動する。
鼠のくせに僕が相手でもやるつもりらしい。
チラリと後ろを見るとりっちゃんの傷は深いらしく患部を手で押さえ脂汗を浮かべながら苦しそうに僕を視上げている。
でも労る隙はなさそうだ。
「ぢー…、なぜ、狐がいるのだ」
「山へ帰ったのではなかったのか」
「なぜここにいる」
三匹が口々に言う。案外とおしゃべりな鼠らしい。
「ふん。君たちこそなんで、僕が山に帰ったことを知っているの」
僕は質問に答えず、一瞬でも隙を見せないようにしながら尋ねる。
「我らはずっと見ていた」
「本来ならその子供を殺すつもりだった」
「だが、狐。お前がいなくなった」
旧鼠は簡単に答えた。
…りっちゃんを狙っていて、僕がいなくなった、なるほど。
「じゃああの悪霊はお前たちがやったんだね」
りっちゃんが退治できないレベルの悪霊を入れ替えたのか、力を増幅させたのかは知らないけど。
あれはお前らが、りっちゃんに危害を加えようとしたんだ。
「そうだ。我らがやった」
「狐が帰ってくるのは予想外だ」
「我らは三匹。狐は一匹」
「勝てそうだ」
あっさりと旧鼠は肯定した。
…これだから鼠は馬鹿だ。
ペラペラと僕に話しちゃうし、簡単な計算もできない。
ずいぶんと鼠風情がなめてくれてるね。
「僕がお前たち鼠に負けるわけないだろ」
僕が見下して言うと。
旧鼠は怒ったのか大きく唸り声を上げる。
怒らせたのはわざとだけどね。
僕に注意を向けるため。
単純な旧鼠は僕だけに視線を集中させると、三匹同時に僕に襲いかかってきた。
僕は妖術で出した“八卦壁”という八角形の白い光の盾を二つ展開して、攻撃を防ぎながらも相手する。
“八卦壁”に攻撃をした旧鼠は跳ね飛ばされる。この盾は力を反射する高度な技だ。
二匹の旧鼠はまずそれで相手をして、もう一匹へ僕は首へと容赦なく噛みついた。
「ぢーーー!!」
鼠は痛みに悲鳴を上げる。
けれど、鼠も必死だ。わざと首を食い破らせて、噛みつく僕から離れたところで僕の足へと噛みつく。
「ぐっ」
痛みに唸りながらも僕は噛みついてきた旧鼠の背中を噛んで前足から歯を離させた。
噛みつかれ思わず“八卦壁”を緩めてしまったけど、僕に他の二匹が近づく前にすぐ火と風の妖術を組み合わせて火の竜巻を作る。それに二匹はたじろいで少し後退した。
けれど二匹の旧鼠は怯んだが、すぐに一匹が小さな鼠数百匹に分かれて僕へと火の竜巻を焼け死にながらすり抜けて襲いかかってきた。
小さな鼠は一匹一匹は弱いけどこうたくさん来られると、キツい。
妖術を使い殺すけどそれでも次々に僕に噛みついてくる。
…しかし、やはりこいつらは本物の旧鼠でなく、鼠の妖怪の集合体の旧鼠だったのか。
弱い鼠が集まり強い旧鼠へと姿を変えていたらしい。
まあ、本物の旧鼠ならここまで馬鹿なわけないものね。僕の知っている旧鼠は知能がまだあった。
でもこいつら紛い物の旧鼠にしては強い。
紛い物の旧鼠に僕が苦戦させられるなんて、おかしい。
僕が知らないうちに変わったのか。
さっきの悪霊といい、ああ゛、もう面倒くさいな。
僕がなかなかしぶとい旧鼠と鼠と対峙しながらイライラとしていると、横にいたもう一匹の旧鼠が光の爆発で吹き飛ばされた。
りっちゃんが札を使ったらしい。
りっちゃんは僕の横に現れると札を構えながら旧鼠へ視線を向けている。
「手伝う」
「…うん、ありがとう。その一匹よろしく」
怪我をしているりっちゃんが心配だったけど。
力強く旧鼠を睨み付けるりっちゃんを信頼して僕は右側の一匹を任せた。
僕は残りの二匹に集中する。
“八卦壁”を消して青白い火の玉をいくつも作った。
“狐火”だ。
一つ一つは小さいけど、だからこそ扱いやすい。
“八卦壁”が消えたので鼠に分かれていた方は旧鼠に戻った。
そして二匹の旧鼠は“狐火”をただの小さい火の玉だと油断して二匹揃って僕へと向かってくる。
「油断大敵だよ」
“狐火”の浮かぶ中へと入ってきた旧鼠は近寄った瞬間火力を上げた“狐火”に悲鳴を上げる。
「小さいからって炎は炎。気をつけないと大火事になる」
旧鼠二匹は燃え上がる炎に包まれた。
慌てて“狐火”から逃れようとするけど火は燃え続け逃がさない。
今さら小さな鼠になっても手遅れだ。
二匹に減るとやっぱりやりやすい。
「ぢーーーーー!!!」
旧鼠は大きく鳴き声を上げて焼けていき、最後に二匹の真っ黒な小さな鼠が残った。
僕は妖力で檻を作りそれを殺さず閉じ込める。
火傷を負った黒鼠は檻から逃げようとするけどただの鼠には僕の作った檻は壊せない。
…終わった。
様子が気になり、僕はりっちゃんの方を見るとりっちゃんももう終わっていた。
丁度、青、赤、黄、白、緑の五色の札が張り付いた旧鼠は霧散して消滅した。
りっちゃんの怪我は痛々しいけど、大丈夫そうだ。
僕は焼け跡へと視線を戻す。
焼け跡にある檻に入った鼠二匹を、僕は鋭く見下ろした。




