狐ぼんじゅーる編33
うーむ、りっちゃんの元気がない。
祭りの日から3日が経ったけど、りっちゃんは普通に見えてなんか元気がない。
祭りで何かあったのかな。
けど、その前からもちょっとそんな片鱗は見せていた。
やっぱり僕のせいだろうか。
僕は今、学校が終わってからりっちゃんが神社でお勤めをしている間、家の前にある桜の木の下で一人丸くなってりっちゃんについて考え事をしていた。
桜もだいぶ散ってきている。もう葉桜だ。風が吹くたびに残りの花びらが舞い散ってきれいだ。
「あれ?モフフくん」
「あっ雪門お兄さん。おかえりなさい」
「うん、ただいま」
雪門が帰って来た。学ラン姿だ。
僕は怠惰に丸くなったまま雪門へ尻尾を振ると、雪門は微笑んでからそばまで来ると僕の横に腰掛けた。一緒にいてくれるらしい。
「桜がきれいだね」
雪門が桜の木を見上げ言う。
「うん。きれい。でも少し寂しい。もう桜がなくなっちゃう」
桜はその儚さが良いのだろうけど。
時が過ぎるのを実感してしまうから、もう少しくらい長い期間咲いていてほしい。
ここに来たときはまだ五分咲きだったのに。もうりっちゃんの家に来てから二週間が経ったのか。
「雪門お兄さん」
「うん?」
「最近さ、りっちゃんが元気ないの」
「そうだね」
雪門も気が付いているらしい。僕の言葉に頷いた。
「それってきっと僕のせいだよね。妖怪の僕がここにいるから」
だって、りっちゃんは僕の顔を視るとどこか複雑そうで。でも諦めて一緒に寝たり、学校に行ったりはしてくれるけど。表情は晴れない。
少しは仲良くなれたかななんて思っていたけど、やっぱり妖怪の僕がいたらりっちゃんは気が休まらないだろう。
「それもあるだろうね」
雪門は否定することなく頷いた。
他者から見ても明らかなことなのだ。その事実に僕は視線を落とす。
「…三門はね。真面目でとても良い子なんだ」
雪門はポツリと僕に話す。それに僕は不安そうに雪門を見つめると雪門は微笑んでくれる。
「僕の家は代々続く悪霊払いの家系でね。子供は僕と三門、それに長男である春門兄さんの三人の男兄弟なんだ。けれどこの家を継ぐのは末っ子である三門なんだよ」
家を継ぐのはりっちゃん?
「りっちゃん末っ子なのに?」
「うん。僕は詳しくは知らないけど、竜泉院家は生まれた男児の中で才能がある者が家を継ぐことになっているんだ。そして三門が10歳の時に当主である父から家を継ぐのは三門だと僕たち兄弟は言い渡された」
雪門を見ると雪門は桜を眺めながら淡々と語っているから、雪門自身はそれをどう思っているのかわからない。
「正直驚いたよ。一番泣き虫で甘えん坊な三門が選ばれるなんてってね。今では想像できないかもしれないけど、三門は本当に末っ子気質だったから。いつも僕の後をついてきて可愛かった。そんな三門がってね」
幼いりっちゃんを思い出したのか雪門は小さく笑う。
甘えん坊は想像がつかなかったけど、泣き虫っていうのは僕はりっちゃんが泣いているところを見たことあるから、そこまで不思議には思わなかった。
「家を継ぐ者が三門と決まってからは、三門は人が変わったよ。今まで怖いって嫌がっていた修行もきちんとするようになったし、甘えたり泣いたりしなくなった。次期当主になるのに相応しくなろうと泣き言も言わずに頑張っていた」
「そうだったんだね」
「うん。そしてそんな時に家に来たのが君だったんだよ」
雪門は僕を視た。
その瞳は責めているものではなくて、温かい。
「きっと三門は今、動揺しているんだろうね。君みたいな強い妖怪を視て。今までは見習いだったから、いや、見習いじゃなくても君ほどの異形を視るのはなかなかないことだし。僕もまだ君以上の異形を視たことはないもの」
「雪門も?」
「そうだよ。こんな平和な田舎だとそう強い異形はいないからね。僕は正式に悪霊払いだけど、あまり活動する機会もないしね」
雪門はもう悪霊払いだったんだ。りっちゃんと違ってそれらしいことをしていなかったから知らなかった。受験生だからお休みしているのかな。
雪門の言うように確かにこの地域には強い異形が少ない。まだここに来て会ったのが沙羅だけだ。
僕のいた山もまあ、強い子は僕ともう一人だけだったけど。それでももっと言葉が通じるレベルの異形はいたし。
「でもそれならりっちゃんが僕を警戒する気持ちがよく分かったよ。僕は、何も考えないでりっちゃんの家に来ちゃった。本当に僕はりっちゃんに何もするつもりがないから軽い気持ちだったけど。りっちゃんからしたらすごい心労だったんだね」
「そうだね。三門はいい子だから。きっと何かあっても君から自分が家族を守らないとなんて考えているんだと思うよ」
雪門の肯定の言葉が胸に刺さる。
やっぱり僕はもう帰らなくちゃ、いけない?
「…モフフくん。悲しい顔をしないで。あのね、僕は君が家に来てくれて感謝しているんだ」
「え?」
「三門は正直ずっと君が来る前から頑張り過ぎていて危ういと思っていた。けど、僕は何もしてあげることができなかったんだ。手を伸ばしたくても僕はどうしたらいいのか分からなかった。兄なのに情けないね」
雪門は悲しそうに言う。
雪門は情けなくなんかないと思うけど。
そんな何も知らない慰めの言葉なんて雪門はいらないと思うから僕は口を閉ざす。
「でも君が家に来て、三門は少しだけ幼くなったと思うんだ」
「幼く?」
「うん、幼く」
それってむしろ退化させてるってことじゃないのか?
けれど雪門はそれがとても楽しいことのように話す。
「年相応になったのかな。だって今まで三門は辛くても顔に出さなかった。泣き言も言わなかった。でも今はよく分かるでしょ。ふふっ、それに前。三門が僕のことを尊敬しているなんて初めて聞いたよ。嬉しかった」
「そんなに前のりっちゃんは違っていたの?」
「本当に真面目でいい子だったよ。独りだけで抱え込んでね。それが、あんなに。短い間にあんなに変わって。君たちのやりとりに何度笑いをこらえたことか」
思い出したのか雪門は声を押し殺しながら笑っているけど、その目尻には少し涙が浮かんでいる。そんなに面白いことなんてあったっけ?
案外と雪門は笑い上戸かもしれない。優しいふわふわしたお兄さんとだけ思っていたけど。
「きっとモフフくんは三門にとっていい薬になると思うんだ。今、三門は迷っている。でも僕はその経験が大切なものになると思っているから。だから、もし良ければこれからも三門と一緒にいてあげてくれると嬉しいな」
「でも、本当にいいの?」
「うん。それに僕も君のことは好きだから。妖怪である君は人間とずっと一緒にいるのは嫌かもしれないけど。できたらまだ家にいて欲しいな」
雪門は逆に僕の心配をして、家にいることを認めてくれた。
僕は、この家にいてもいいのかな。
家の人である雪門に認めてもらえたのは嬉しい。
「僕、いいのならここにいたい。雪門、ありがとう」
僕は嬉しさのあまり横にある雪門の腕に少し体を近づき。そして、甘えるように頭を擦り寄せる。
雪門はそんな僕を受け入れて頭を優しく撫でてくれた。




