狐ぼんじゅーる編35
雪門とりっちゃんのことを話してから数日後。
今日の放課後は悪霊払いの協会から送られてきた悪霊憑きの物品から悪霊を払うらしい。
りっちゃんはお札の張られた古い箱を前回のように神社の裏手へと持って行って始める前に準備をする。
今日の呪われたアイテムは人形。
やっぱり人形の悪霊憑きはよくあるらしくて、りっちゃんも手伝いで何度もやったことがあるそうだ。
僕はりっちゃんが準備をする中、離れた場所から人形の入った箱を視てみた。
札のせいで測りにくいけど前回と同じくらいの悪霊らしい。今回もつくもがみかな。
僕が心配しなくても見習いでも払える程度の悪霊が送られてくるらしいから心配ないのだろうけど。だからこそりっちゃんの家族は立ち会わない訳だし。
けど僕は今回も結界の中に入りりっちゃんの作業をお座りをして見守る。
りっちゃんは慎重に箱から額に札の貼られた女の子の人形を取り出し、開いた巻物の上に乗せる。人形はつぶらな瞳の市松人形だった。
そして準備を終えたりっちゃんは手で印を組むと、人形に向かって前回のように唱え言をした。
はじめは静かだった人形がしばらくしてカタカタ、カタカタと揺れ始める。
りっちゃんはそれに動じた様子を見せずにそのまま唱え言を続ける。
カタカタカタカタ……
すると人形は音をたてて宙へと浮き上がった。
そして周りにカラスくらいの大きさの黒い靄が人形を包み込むように現れる。
人形本体ではなくその黒いものが悪霊の本体だ。
ぐるぐると人形の周りを飛ぶ靄にりっちゃんは懐から取り出した黄、赤、青の紙の札を放る。
するとまた三色の札は悪霊の靄が回るのよりも遅いスピードで悪霊を囲みながら回る。
苦しいのか。グルルルゥ…と悪霊は大きな地を這う低い声を上げた。
…そろそろ終わりか。
そう僕が思った時。
チリン、と鈴のような本当に小さな音色が耳に響いた気がした。
りっちゃんには聞こえていないだろう。
僕は思わず聞こえてきた神社の林の中を見やるけど、ここからだと分からない。
一瞬、音を追うべきかと悩んだけど、僕の注意はすぐにりっちゃんへと向いた。
鈴の音に合わせるように人形の額に張られていたお札が粉々になったのだ。
「なっ!?」
りっちゃんは驚きの声を上げてすぐに唱え言を続けるけど、黒い靄は口などない筈なのにニヤリと笑ったのを僕は感じた。
靄の周りを浮かんでいたりっちゃんの操る三色の札も粉々になる。
黒い靄はとっさに白の札を数枚取り出したりっちゃんへと素早く向かう。
りっちゃんは白の札を悪霊に放ろうとするけど間に合わない。
僕は大狐の姿になり、りっちゃんへと走った。
そして黒い悪霊がりっちゃんを包み込む手前で、僕は悪霊の頭のような部分にガブリと噛みついた。噛みついたら僕に引っ張られたから靄とはいえ形はあるらしい。
もしこれが複数の悪霊の集合体だったらヤバかった。油断していたもの。
噛みついた悪霊を僕は一度りっちゃんから離れた場所に投げて、地面に落ちたそれを逃げないように上から僕の大きな前足で押さえつける。
靄は必死に逃げようとするけど、僕のものに手を出そうとしたのだから逃がすわけがない。僕は怒っていた。思わず瞳孔が開く。
僕はじたばた逃げようとする悪霊に再び噛みついて、今度はそれを食べた。
靄はそんなに大した大きさではなかったので、さっさと食べ終わる。札を破ったとは思えないくらい腹の足しにならなかった。
そして思い出す。
…これりっちゃんの獲物なのに食べちゃって良かったのかな。
き、緊急事態だったから仕方ないよね。少しだけ怒りに我を忘れていた。
「りっちゃん、大丈夫?」
僕がりっちゃんへと大狐のまま顔を向けると、りっちゃんは青ざめた顔をして僕から後ずさった。
ん?
「食べ、たのか」
「うん。ごめん、りっちゃんの獲物だったのについ」
普段と変わらずにりっちゃんに答えたけど。僕には分かった。りっちゃんは僕を怖がっている。
だから僕はりっちゃんに近づかずに答えた。本当は悪霊に襲われて悪いところはないか確かめたかったけど。
「お前は…妖怪なんだな」
「当たり前じゃない。何を今更」
「そうだな。今更だった」
りっちゃんは声を震わせながら言った。
…ああ、この空気嫌だな。
僕は人を脅かすために化けて出ることもあるけど、怖がられるのは苦手だ。
りっちゃんは口をきゅっと真一文に結んでから、再び開く。
「…お前、もう山に帰れ」
いつもと違う、本気の言葉だ。
りっちゃんの言葉は心にずっしりと響いた。
「りっちゃん」
「助けてくれたことには礼を言う…けど、俺はお前がいると、駄目なんだ。今回だって失敗するはずがないのに失敗した。お前といると、心が乱れるんだ。たぶん俺は強がっていてもお前が怖いんだと思う。お願いだからもう帰ってくれ」
りっちゃんは目の端に水を浮かべて僕に捻り出すように言った。
ずっとそれが言いたかったことなのだろう。それでもそばに置いたのは僕を見張るため。分かっていた。
分かっていても実際言われると喉の奥が痛くなる。
「分かったよ。僕、帰るね」
僕は反論することなく、そうポツリとりっちゃんに言って。その場を去った。




