狐ぼんじゅーる編34
僕は雪門のおかげで元気が出た。
あの後、雪門は少し話をしてから塾に行ってしまったので。僕はりっちゃんが神社から帰ってくるまで家の中の玄関で一匹待機していた。
そしてしばらくして玄関の上部にある磨り硝子がオレンジ色に染まったころ、外から玄関へ誰かが来る足音が聞こえてきた。僕はその音をよく聞こうと真っ白の耳を高々と上げる。
やってきた足音は、家のインターフォンを鳴らした。
「こんにちはー、宅配便でーす!」
期待していたのに。
足音の主はりっちゃんじゃなかった。こんな時に宅配便とか。
お母さんがそれに答えて居間から出てきて、緑色の制服を着てキャップ帽を被った宅配便のお兄さんから荷物を受け取った。
微妙に出鼻を挫かれた後。
少しして僕の耳は再び玄関の外から聞こえてきた足音を捉えたので、僕は今度こそ間違いないと確信してスタンダップした。スタンダップとは“stand up”、起立という意味だ。
学校の英語の男の先生が授業の時に指名した人に『stand up,please.』(立ってください)って言っているので覚えた。
先生は『きちんとした場所で人に話すときには“please”を忘れないようにしましょう。でないと先生は留学中かわいい店員さんに不機嫌になられました』と言っていた。実際に英語を使うと緊張してつい忘れてしまうけど、忘れると命令になって良くないらしい。
日々僕だって学んで進歩しているのだ。えっへん。
さて、そういうわけで僕はその場から立ち上がって、ガラガラと音を立てて家の扉を開ける学ラン姿のりっちゃんを出迎えた。
「りっちゃん、おかえり。どうする?ごはんにするお風呂にする、それとも寝る?」
「…なんでお前はそんなに元気なんだ」
「りっちゃんが帰ってきたからだよ!おかえり、りっちゃん」
「ただいま」
りっちゃんは別に期待なんてしてなかったけど、僕の質問に答えることなく挨拶を返してから自分の部屋へと向かう。
なので僕もその後を追いかけると、「そういえば」とりっちゃんは足元にいる僕を視下ろした。
「これから俺は走りに行くけど、お前は来るか」
「行く行く」
「今日は来るのか?」
「うん、夜道は危ないから僕がりっちゃんを守ったげるよ」
今から出たら空はもう暗くなっているだろう。だから僕はそう胸を張り言うとりっちゃんは眉をひそめた。
「走るのは住宅街だし。お前に守ってもらうほど俺はそこまで弱くない」
まあ、弱くはないことは知っているよ。それに毎日走っているわけだし。
今回はただ、僕がりっちゃんと一緒にいたい気分なだけだし。
「僕が一緒に行きたいんだよ。それに分からないよ。だってもしかしたらダンプカーが暴走して、りっちゃんに襲いかかってくるかもしれないじゃん。そしたらりっちゃん勝てる?勝てないでしょ。というか人間なら負けておいた方がいいと思うよ」
「そもそも、住宅街にダンプカーなんて通らない」
りっちゃんは真顔で否定して僕を視下ろす。
そうだけどさ。人生、何が起こるか分からないよ。
人生は小説より奇なりって言うでしょ。
こうして自分で誘っておきながら僕が付いて行こうとするのにいい顔をしないりっちゃんに僕は付いて行った。
運動着に着替えたりっちゃんは空に星が瞬き始めた中、街灯により明かりの灯された住宅街を迷いなく走っていく。さすが毎日のように走っているだけあるね。
りっちゃんの隣を僕も追いながら走る。
たまに人とすれ違うけど当たり前だけど誰にも僕は視えていない。
…けど、りっちゃん。適当に走っているように見えて遥香の家の近くは避けている。
少しでも危険を避けるためと遥香を気遣ってのことだろうけど、残念ながら僕は遥香から家の場所を聞いているし元々知っていたから意味がない。
はじめて遥香の前に現れる前に、僕は遥香を家の近くでこっそりと観察していたし。彼を知り己を知れば百戦殆うからず(By孫子)だよ。
言う必要はないと思うからそのことはりっちゃんに言わないでおく。
ランニング中、僕は黙ってりっちゃんの後に付いて行く。
りっちゃんを見上げてみると、りっちゃんはこちらに目を向けることなく真剣に前だけを見て走っている。りっちゃんの速さがどれくらいか知らないけど、他のランニングをしていた幾人かを追い抜いていたので速いのだろう。
雪門の言っていた通りにりっちゃんは真面目だ。出会ってからいつもりっちゃんは頑張っている。
偉いなと思うけど確かにどこか見ていて心配だ。雪門の気持ちが分かる。
僕のことを信用してほしいと思うけど、それは追々《おいおい》として。せめて雪門やお母さんにくらい甘えたらいいのに。僕みたいに。
まあ、僕も昔は。今もまあ昔に比べてマシだけどこれでも少しそうだから甘えられない気持ちは分かるけど。
だからこそ、人を頼ることの大切さを身にしみて知っている。りっちゃんを大切に思っている人はたくさんいるし。
僕だってりっちゃんが辛くなったときは守ってあげるしさ。
まあ、そもそもの原因は僕だけども。




